なんでおまえらがいるんだよ(咲視点)
咲視点、執筆は紅葉です。
十二月二十六日午前七時。
俺たち英稜高校料理倶楽部の部員の八人と、林先生、内海先生は、英稜高校に集合していた。これから行く昴学院との合同合宿のために、昴学院の送迎バスを待ちつつ最終準備をしているのだ。
大きなクーラーバッグとスポーツバッグを両肩にかけた金剛寺隼人が、足元にカバンをどさっと下ろして、ふぅと、一息吐く。
金剛寺は鶏肉料理専門店の次男で、今回合宿で使う鶏肉、鴨肉の準備をお願いしていた。かなり重かったのか、肩をさすりつつ人好きのする笑顔を向けた。
「玉野先輩、頼まれてた鶏肉と鴨肉とクーラーバッグを持ってきました。ここにまとめて置いておけばいいですか?」
「ああ、隼人ありがとう。もうすぐ調理実習室から戻ってくる女子たちに、食材をこのへんのクーラーバッグに入れるように言ってくれるか? チェック表はこれな」
「了解しました!」
「おはようございます。遅くなってすみません。野菜持ってきたんで、母の車をこちらに寄せてもいいですか?」
「柏木ありがとう。よろしく」
柏木の家は青果店を営む。これからの三日間で使う野菜はなるべく新鮮なものを用意したいということで、仕入れたばかりの野菜を届けてもらうことになっていたのだ。
「すみません。開店前の忙しい時間にご無理をお願いしまして」
「いいえ〜。先生、よろしくお願いいたします」
車を寄せてきた柏木の母と、林先生のやりとりを聞きつつ、車に積まれていた段ボールに入った野菜を、俺と梅本、金剛寺で運び出す。
冷凍できるものや常温の食材は調理実習実室に冬休み前に準備しておいた。取りに行ってきた女子たちは、忘れ物がないようにチェックしながらクーラーバッグにまとめていく。
調理実習室の施錠をした内海先生も戻ってきた。
滞在中のちょっとした飲み物なんかは、施設内に自動販売機があるらしいから、そこを利用させてもらうつもりでいる。各自の着替えなどの荷物と合わせると結構な荷物になったな。
「咲君、もうすぐ着くってしのぶさんからメール来たよ」
「わかった。ありがとう、美晴」
つい二日前の二十四日、俺たちは互いに想いを伝えて、そして付き合うことになった。こちらを見上げてくる美晴と目が合うだけでくすぐったいような気持ちになる。こうして話すだけでにやけそうになる顔を引き締めた。
俺は準備が整ったのを確認すると、バスが到着する前に部員を集めた。林先生が合宿中の心構えを喋りはじめた。まあ、みんなはじめての合宿ってことで楽しみにしているから、こういう引き締めも大事だよな。
観光バスのような大型バスが校門を通って入ってきた。バスの正面と側面には昴学院の校章が描かれていた。すげぇ。
さすが昴学院と、どよめきのような声が部員からあがる。
バスから高木先生と、昴学院料理部の部員が降りてきて整列した。こちらも向かい合わせになるように整列する。
まずは顧問同士が挨拶をした。それに続いて俺らも挨拶をする。これから一時間半、バスに一緒に乗るのだ。合宿所に着いてからより、先に自己紹介しておいた方がいいだろうとあらかじめ薬師寺と話し合っていた。
「今回はよろしくお願いいたします。英稜高等学校料理倶楽部、玉野です」
「渡瀬です。よろしくお願いします」
向かいに立っていた薬師寺と目が合った。これまでの準備が大変だった分、この日を迎えられて嬉しいのだろう。美晴とニコニコ笑顔を向けあっていた。
横並びにこちら側から自己紹介をしていく。終われば次は昴学院側の自己紹介がなされた。
自己紹介が終われば、手分けして荷物をトランクに積み込み、いざ合宿所に向けて出発することになった。
バスの座席は自由だ。とはいえ、まだ自己紹介と挨拶をしたにすぎない昴学院と英稜が分かれて座ってしまうのは仕方がない…… と思ったのだが杞憂だったようだ。もともとコミュニケーション能力の高い梅本は、昴学院の藤田南美に話しかけている。藤田はほわほわと微笑みながらも、梅本の勢いに若干警戒している様子だ。
美晴は、池田優や根津まり子に引っ張られて後部座席に収まっておしゃべりをし始めた。金剛寺は鈴村都に話しかけられて隣に座ったようだ。実現はしなかったが、打ち上げの時に合コンをセッティングしろだの、英稜の男子を紹介しろだの言ってきていた鈴村だ。金剛寺が少し心配になる。
英稜の二年生女子柏木と江波が二人固まって座って、バスの中を物珍しくキョロキョロしているところに薬師寺が声をかけた。一年生の女子二人は、おずおずと美晴たちのところに混ざろうとにじりよっている。
乗り遅れてる奴はいないな、とバスの中を確認する。と、一番前の座席から、高木先生がにっこり笑顔で俺を手招きしていた。
── 面倒くさそうな予感しかしねぇ。
無視してしまいたい気分になったが、高木先生の通路を挟んで並びに林先生と内海先生が並んで座っているので、めったなことは言い出さないだろう。観念して俺は高木先生の隣に腰をおろした。
