幕間 内緒の二人でお買い物(南美視点)
「Hermit」の登場人物南美視点のお話です。執筆はひろたひかるです。
なお、お話の設定上教師と女子高生がおつきあい(プラトニックだよ)していることになっておりますが、忌避感のある方は飛ばしていただいて問題ありません。
アクシデントでキャベツが足りなくなり、追加を買いに行くのに高木先生が車を出してくれた。
私・藤田南美は助手席に座り、走る車の中で自分のシートベルトを引っ張っていた。
「南美? どうしたの?」
ハンドルを握る先生が、赤信号待ちの時にちらりと私に顔を向けた。ううん、何度見てもかっこよくて見惚れちゃう。この人が私の彼氏だなんて、どこかで信じられていない自分がいる。
そう、高木真樹人先生は私の彼氏。もちろん先生と生徒と言う関係だ、誰にも秘密―― あ、優と麻生さんは知ってるけど―― なのだ。
先生の問いかけに私は腰から上に伸びるベルトを脇の下に挟みこんだ。
「私、背が低いからこのベルトが首にこすっちゃうんです。だからこうやって挟んどかないと首が苦しくなっちゃうの」
「ああ、なるほど」
先生―― 真樹人さんがぐいっと体を寄せて腕を伸ばし、シートベルトが出て来る穴にあるつまみを引っ張った。するとシートベルトの出口が上下に動かせるようになった。
「ほら、これでシートベルトの高さを調整できるから」
「ほんとだ! ありがとうございます」
そう言って見上げると、彼の顔がものすごく近い。ワイシャツから真樹人さんの香りがする。自然と紅くなっていく頬を止めることが出来ない。
けれどすぐに信号が青になり、真樹人さんは運転に戻る。滑るように車を走らせ、やがてヤッホーストアが見えてきた。けれど車はヤッホーストアの前を素通りする。
「真樹人さん? 通り過ぎちゃったよ?」
「―― 」
「真樹人さん?」
「駐車場が一杯だったんです」
「え? 結構空いてましたけど?」
「一杯だったんです。たぶん。だから待っているよりちょっと足を延ばしてエオンまで行きましょう」
「何で敬語」
「大丈夫、間に合うように帰るから。もうちょっとだけ南美を独占したい」
二人きりでドライブしよう。
そんなこと言われたら逆らえる私はいない。
結局エオンの駐車場に車を止め―― たのはいいけれど。
「ま、真樹人さん、お買い物」
「ごめん、三分だけ」
薄暗い駐車場の隅で、車のシートに座ったまま私は真樹人さんに抱きしめられている。車を頭から駐車スペースに入れたから、運転席の様子はまわりからは見えていない、はず。
「さっきシートベルトの高さ調整した時に近寄ったら、南美からいい匂いがしてたまらなくなった」
「しゃ、シャンプーの匂いかな」
「わからないけど甘い匂い。今も香ってくる」
そう言ってぎゅ、と抱きしめてくれる真樹人さんの唇が何度も私の前髪に落ちる。
私たちは先生と生徒、私が卒業するまでこれ以上はご法度だと二人で決めている。
真樹人さんに我慢を強いていることもわかっているつもり。だからこんな時の真樹人さんに、私は弱い。
でもね、早く買い物しなきゃいけないのも事実で。
私たちは時間ぎりぎりまでお互いをただ抱きしめ合っていた。
なお、南美は「Hermit」に登場しますが、ひろたひかる作「モモンガのきもち」のヒロインでもあります。高木真樹人氏はこちらの登場人物ですが、「モモンガ」では二人とも会社員です。
「モモンガのきもち」はこちら
https://ncode.syosetu.com/n1553by/