イライラ男子の風呂トーク(一平視点)
一平視点のお話です。執筆はひろたひかるです。
美味かった。夕食、マジで美味かった。
空手部は俺を含め健啖家ばかりだけど、皆夢中でチキンカツに齧りついていた。丼一杯のタルタルソースとか、やばいだろう。あと俺的にはポテサラが止まらなかった。ちょっとブラックペッパーが効いていて、くどくなくていくらでも食べられた。
料理部も料理倶楽部も、すごいな。
夕食の後は風呂だ。風呂場はホテルの大浴場――というほどではないが、一度に五人くらい入れるくらいには広さがある。風呂の順番を決めているわけではなく、この時間内なら自由に入っていいということだったので、多少腹が落ち着いた頃にひとりで入りに行くことにした。
風呂場に着いたら先客がひとりだけいた。
英稜の玉野だ。
玉野はいつでもニコニコ、ってタイプじゃなく難しい顔をしていることが多い印象だけど、今の表情はなんか――めっちゃ機嫌悪い?あんまり近寄りたくない雰囲気を醸し出している。一番奥の洗い場で下を向いて、いつもはサラサラの黒髪をがしがしとシャンプーしているが、不機嫌なオーラが隠しきれていない。俺は二つ隣の洗い場に腰を下ろしてシャワーを頭から浴びた。
髪と体を洗って湯船に行くと、相変わらず機嫌が悪そうな玉野が先に浸かっている。うわあ、空気が重たいな!こりゃ少し浸かったら退散する――
「麻生、さ」
と思ってたら向こうから話しかけてきた。
「おまえ、何であんな奴ら連れて来てんだよ」
「あんな奴ら?」
「――あいつら近づきすぎなんだよ」
「ああ」
ぽつりとこぼされた玉野の言葉に俺は理解した。渡瀬さんのことか。
確かに空手部の奴ら、文化祭の時から彼女にすごく目をつけてたよな。あの時玉野に威嚇されて諦めたのかと思ってたけど、確かに昼食の時とかみんな渡瀬さんにやたら話しかけていた。
「いや、連れてきたことに関しては確かに俺に責任の一端はあると思ってる。それについては謝るよ。俺からもよく釘を差しておく。でもさ、それを言うなら俺も言いたい。何なんだよ玉野んとこのあのチャラい奴!」
俺だって思うところはある。あの梅本って一年生、到着してからずっと優と一緒にいる気がする。何かにつけて話しかけたりして、あからさまに優にすり寄っている。
これが嫌だったんだ。だって優は可愛いから。可愛いし、優しいし、他の男に見せたくなんかあるもんか。俺の目の届かないところで変な男にちょっかい出されるなんて考えただけで我慢ならない。
俺の! 俺のなの、あの子は!
「あー……すまん、俺もあいつによく言っておく。それにしても」
ちょっとだけ玉野の雰囲気が緩んだ気がした。
「麻生、本当に独占欲強いのな」
「ぐっ」
きつ! きっつ! 気にしてんのよ、それ! 俺のライフはほぼゼロよ!
その残りのライフで反撃する。
「そんなこと言って、玉野だって独占欲丸出しじゃねえか。優からは二人はつきあってないって聞いてるけど」
「――つきあい始めたんだよ」
玉野がぶっきらぼうに言った。ちょっと顔がそっぽを向いていて首とか耳とか赤いのが見えるけど、湯船に浸かりすぎて温まりすぎたせいじゃないよな。これ。
「え、マジか。おめでとう」
「――おう」
「いつから?あれからすぐか?」
「いやその――二十四日」
「いつの? 十月?」
「十二月」
「まだ一週間経ってない!」
何やってんのこいつ、こんなつきあい立てほやほやの一番キャッキャウフフしたい時期に男と二人でのんびり風呂入ってる場合じゃないんじゃねえのか?
まあ、何はともあれめでたい。
「はー、なるほどなあ。ますます空手部の連中にはビシッと言わなきゃな」
「頼む」
「任された――じゃああれだ、もう渡瀬さんが可愛くてしょうがない時期だろ」
「時期なんて関係なく美晴はいつでも可愛いけどな」
おわ、面と向かって惚気けてきたぞ。面白えな、こいつ。
「文化祭の頃から独占欲剥き出しだったからなあ。もっと早くくっつくかと思ってた」
「――人には人のペースってものがあんだよ。俺たちはこれでいいんだ」
「はいはいご馳走さま。でもそんな付き合いたてホヤホヤなのにのんびり風呂入ってていいのか? 渡瀬さんが待ってるんじゃないのか?」
「あんたこそ。池田さんに早く会いに行って謝った方がいいんじゃないのか?」
「え、ええ?」
変な声が出た。ちょっと待て、何も話してないよな、俺?