いつのまにかうたた寝してしまっていたらしい。遠く向こうに海が見える。高速道路を降りて、飲食店やスーパーが両脇に並ぶ街並みを進む。
「よく寝ていたね」
高木先生が苦笑しながら言う。
「すんません」
「薬師寺と一緒に準備に奔走してくれていたんだろ。ありがとう」
「いえ、今朝が早かっただけです。もうすぐですか?」
反対車線のパトカーとすれ違う。パトロールだろうかと思ったが、そのあと立て続けに何台ものパトカーとすれ違った。
「そうだね。あと十数分かな」
やがて窓の外の景色はお店がなくなり、冬色に塗り替えられた木々が両脇に並ぶ道に入った。緩やかに坂道を上り始め、木々に囲まれた道をしばらく走ると、いきなり開けた場所に出た。サッカーグラウンドや、野球グラウンド、テニスコートが何面も現れた。夜間練習用の大きなライトが何基も立っている。その奥にまるで西洋のお屋敷のような見た目の建物があった。森に抱かれるかのように建つお屋敷は三階建てだ。
「ここが昴学院の合宿所だよ。この建物の向こう側には弓道場と、武道場、体育館もある。大会シーズンには、いくつもの部が一度に合宿するから部屋もたくさんあるよ。管理人もいるけど、学校施設だからね。基本的には自分たちで綺麗に使って綺麗に返すことになっている。今回俺らが使うのは、本館のキッチンだけどね。あとでぐるっと案内してあげるよ」
「さすがインターハイ常連校は半端ないっすね」
高木先生が同意するようにクスッと笑った。後ろを向けば、英稜のみんなが俺と同じように、ポカンと口を開けて昴学院の合宿所を見ていた。
ホテルの従業員みたいな管理人が出てくるかと思いきや、そこは人の良さそうな年配のご夫婦だった。シーズンオフになる冬の間に住み込んで施設の管理をされるそうだ。挨拶をして、ホールに集まると、薬師寺から合宿所の見取り図や部屋割り表などのプリントが配られた。
「今回、私たちが使うのは、本館の部屋と浴場、洗濯室、ミーティングルーム、食堂、キッチンです。許可のない場所には立ち入らないようにお願いします。立ち入っていい場所かわからない場合は昴学院の先生か私に聞いてください。使った場所は最終日にきれいに清掃をして返します。汚したり、壊したりしないように気をつけてください…… 」
薬師寺が注意事項やこれからの予定を話していると、奥の方から複数人の足音と話し声が聞こえてきて、ホールにその姿を現した。ガタイがデカくて、短髪の男たちだ。引きずられるようにヘッドロックをかまされながらやってくる男には見覚えがあった。池田の恋人、麻生一平だ。目線が合って、軽く手を挙げられたので、同じように手を挙げて応える。確か空手部と言っていたな。シーズンオフと聞いていたが、空手部も合宿だったのか。
ふと気になって池田を見る。梅本は今度は池田に話しかけているようだ。なんの話で盛り上がっているのかまではわからない。集団の中から恋人の姿を見つけた麻生の眉間にシワが寄ったのが見えた。梅本、またしても間が悪いな。
薬師寺を見れば、顔色が悪い。土下座しそうな雰囲気ですがるようにこちらを見つめる。
「薬師寺、どうしたんだ」
「あ、玉野君、ごめん」
「なにが」
「…… 空手部と合宿の日程被っちゃって」
「こんな大きな合宿所なんだ。別に被っても構わないんじゃないのか?」
さっき高木先生も、シーズン中にはいくつもの部がいっぺんに合宿をすると言っていた。
「急に決まった合宿だったらしくて、年末でシーズン中には常駐している調理師さんたちも手配できなかったらしくて、私たちがキッチンを使うから、空手部の人たちもキッチン使えなくてね」
「ああ、そうか。それはそうだな」
「それで、空手部の人たちの食事も一緒に作らなくちゃいけないのを玉野君に伝えるの忘れてた! ごめん!!」
「…… ああ。まあ、手間は一緒だし、構わねぇんじゃねぇ?」
ちょっと作る量が増えるだけだ。といいつつ、文化祭の奴らの食いっぷりを思い出す。ちょっとで済むかな。
おずおずと薬師寺が言う。
「滞在中の食材の買い出し、ほとんど英稜にお願いしちゃってたでしょ…… 食材を増やして欲しいって言ってなかったような…… ほんっとにごめん!!」
ああ、そういうことかと納得する。おせち料理の分の食材を滞在中の食事の材料に回すわけにはいかない。となると、いきなり倍以上の食材が必要になるわけだな。
「空手部の食費は預かってるんだろ?買い足しに行くしかねーじゃん。来る途中にスーパーとかあったけど、車とか出してもらうわけにはいかねぇの?なぁ、美晴…… !」
それまで俯いていた薬師寺が、ぱっと顔を上げた。「先生に確認して来る!」と離れていったが、俺の目はニヤついた空手部の男どもに囲まれた美晴しか見えていなかった。眉間にシワが寄り、さっきの麻生と同じ形相になっているだろうことは自覚していた。