すごく楽しみな合同合宿、なんだけど(優視点)
優視点のお話です。執筆はひろたひかるです。
「じゃ、これで買い出しのメモはオッケーね」
しのぶ先輩がほっとした顔で言った。料理部と料理倶楽部、そして空手部からも代表を出してもらっての献立計画がやっと終わったんだから、ホッとするよね。
合宿所についてそれぞれの部屋に荷物を置き、ミーティングルームに集合した。食堂に集まろうかと思ったけれど、広すぎてまだそれほど部屋が温まっていなかったので、こっちの部屋になった。ミーティングルームは小会議室(会議室なんてテレビのドラマで見たことがあるくらいだけど)って雰囲気の明るい部屋で、料理部と料理俱楽部両方が入ってもまだ余裕がある程度の広さだ。一番前にあるホワイトボードに向かって二、三人ずつ座れる長机がいくつも並べてある。そしてホワイトボードにはたった今決まった献立と、それに必要な食材がまとめられている。
合宿に来ている空手部員は全部で八名。二年生と一年生が仲良く四人ずつ参加してる。それに顧問の森下先生がいるので、つまり合計九人分、それも人一倍食べる人たちが増えたんだもの、どのくらい食材が必要なのか見当がつかない。
なので空手部員にも参加してもらって意見をもらっている。それにスポーツ選手は体が資本、栄養面もまあ少しは気にしないといけないかも? という玉野さんの提案で、献立も見直されることになった。幸い英稜高校の家庭科の先生だという内海先生がいらっしゃってるから助かったけど、まさか合宿に来て最初の活動がこれになるなんて思わなかったなあ。こんなことになった原因に想いを馳せてたまらずため息。
「優、どうしたの?」
隣に座っていた南美が私の顔を覗き込んできた。
「あ、ううん、献立考えるのもスポーツする人は大変だなあと思って」
そう言って心配させないように笑って見せたけど、内心はモヤモヤがわだかまったままだ。
元はと言えば、一平さんが私達の合宿についてきたくて空手部を巻き込んだのがモヤモヤの原因だ。
好きな人と一緒にいられるの、嬉しくないわけじゃない。でも、そんなわがままを言ったせいでこんなに周りに迷惑かけてるのはどうかと思う。
でもそれ以上に私が一平さんに対して怒っているのは、他の男子が来るって聞いて「一緒に行く」ってごねたところかな。つまり、他の男子に私がふらふら~って傾くと思っているんじゃないかな。そんなに信用がないと思わなかった。
だから怒ってるっていうのはあんまり正しくない。悲しいんだ、私。
「それでね、管理人さんの車をお借りできることになったから、先生と生徒含めて四人くらいで買出しに行きましょう。メンバーは、ええと」
しのぶ先輩がそう言って、玉野さんと相談を始めた。そうね、今はこっちに集中しないと。私はもやもやしている気持ちに蓋をした。
すぐに高木先生が手を挙げる。
「じゃあ昴学院の方からは顧問である俺と、薬師寺はいろいろあるだろうから鈴村、頼むよ」
「はーい!」
すると内海先生が軽く手を挙げた。
「そうしたら英稜からは私が行くね。あと誰か生徒ひとり。そうね、男手が欲しいかな」
そうね、男性二人女性二人、バランス的にもいいかも。それを聞いた鈴村先輩がぱっと隣を振り返った。
「ねえ、金剛寺くん、一緒に行こうよ」
「え…… 俺ですか?」
「いいじゃない、金剛寺くん、一緒に来て」
鈴村先輩のご指名と、それに賛成した内海先生に引っ張られて金剛寺くんが買出し部隊に決まった。何だか鈴村先輩、金剛寺くんのこと気に入ってるよね?
多分同じことを考えていただろう南美と顔を見合わせてしまった。
さて、と玉野さんがしのぶ先輩と話し始める。
「予定より量を多く作らなきゃいけないから、一回の食事当番の人数を増やした方がよくないかな」
「そうねえ、やることは一緒でも物量はあるからねえ。みんな、どう思う?」
本当にそうだよね。たとえばカレーひとつ作るにしたって、玉ねぎも倍以上必要だし、にんじんもじゃがいももそうだ。配膳だってお皿の数が増えればそのぶん人手がいる。
元々、食事当番の班わけ自体は各部長が(というか英稜は次期部長の玉野さんだけど)おおまかに決めてきたらしい。昴学院の五人と英稜高校の八人プラス両校の顧問の先生三人の計十六人分を生徒十三人で回すので、四グループにわけて来たようだ。でも食べる人数が九人増えて二十五人分になっちゃったから、一班が三人だとちょっと心もとないかなあ? 何しろ私たちはプロの料理人じゃないんだから。
できないことはないと思うけど、おさんどんにかまけて肝心のおせち作りが出来なくなっちゃったら本末転倒だもんね。
「あっ、あの!」
一番初めに手を挙げたのは空手部の水谷部長だ。いつも抜け出しちゃった一平さんを連れ戻しに来る人。
「あの、俺達空手部も手伝わせてください! かえって邪魔になっちゃうかもしれないけど、ただ食べさせてもらうわけにはいかないです」
水谷部長はすごく真面目な人で責任感も人一倍、って一平さんから聞いていたけど、本当にそんな感じ。しのぶ先輩がにっこりと笑った。
「そうね、お手伝いお願いしましょうか。いい? 玉野君」
「もちろん」
しのぶ先輩がみんなを見回したので、みんな「賛成」と頷いた。
こうして新しい班わけが決まった。
せっかくだから英稜高校も昴学院も、あと空手部もごちゃまぜで!
