それは一本の電話から始まった(美晴視点)
新章始まります。この章からはリレー形式で1話ごと交互に執筆者が変わります。
今回は美晴視点、執筆は紅葉です。
文化祭が終わり、日常が戻ってきた。料理倶楽部の三年生たちの引退は卒業目前の二月の追い出し会とかなり遅い。けれど文化祭が終われば、それぞれの進路希望に合わせて、先輩たちは部活に顔を出す頻度が減ってくるのだ。
私は放課後にねこまんま食堂に寄り、カウンター席の隅で夕食を食べていた。普段は共働きで忙しい両親は、本日結婚記念日で二人きりのディナーに出かけた。一緒に行かないかと誘われたけれども、たまにはふたりで仲良く過ごして欲しいと提案したのだ。決して咲君と一緒にいられる方を選択したわけではない。隣にはのりこ先輩が座っていて、一緒に本日のおすすめサバの味噌煮定食を食べていた。
「のりこ先輩は地元の短期大学を受験されるんですか?」
「そのつもり。まあ、他にも何校か受けるけど。本当は東京で一人暮らしもしてみたいんだけど、学生のうちは家を出るなってお父さんがいうのよ」
過保護でしょ? とのりこ先輩が苦笑する。
二年生の夏休み明けに転校してきた私には、このあたりの進学先事情に詳しくないので、いろいろと話を聞かせてもらっていた。その時、テーブルに乗せていたスマートフォンが振動した。スマートフォンを手にお店の外に出る。電話の相手は、薬師寺しのぶさん。以前、咲君と行った昴学院高等部の料理部の部長さんだった。
「はい、渡瀬です」
「美晴ちゃんお久しぶり」
「お久しぶりです、しのぶさん。どうしました?」
しのぶさんとは同学年ということで、ずいぶん打ち解けた会話ができるようになった。
「この前のうちの文化祭の打ち上げで、合同で合宿したいねって話してたの覚えてる?」
「はい、もちろん覚えてますよ」
「あれね、本当にしない?実はうちの学校に学校所有の合宿所があるの。いつもはスポーツ系の部活が入れ替わり立ち替わり合宿してるんだけど、高木先生に確認してもらったら、来月の下旬はオフシーズンだから文化部も使っていいって言ってもらってね。大所帯の運動部が合宿に使うくらいだから、大きなキッチンがあるのよ。それに、山に近い長閑な場所だから、空気も美味しいし、野外でバーベキューとか楽しいかも」
「さすがに来月下旬に野外でバーベキューは凍えちまうんじゃねぇの?」
急に聞こえた咲君の声に驚いた。いつの間にか隣にいた咲君は、スマートフォンから漏れる声を横で聞いていたようだ。のりこ先輩も外に出てくる。どうせならとスピーカーに切り替える。
「あれ? 美晴ちゃんったら、こんな時間に玉野君と一緒にいるの? ちょうど良かった! 話が早いわ」
しのぶさんの声に、ちょっとからかうような色が混じる。
「来月下旬ってもう年末ですよ?」
そして冬休み前は部のクリスマス会があり、なにかと準備に忙しい。
「うん、だから冬休み入ってすぐはどうかなって」
「うちは自営業やってる家の生徒が多いもんで、長期休みは家の手伝いに駆り出されるやつも多いんですよ。年末ならなおさらで。ちょっと聞いてみないとすぐには返事できないですね」
「そうなんだ。全員参加できるとしたら人数どのくらい?」
咲君がちらりとのりこ先輩を見る。のりこ先輩は、顔の前で手を振る。
「むりむり。三年生は遠慮するわ。受験生にとっては追い込みの時期だし」
「…… 十一人、いや先生入れて十二人ですね」
「おお、そっちは部員多いねー。女の子ばっかり? あ、玉野君除いて」
「半々くらいですね。うち、男子部員多いんで」
「えっ! 意外!! だけど、いいね、羨ましい…… んじゃ、希望を聞いてもらって、参加者人数確定したら美晴ちゃん連絡お願いね」
「えっ、あ、はい。わかりました」
「ところで合宿って何したらいいと思う?」
まさかのしのぶさんの質問に、のりこ先輩と咲君と私で顔を見合わせる。
こちらの雰囲気が伝わったのか、しのぶさんの取り繕うような声が続く。
「いや、ほら、玉野君が言うようにバーベキューは凍えちゃいそうだしね。料理部の活動らしいアイデアが他にもないかなって相談したかったというか…… 」
眉間にシワを寄せたのりこ先輩が、私の持っているスマートフォンに顔を近付けた。
「はじめまして。突然すみません。英稜の料理倶楽部部長の南です。隣で聞かせてもらってたんですが、内容を詰める前に質問していいですか? そちらの顧問の先生は、この合宿の話は了承されてるんですよね?」
南先輩の声にしのぶさんが驚いたような気配がした。
「あっ、はい! はじめまして、昴学院料理部部長の薬師寺しのぶです。よろしくお願いします。顧問の高木先生は合宿の話に了承してくれてます。うちの学校の合宿所を借りる手続きもしてくれることになっていて、そちらの顧問の先生にも話を通してくれることになってます」
高木先生って、まさかあの人? とのりこ先輩が目だけで咲君に問う。咲君はこくりと頷いた。
「それなら大丈夫です。今は合宿をする意思の確認だけにしておいて、先に顧問から話を通された方がよいかと思いますがどうでしょう?」
のりこ先輩の言葉に、しのぶさんがおずおずとしながら言う。
「それが、高木先生には合宿の内容をある程度まとめてから英稜高校に提案するから、話し合っておいてくれといわれまして」