「一緒の班だから目に入るんだけど、池田さんどこか元気ないし麻生のこと避けてるだろ」
「避け――てるかな、やっぱ」
うあ、地味にクリティカルヒット。このまま湯船に沈んでしまいたい。顔を半分湯に沈め、ちらりと玉野を見ると俺の様子をじっと伺っているようだ。
「玉野――話していい?」
「まあ、こっちから話振ったんで」
お言葉に甘えて顛末をかいつまんで話した。
「ああ、なるほど。それで怒ってるのか、彼女」
玉野は納得顔で頷いている。俺は大きくため息をついて浴槽の縁にもたれかかった。
「や、うん、謝らなきゃとは思ってるんだけど――」
それと同時に風呂場の扉ががらりと開いた。
「なんだ、謝るとか謝らないとか、喧嘩か?」
穏やかで低い声が風呂場に響く。いい声なんだけど、今はあまり聞きたくなかったな。
「げ、高木先生」
湯気の向こうには腰にタオルを巻いた高木先生が立っている。寒いから早くドア閉めてくれ。
「げ、とは何だ――お、玉野と麻生か。ちょうどいいや」
「よくないよくない。俺達とってもデリケートな話してるんだよ」
「いやこの面子ならあけっぴろげに話せるだろ?」
玉野がげっそりした顔をしている。あけっぴろげにって何のことだ、と考えて高木先生をよく見ると、すっごくワクワクした笑顔だ。
――もしや玉野が先生の彼女が誰なのか気がついちゃったのでは、と思いついた。それはご愁傷様としか言えない。
「あー、先生。今ちょっと人様の惚気話を聞けるような気分じゃないんで」
「冷たいなあ、ちょっとくらいつきあってくれよ――というかな、麻生、池田さんと喧嘩してるんだって? あの子が心配してた」
あの子、か。さすがに先生もこんな声の響くところで個人名を出すのはまずいと思ったらしい。賢明だな。すごくいい先生なんだけど、恋人である藤田さんのことになるととんでもなくポンコツだからな、この人。
高木先生は洗い場に腰掛けて桶に湯を汲みながら続ける。
「脱衣所で聞こえてたけど、俺も玉野と同意見、早く仲直りしたほうがいいと思うぞ。後になればなるほど謝り辛くなるからなあ」
「でも、俺今避けられてるみたいで」
すると高木先生はシャワーを止めてスッと顔を引き締め先生の顔になった。
「避けられてるから謝れない、じゃなくて避けられてるのを理由に尻込みしてるってところだろ? まあ、どうするかはお前が決めることだけどさ。後に残しておいて楽になる問題なんてそうそうないぞ」
あいたたたた。刺さる刺さる刺さる。
はい、仰る通りです。ちゃんと優と話さないと。はぁ、先生に先生らしく諭されてしまった。あれか、こりゃここに入ってきてすぐに「惚気を聞け」なんて言ってたのは場をほぐすための冗談か。何だかんだ言っていい先生だもんな、昴学院にヘッドハントされてきたって噂は本当なのかもしれないな。口には出さないけどポンコツなんて思って悪かったよ、先生。
黙ってしまった俺と、寡黙な玉野。高木先生が体を洗う音が風呂場に響く。洗い終わって湯船に来た高木先生がニッコリといい笑顔を見せた。
「まあでも突き放して終わりっていうのも良くないからな。ここは先達の経験談を聞いて学ぶのがいいんじゃないか? まあ聞いてくれよ」
ええとそれは――つまり自分の惚気を聞けということでしょうか……? さっきの俺の反省を返せ。
「あ、俺そろそろのぼせそうなんで出ます」
玉野が立ち上がった。あ、ずりぃ、俺も。さりげなく出ようとしたけど止められた。
「まあまあ。玉野も渡瀬さんとのきっかけになるかもしれないじゃないか」
「あ、俺たち付き合い始めたんで!」
焦ってるな玉野。そんなに聞きたくないか。俺もだ。
だが高木先生は止まらない。
「そうか! よかったな。それも詳しく聞かなきゃいけないな! よし、この後俺の部屋においで。ジュースでもおごるからさ」
有無を言わさず引っ立てられた俺達はそれから小一時間高木先生の個室で話を聞かされたり暴露させられたりして、気がついたら消灯の時間になってしまっていた。
おかげでこの日のうちに優と話をすることが出来ず、俺は翌日激しく後悔する羽目になるとは夢にも思っていなかった。