結局三班に分かれて作業をすることになった。しのぶ先輩率いる薬師寺班、玉野さん率いる玉野班、そして英稜の二年生・江波陽子さん率いる江波班。江波さんは背の高い美人で、元気な感じの人だ。
私は玉野班に南美と一緒に加わった。あとは美晴さんと梅本君が一緒で、全部で五人。それに空手部からは二年の滝沢先輩、一年の小川君が来ている。
一平さんは同じ班にしないでもらった。私もちょっと頭を冷やしたかったし、それに一平さんも私がもやもやしているのに気がついているのか、強引に同じ班になろうとはしなかった。
ほっとしてるけど、ちょっと寂しくも感じてしまう。面倒くさいなあ、私って。
「優さん、南美さん、一緒の班だね。よろしくね」
「美晴さん! 一緒で嬉しいです。よろしくお願いします」
もやもやしていたら美晴さんが声をかけてくれた。ひとつ年上の人に失礼かもしれないけど、美晴さんって本当にかわいい。小動物っぽいあたり、南美と同じ質のかわいさかも。仲良くしたいな。
美晴さんと話してちょっと気分が浮上した。うん、料理がんばろう!
初日の活動はまずお昼ご飯の支度からだ。午前中に到着したからね。このお昼ご飯は私達玉野班が担当することになった。早速エプロンと三角巾をつけて丁寧に手を石鹼で洗い、さて調理開始だ。
高木先生たち買出し部隊はお昼ご飯の後に行くことになり、とりあえず英稜さんが持ってきてくれた手持ちの食材で、ささっと量を作れる中華丼、レタスと溶き卵のスープ、肉団子の甘酢あんかけを作る。私は肉団子の担当だ。豚ひき肉にすりおろした生姜、みじん切りの玉ねぎ、つなぎに卵やパン粉、それに調味料をボウルに入れて粘りが出るまでよく混ぜる。
「池田さん、手伝うよ」
空手部から手伝いに来ている小川君が声をかけてきた。小川君は私と同じ一年生、一平さんとは通っている空手道場が同じ先輩後輩の関係なので私もよく知っている。
「じゃあ、よく手を洗ってこのひき肉をよくこねてね」
「了解っす」
言われた通り手を洗い、小川君はかなり大きなボウルを前にひき肉だねをこね始めた。私はその間に包丁とまな板を洗う。―― と。
「っってえ!」
中華丼を担当している玉野さんたちチームの方から突然悲鳴が上がった。思わず振り返ると、美晴さんと一緒に白菜を切っていた空手部の滝沢先輩が左手を押さえている。
「大丈夫ですか!」
美晴さんが包丁を置いて滝沢先輩に駆け寄る。どうやら白菜と一緒に指を切ってしまったようだ。
「すぐ消毒して手当しないと」
「だ、大丈夫っす! ちょっと包丁で切っただけですから!」
「だめですよ、傷口からばいきんが入っちゃう」
美晴さんが滝沢先輩の傷を見ようと手を伸ばして―― それより先に玉野さんが滝沢先輩の手を取った。
「お、本当だ。大丈夫、そんなに深く切ってないです。水で雑菌洗い流しますよ、こっち来てください―― 美晴、悪いけど野菜切るの続けてて」
「あ―― うん」
美晴さんに手当してもらえるかもって期待したのかな、滝沢先輩は。ちょっと残念そうな顔で玉野さんにドナドナされていった。玉野さんと美晴さん、相変わらずだなあ。あれからどうなったんだろう、あの二人。
なんて考えながら苦笑していたんだけど、そこからがまた大変だった。
「うあっち!」
肉団子を油で揚げる時に油がはねて、小川君が大げさに飛びのいて、いきおい後ろの調理台にぶつかる。
ガシャーン! 派手な音を立てて洗ってあったボウルなんかの調理器具が床に落ちてし
まう。
「すっ、すみません!」
慌てて拾い集めている間に「あらら」と南美の声がする。どうやら絆創膏を貼って戻ってきた滝沢先輩、卵を割ろうとして握りつぶし、殻ごとボウルの中へ落としてしまったようだ。
「しまった―― ! ごめん!」
「いいですよ、もうあとはそんなに大変じゃないから。そうだ、滝沢先輩と小川君、ごはんをよそってもらえますか?」
「あと、テーブルに配膳をお願いしましょうか」
南美と私とでそうお願いすると、二人はがっくりとうなだれて「了解です」とごはんをつけに行った。
「ちょっと冷たかったかな?」
「そんなことないよ、配膳も手が必要なのは確かなんだから」
美晴さんがそう言って、それから「そうだ」と顔を上げた。
「空手部の人たち、交替で配膳と食事の後片付けしてもらえばいいんじゃないかな」
「あ、そうですね! でも、両方だと大変かなあ。空手の練習の時間削りすぎちゃわないかな」
「それもそうか。じゃあ後片付けだけ」
「それならいけますかね」
早速それを玉野さんに伝えに行くと、玉野さんも「そうだな、その方が危なくなさそうだな」と賛成してくれた。
「ね、いいアイデアでしょ?」
「ああ」
得意そうに玉野さんに話しかける美晴さん。そしてその美晴さんを優しく見つめる玉野さん。
あれ?文化祭の時より二人の間の空気、甘くない?ひょっとしてこれは―― ?