空気さえ支配できれば
「このお兄ちゃん歯が出てる!」
オレはロン毛のお兄ちゃんを指さしたんだ。
すると、レジにいたもうひとりの男が吹き出した。
「ヒーッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
終いには腹を抱えて涙を浮かべて笑いこけている。
「スミマセン!」
両親は血相を変えオレを抱えると兄の手を取り店を飛び出た。
店からは男の笑い声が響いている。
今、考えれば店員のどちらかが店を辞める案件だ。
オレは両親が兄のことで悩んでいるのを知っている。
一つ違いの兄が慢性的指しゃぶりで前歯矯正をすることになり毎日毎日、注意されていた。
歯科医院の帰りに家族四人でコンビニへ行くのだが事件はその時に起こる。
オレは三歳になったばかりで喋るのが大好きだった。
心に浮かんだ疑問は全て口に出すお年頃。
オレは兄と双子のように似ていて美形幼児だったため怖いもの知らずだった。
その後は出っ歯に注意をし過ぎて下顎が出てしまうけど。
バチは当たるんだよね。
歯列矯正を何年もした後、晴れて兄と同じ美形に。
⭐
ある昼下がりにそれは起こった。
「文化祭の出し物について全員で希望を言ってくれ」
イケメンを絵に描いたような冬木場くんが黒板に劇、カフェ、焼そば、クレープと書いていく。
最後はオレの番だ。
慌てて立ち上がったせいで椅子が後ろに倒れる。
「ロボット組み立てなどいかがだろうか。青春の輝きを遺憾無く発揮できると思うのだが」
クラス内の空気が凍りつく。
いつだってオレが喋るとこうなるんだ。
あぁ空気が支配できたなら。
委員長の冬木場くんのように。
オレは三百回目の願いを神に願う。
そして昼下がりに屋上でクラスの不良ツヨシから暴力をうけていた。
「キモいから喋るの禁止って言ったよなぁデブ」
そう、俺は少しデブリンになってたかな。
クラスカースト最下位のオレは更に深い闇に向かってまっしぐらだ。
パンパンに腫れた顔は鼻血でぐちゃぐちゃだけど心まで折れちゃいない。
素っ裸にされても写真をアップされてもそれが何だ?
心は見えないだろう?
でもさぁひとつだけ見たい景色がある。
冬木場くんみたいに空気の読める男子になりたい。
そして女子と楽しく話してみたいなぁ。
「ニヤニヤししてんじゃねえデブ!」
「く⋯⋯うき⋯⋯し⋯⋯」
⭐
流星が空を飛び交う。
あぁ綺麗だなぁ。
今夜は何重年に一度かの何かの星が地球に接近するってニュースで流れてたなぁ。
アレかな?どんどん大きくなるんだが。
緑色の長い尾を⋯⋯って長くねぇか?
長すぎだろう。
逃げなきゃ。
体が動かねぇ。
ぶつかる!
死ぬのか?
あぁ冬木場くんみたいに空気を支配したかったなぁ。
閃光。静寂。
⭐
朝の光を浴びながら目覚めた。
昨夜は何だったんだ?
夢か。
うんツヨシにボコられた時間がいつもより長かったから脳震盪でもおこしたのかなぁ。
スマホを見ると母から執拗に着信がきていた。
兄からもラインがきているけどまぁいつものことだ。
トイレで洗顔と学生服の汚れを
落とす。
大丈夫だ。
心までやられちゃいない。
教室に入ると担任の上田が血相を変えていた。
「鈴木、何処にいたんだ」
「?」
「お母さんとお兄さんが襲われて緊急搬送された」
「?」
⭐
病室では母と兄が⋯⋯
ピンピンしていた。
俺を探すためにコンビニ巡り中、強盗に遭遇したらしい。
まぁ無事で何よりだ。
ちなみにその強盗は警察が追跡している。
翌日、放課後の屋上でツヨシに
絡まれてる時に俺は心から願ったんだ。
冬木場くんみたいに空気を支配できたらなぁ。
「ぅああああああああああっ」
俺にのし掛かっていたツヨシが絶叫した。
顔がみるみる紫色になり首をかきむしる。
「く⋯⋯う⋯⋯き⋯⋯」
それを見ていたツレ達がツヨシを取り巻く。
「「「「くうき」」」」
奴らはゴロゴロ芋虫のように転がり泡を吹いている。
それを呆然と見ていた俺。
「冬木場くんのように空気を支配できたなら⋯⋯これかぁ?」