うーん、それは部内でってことなんじゃないのかなぁ、とのりこ先輩が首を傾げる。
「それじゃ、最終的には部長同士での話し合いで調整することにして、それぞれの部でアイデア出しをしておきませんか。他校の施設をお借りする以上、こっちの顧問のオッケーが出ないと合宿に参加できると今はお返事はできませんので、まずは伺いだけでも良いのでこちらの顧問に連絡をお願いしますと高木先生にはお伝えいただけますか?」
「分かりました」
「あの、しのぶさん、合宿を楽しみにしてます。こちらでも顧問の先生の許可が出たら、アイデアを考えておきますね」
「うん、ありがとう。よろしくお願いします」
通話が切れる。私たち二年生が目先のことを話し合っているのとは違って、学校の許可に目がいくのりこ先輩がすごく大人に見えた。来年は私もこんな風に考えられるようになるのだろうか。
のりこ先輩が、私と咲君に向かい合う。
「三年生は実質引退してるようなもんだから、引き継ぎ式はまだまだ先だけど、この件は次期部長のタマちゃんがよろしくね。美晴ちゃんもタマちゃんを支えてあげてね。林先生にもそう言っておくから」
「はい、わかりました」
「うん、よろしく」
のりこ先輩が私たち後輩の返事を聞いてにっこりと笑った。
翌々日、顧問の林先生に私と咲君は呼び出された。
「──というわけで、昴学院の高木先生から、合同合宿の話をもらったんだが、料理倶楽部としてはどうしたい?」
一年生の現国の教科を受け持っている林先生は、高木先生より少し歳下くらいの独身の男性教師だ。
「行くなら家庭科の内海美樹先生にも引率を頼もうと思っている」
「あの、内海先生は大丈夫なんですか?」
「ああ、ソフトボール部は副顧問もいるし、年末は部活はないらしい。高木先生から話をもらってから、引率してもらうお願いは内々にしておいた。料理部の合宿なのに、料理のできん人間ばかりが引率しても意味がないだろう、と高木先生とも相談してな」
「あれ、高木先生と面識あるんですか?」
「渡瀬は知らなかったんだったな。高木先生は元々はうちで社会科を教えていた先生でな、実は俺の大学の先輩なんだ」
意外な接点があったようだ。
「部としては合同合宿に参加したいと思います。個々の参加の意思は昨日の部活内で聞いてみたんですが、何人か家の事情で参加できない者も出てきそうです」
実際、すぐには返事ができない者が半数いたのだ。事前にしのぶさんから連絡をもらっていた私たちとは違って、昨日初めて聞かされたのだから仕方がない。
「まあ、年末だし、それは仕方がないだろうな、玉野と渡瀬は行けそうなのか?」
「はい、父の許可はもらってます」
「私も大丈夫です」
「次期部長と次期副部長が参加できるなら安心だな。それじゃ、昴学院には返事しておくし、内海先生には正式にお願いしておくな」
「よろしくお願いします」
「えっ! 次期副部長ってなんですか?」
驚き過ぎて、職員室だというのにすっとんきょうな声が出てしまった。
「違ったのか? いつも玉野とセットで行動しているから、てっきりそうだと思ってたよ。まあ、昴学院の薬師寺部長と渡瀬は仲が良いと高木先生から聞いているから、渡瀬も玉野のサポートを頼むな」
「わかりました」
「合宿でどんなことをしたいか、参加する者同士で相談して、昴学院の部長と相談しあって、決まったら報告してくれ。あ、ちゃんと紙に書いてな。校長の許可をとらないといけないからな。昴学院の部長の連絡先は渡瀬が聞いているようだと高木先生から聞いているが大丈夫だな?」
「はい、大丈夫です」
頷く私たちを見て、林先生も大きく頷いた。
その後、料理倶楽部からは私たちを含めて八人。先生たちを入れて十人が参加することになった。
肝心の合宿内容は、年末ということもあって、おせち料理を作ることになった。伝統的なおせち料理に囚われず、和洋折衷なんでもござれの創作おせちをグループ分けして作る。予定では、昴学院で一グループ、英稜で二グループ作る。みんなで試食をして、グループディスカッションをし、出来たおせち料理はお土産に持って帰る予定だ。まあ、お土産は少しずつになるだろうけれど。
二泊三日の滞在中の食事作りも大量調理の勉強になるということで、班分けをして担当することになる。
参加者は部活の後に少し残り、レシピ案を作り、必要なものを書き出した。昴学院のしのぶさんと相談して、材料費や宿泊費などを合わせて計算し、合宿費を算出する。
昴学院の合宿所は、公共交通機関だけでは少し行きにくい場所にあるそうで、タクシーで行くか、マイクロバスを借りることを考えていたら、高木先生からの申し出で昴学院のバスで迎えに来てくれることになった。学院お抱えの運転手付きのバスがあるらしい。大変ありがたい。
校長先生の許可ももらい、合同合宿が現実的になってきた。
二十二日は部のクリスマス会。二十四日は彩子ちゃんたちとのカラオケパーティーだ。
そして、二十六日からは合宿。共働きで留守がちの両親と暮らしている私にとって、学校の長期休みはいつも寂しくてつまらないものだった。転校してこれほど忙しい日々を送ることになるとは、去年の私は思ってもいなかっただろう。
合宿が楽しみだな、と隣を歩く咲君の横顔を盗み見た




