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*この投稿はフィクションです。
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国道10号線を、鹿児島市内から来て、姶良市の大きな橋を渡ると、少し走って、やがて見えてくる、ソレイユタウン入口の看板を左に曲がる。
JRの線路に突き当たる前の、左の二階建て公団住宅の前に、カワサキZ2を、停める。
外園小百合は、アイアンハートのジーンズを曲げ伸ばししながら、バイクから降りると、シンプソンのヘルメットを脱いで、前から手ぐしで、髪をといた。
二階の部屋を見上げて、深呼吸した。
日曜日、晴れ、朝十時。グレゴリーのリュックを担ぐと、二階への階段を上がる。
中薗大地は、LINEで立花真知子と、ソレイユタウン内のファミリーレストランで、待ち合わせの約束をした。
金曜日の夜から、ずっとLINEをしっぱなしだった。さすがに、土曜の夜には、寝てしまったけれど、日曜の朝、五時には、
〈おはよう〉と、中薗大地のスマートフォンに、メッセージが入っていた。
立花真知子からすれば、いっときも、中薗大地をひとりぼっちにはさせないぞ、という思いやりの気持ちからだったけれど、中薗大地からすれば、少々、ウザかった。
母、中薗良枝がいなくなってから、メンタル面は強くなっていた。
それでも、立花真知子の優しさには感謝していたし、今や、なくてはならない人だと、思っていた。
日曜日に、父、中薗大和の交際相手が来るんだと、言うと、
「あたしがいなくて、大丈夫か?」と、立花真知子が言うので、
「大丈夫。蹴散らしてやるさ」と、笑っていったもんだ。
「こんにちは」ペコリと頭を下げる。揺れる、肩より少し長く伸びた髪から、そこはかとない、良い香りがした。
「まぁ、上がって」父、中薗大和が、促す。
六畳間に案内されると、長方形のテーブルに、小学校の制服を着た、中薗美海と、ネイビーブルーのチノパンに英語柄のTシャツの中薗大地が、座って待っていた。
中薗美海としては、制服が、正装であり、中薗大地からすると、この時間は、さっさっと済ませて、デートに行くための、チョイスだった。
「お茶入れるから、座って待ってて」そう言って、キッチンに向かう中薗大和に、所在無げな視線を投げながら、それでも、
「初めまして、外園小百合です」と、挨拶した。
すぐに反応したのは、中薗美海だった。
「はい。あたしが、中薗美海です。五年二組です」そう答えた。
クラスまで言うのか、と思ったけれど、
「あっ、どうもです。中薗大地です」と、腰を浮かし加減に、チラッと一目見たら、あとは視線を右往左往させながら、そう言った。
厚手のジーンズを、押し曲げなから、外園小百合は、置かれた座布団に、あぐらをかく。
リーバイスにしとけばよかったと、後悔する。
「大きい、リュックですね?」中薗美海が、目を見開いて、訊ねる。
「うん。お泊まり道具一式が、入ってるから」外園小百合の言葉に、えっ、と思った中薗大地だが、妹はそれとは介さずに、
「わぉっ、お泊まりだ」と、なぜか嬉しそうだ。
キッチンか玄関に寝るのか、そう思いながら、中薗大地は、ひょっとしたら、自分がそっち側に寝る方かもなと、思いを巡らした。
中薗大和が、お茶を運んできた。七月も終わりの、この暑い中、熱いお茶に、煎餅だった。
暑いときに、熱いお茶を飲むと汗が引き、喉も乾かない。それが、中薗大和流の考え方だった。
飲んで食べると、当然、暑くなる。
外園小百合が、夏用の長袖パーカーを、脱ぐ。下は、タンクトップだった。
「おっぱいミサイルだ」中薗美海が、眉間にシワを寄せて、小声で呟く。
父、中薗大和は、アレに、撃沈されたんだ。それほどに、とんがっていた。
中薗美海は、小学生ながらにも、そう、断定した。
中薗大地は、思わず、生唾を飲み込みそうになり、なんとか、押し留めて、音がしないように、少しずつ飲み込んだ。
「母さんは、一人なんだよ」と、書かれたホワイトボートは、二発のミサイルに粉々に、打ち砕かれた。
血は争えない、そんなところか。
それぞれの自己紹介のあとは、他愛のない世間話と、テレビをみての、感想だったり、批判だったり。
しばらくして、中薗大和が、
「それじゃあ、父さんは、仕事に行くから、あと、よろしく」と、あっさり、丸投げで、さっさと、出ていった。
よほど、外園小百合を信頼してることがわかる。
出掛けていいものか、迷ったけれど、
父がああ言うなら、大丈夫と中薗大地も、
「あの、ちょい友達と約束してるんで、出てきます。いいですか?」
もちろん、良いわけはなかったが、外園小百合は、寛大な心の持ち主だった。
「美海ちゃんは、大丈夫かな?」
「はい。あたしは、平気ですよ」
「では、行ってよし」外園小百合は、敬礼した。父の受け売りだろうことは、わかった。
「美海は、粗相のないように」なんだか、その場にそぐわない言葉のチョイスに、顔をしかめながら、中薗大地は、出ていった。
「お昼の準備しなきゃね」外園小百合が、言うと、
「今日のお昼は、ほか弁だよ」
「マジで?待って、見てみる」中薗美海のあっけらかんとした言葉に、眉をしかめながら、冷蔵庫を覗く。
「あちゃぁ、なんもない」
「あちゃぁ」中薗美海が、真似をする。笑いながら、
「買い物いこうか?」と聞くと、
「うん!」と、即答だった。
つづく