幕間 空手部のお目当て(一平視点)
連続で申し訳ないですが、また「Hermit」一平視点です。執筆はひろたひかるです。
「おい麻生! 料理部で売り子してた女の子、誰だか知ってるか」
文化祭の真っ只中、空手部で演武の後片付けをしていた一平のところへ同学年の部員が数名駆け寄ってきた。演武は昼過ぎに体育館でやる予定だったため、これが終われば空手部員たちはフリーになる。料理部と言えば一平の大事な彼女・優がいるところ。朝イチで顔を出したが、確か売り子は優の親友藤田南美と、もうひとり優達と同学年の根津まり子がいたはずだ。
「え、藤田さんか根津さんのこと?」
「藤田さん達はわかるよ! ほら、私服の子がいただろう?」
すぐにピンときた。料理部は朝からトラブルがあり、たまたま来場していた他校の料理倶楽部の部員がヘルプに入ってくれているはずだ。
「ああ、高木先生が前に勤めてた学校の生徒だよ。名前は…… 渡瀬美晴さんとか。料理部でトラブルがあって、人手が足りなくて困ってるところを手伝ってくれてるらしい」
「何と! 可愛い上に優しくて面倒見が良いとは」
「天使か」
「なあなあ、もう一回会いに行かねえか?」
どうやら美晴のことで合っているようだ。だが一平は渋い顔をした。何しろまだ時間は一時になっていない。料理部の屋台はかき入れ時で大忙しだろうから、今遊びに行くのは迷惑なのではないだろうか。それに来ているのは美晴だけじゃない。激マズなのではないだろうか。
「えぇ、でも」
「見るだけ! 見るだけだから! 手が空いてそうなら話しかけたいってのはあるけど、できるだけ邪魔はしないから!」
「じゃあ行けばいいじゃないか。何で俺を誘うんだよ」
「もちろん池田さんを通して紹介してもらうため!」
「断固として拒否する」
だが多勢に無勢、一平はズルズルと引きずられて行くことになった。
案の定料理部の屋台はまだまだ混雑している。が、みんな行儀よく並んでいるので屋台の中がよく見える。
けれど売り子はもう南美が復帰して、まり子と二人で客を捌いていた。
「あれっ、渡瀬さんいないぞ」
だがよく見ると美晴は奥で包丁を握っているのが見える。必死の顔で手元を見つめ、キャベツを切っているようだ。
「いた!」
「何だよあれ、必死でかわいい」
空手部員たちが色めき立つ。美晴はキャベツに集中しているので、野郎どもの視線には気がついていない。
だが、美晴の隣で一緒にキャベツを刻んでいた黒いTシャツの男子は違ったようだ。ちらりと空手部員を睨みつける。Tシャツから覗く腕はがっしり筋肉質で、空手部員に引けを取らない。
彼は自分の包丁を一旦置いて美晴に声をかけた。
「ほら、左手」
「あっ、猫の手」
「それから、もうちょい細く切れるか?ほら、こんなふうに」
黒T男子こと玉野咲はこれみよがしに美晴の背後に回ると、覆いかぶさるようにして美晴の両手に自分の両手を重ねた。
「ひえっ!」
ザクザクザク。
咲の手が美晴の手ごと包丁を握り鮮やかに千切りを生み出していく。
「あー…… あれはダメだ」
「彼氏持ちかぁ」
「すんげぇ牽制されたよな、俺達」
ガックリと肩を落として空手部員たちを一平が宥めながら連れ戻っていく。それを目の端で確認した咲がやっと美晴から離れた。
「と、こんなもんかな。分かった?」
「ヒャ…… ひゃい」
「ん、じゃ、がんばれ」
咲は再び自分の割当のキャベツを刻み始め、美晴は真っ赤になって手が止まってしまう。
焼台の前でその様子を見ていた料理部員たちは「付き合ってないって言ってたよねえ?」と首をひねることしきりだった。