7 (最終回)
*この投稿はフィクションです。
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これ幸いと、思ったのは、店長だったろう。
入るなり、中薗大和は、
「防犯カメラの映像を見せてもらえませんか?」と、訊ねた。そして、息子に、俺に任せろ、と目配せした。
あぁ、そうですね、それではっきりする。と、店長は、防犯カメラの操作が出きる者を呼びますと、電話の内線に、連絡を入れた。
一、二分で、三十代半ばの男性がやって来た。
「副店長の、鮫島です」そう名乗ったあと、外園小百合と目があって、驚いたように、後ずさった。
「ご無沙汰しております」キチンと45度のお辞儀で、口調も、まるで軍人のように、歯切れがよかった。
しばらく、鮫島と名乗った副店長を見ていた、外園小百合は、やがて、
「あ~、おまえか」と、小声で、呟いた。狭い部屋だけに、小声でも、そこにいる人間には、丸聞こえだったけど。
二人を交互に見ていた中薗大和だったが、
「では、さっそくお願いします」と、副店長を促した。
さほど時間が経っていなかったので、その映像を呼び出すまでに時間は掛からなかった。
S&B生わさびのある、コーナーの映像に、中薗大地が、映っていた。が、ゆっくりと、通りすぎただけだった。
しかし、そのあとに出てきた、40代後半のおばさんが、映ると、店長と副店長が同時に、
「あっ、この人っ」と、叫んだ。
綺麗な映像の中、そのおばさんは、まるで、当然至極のように、S&B生わさびを手に取り、画面から退場しようとしている中薗大地の背中のバックに、入れ込んだ。
外園小百合と、立花真知子が、同時に、
「ちっ!」と、舌打ちした。
次は、店外の映像だった。店員が、駆けつける前から、中薗大地が、映っていた。
すると、手ぶらの、さっきの40代後半のおばさんが中薗大地に、近寄ってきて、手を伸ばしたところで、中薗大地が、振り返った。
店員に、呼ばれたからで、おばさんは、彼の横を、何食わぬ顔で、通りすぎて行った。
事の顛末は、以上だった。
つまりは、店長、副店長も、よく知る、万引き常習犯の、おばさんが、なにも知らぬ中薗大地に、運び屋をさせようとしていたのだ。
「本当に、申し訳ございません」床に頭を擦り付けて、店長が土下座した。そして、副店長に、
「君、この方たちに、お詫びの品を用意して」と、告げた。
鮫島副店長は、外園小百合の顔を一瞬見て、顔色を変えて、急いでドアから出ていった。
外園小百合は、中薗大和の顔を見て微笑み、立花真知子は、中薗大地の肩を揉み、中薗美海は、一人で拍手していた。
鮫島副店長が、額に汗して、駆け戻ってきた。手には、お中元用の、ギフトパック一万円が握られていた。
それを見た、店長が、ギョッとしたけれど、尋常ではない、副店長の形相に気圧されて、致し方なしやと、頭を再度、下げた。
「総長、今回は、お連れの大親友様に、大変なご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」店を出るなり、お見送りを、と付いてきていた鮫島副店長が、直角に、最敬礼した。みんな呆気にとられていたが、外園小百合が、
「総長は、やめてください」と、とても優しい口調とは裏腹の、鋭い目付きで鮫島副店長を睨んでることに、気づくものはいなかった。
父、中薗大和は、仕事に戻った。別れ際に、中薗大地が、
「ありがとう」と、言い、
「これが、父さんの、家族の守り方だよ。不器用だけどな」と、鼻の頭を擦りながら、父は、笑った。
家には、四人が集まった。
中薗兄妹と、外園小百合と立花真知子だった。
「立花さんは、大地君の、彼女さんなのね。外園小百合と言います。よろしく」
「はい。立花真知子です、よろしくお願いします」立花真知子は、彼女さんと言われて、照れもせず、否定もしなかった。
「ねぇ、そうちょうって、なに?」中薗美海が、外園小百合を見上げながら聞くと、考え込んだ彼女に変わって、立花真知子が答えた。
「学級委員長の別な言い方よ」
中薗美海は、納得した。次の日から、総長、を使い出したのは、いうまでもない。
外園小百合が、みんなにコーヒーを入れた。飲みながら、さっきまでの、話が、一段落する頃に、おもむろに、話し出した。
「あたしは、昔、って言っても、つい最近だけど、12、3年前まで、近所迷惑なバイクの乗り方をしてたのね」
「12年も前なら、十分、昔でしょ」中薗大地が、そう言ったら、立花真知子に、コツンっと、叩かれた。
外園小百合は、それを見て笑って、話を続けた。
「その、悪い頃のあたしが、あなたたち」中薗兄妹を、交互に見て、
「お父さんに、出会ったの。と、言うか、補導されたって言うか」苦笑いしながら、当時を思い出すように、斜め上を、見た。
「お父さんは、私たちに言ったわ。
『君たちがやってることは、小さな子供と同じことだよ。親から独り立ちしようと、もがいている子供だ。
君たちは、世間に認められたくて、暴走行為や、カツアゲをしているが、そんなことでは、誰も認めてはくれない。
人が汗水流して働いて、稼いだお金を、楽して奪っていたのでは、親の脛をかじる、子供以下だ。自分達で、働いて、稼いだお金で、好きなことをすればいい。そして、誰でもいい、一人でも二人でも、自分のことを認めてくれる人を、作り出せ』ってね」うっすら、涙目になっているように、中薗大地には、見えた。
「だから、あたしは、奪うことはやめたわ。だから、大地君と美海ちゃんのお父さんを、横取りするなんて、できない。だけど、お願い。あたしを、みんなの仲間に入れて欲しいの。仲間になって、周りから、ほんとの親子みたいだねって、言われたいの。ただ、それだけ」
少し、泣いた。
すぐに、中薗美海が、ティッシュを、バサッバサッと引き抜いて、外園小百合に渡した。
「俺たち、もうとっくに、大親友だろ」
中薗大地が、言った。
そして、手を、出した。
みんなが、その手の上に、自分の手を重ねた。
「俺たちは、ひとつだ」
中薗大地は、言いきった。
その時。
呼び鈴が、鳴った。
ここに、お父さんもいればなぁ、と思っていた、中薗美海が、すぐに、玄関に走った。お父さんかなと思ったら、
「美海、ただいま。大きくなったね」
元母、中薗良枝、だった。
どうやら、ツバメに飽きられたようだ。
みんなが、玄関を覗ける場所に集まった。
外園小百合は、パーカーのポケットに手を突っ込んで、臨戦態勢を整えた。
中薗良枝は、見知らぬ、外園小百合をねめつけた。
あいだに入ってしまった、中薗美海は、二人に交互に、一瞥をくれると、両手を、クロスさせながら、高らかに叫んだ。
「fighting!」
おわり