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境への旅  作者: 火吹き石
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9.族長の館へ

 山間(やまあい)を歩きながら、ハヤテはあたりを見回していた。時は昼過ぎ、太陽は少しばかり下りはじめていた。左右には荒れた岩場や疎らな林が広がり、その間に踏み固められた道が走っている。道はなだらかな坂となっており、一行はそれを上っていた。すでにいくつか低い峠を越え、もうじき族長の住まう黒鱗族の本拠地へと至ろうとしていた。


 ハヤテの前に、コダマとフチとが歩いていた。付き人の手には槍が握られていた。フチは口数少なく、たまに思い出したように町の暮らしについてコダマに質問をする他は、ほとんど話さなかった。コダマもそれに劣らず寡黙で、二人はただ黙々と歩いていた。


 その二人とは打って変わって、ハヤテとシズクと並んで、しきりに喋りながら歩いていた。シズクは、本当なら村に残っているはずだったのが、コダマらの世話をするのだと村長を説得してついてきたのだった。コダマはとくにいやがらなかったし、ハヤテは喜んだ。昨夜は本当に楽しい夜だった。もしかしたら、次の機会があればコダマも誘えるかもしれないなと、そんな算段もあった。


 ある尾根を越えると、一行の目の前に谷間の湖が現れた。それは細長い形をして、昼下がりの光を浴びてきらきらと光っていた。湖の岸辺から谷の斜面にかけて、いくつもの家々と畑とが見えた。とりわけ目を引いたのは、岸辺から少しばかり離れたところにある、均された広い庭をもった館だった。館は自然のものか、それとも人工のものか、小さな丘の上に建っており、高い柵に覆われ、いくつかの建物が付属していた。


 あれこそ族長の館だろうと、ハヤテは思った。それを言葉に出す前に、フチがその建物を手で示した。


「あれが族長の館だ。昨日のうちに、すでに先触れが客人のことを伝えている。きっと歓迎の準備もしていることだろう。」


 歩き出したフチについて歩きながら、コダマは心配そうな顔で付き人を振り返った。


「もしかして、待っておられるかな。おれたち、遅く起きちゃったし。」


「『おれたち』?」


 ハヤテは後ろから囃し立てた。コダマは振り返りもせず、むすっとして言い返した。


「分かったよ。おれ、だ。おれが遅かったんだ。悪かったな。」


 コダマはこの日、遅く起きた。たぶん、疲れて深く眠っていたのだろう。夜遅くまで遊んでいたハヤテや氏族の若者たちは早く起きたというのに、コダマだけが長いこと眠っていたのだった。誰もコダマを起こそうとはしなかったのは、族長の館までそれほど遠くはないからだったが、そんなことを知らなかったコダマは、起きた時にはすでに日の光がさんさんと降り注いでいるところを見て、焦って取り乱したのだった。


 そういう無防備なところを見ると、可愛らしいとハヤテは思う。時々見せる真剣な面持ちより、こちらのほうがすきだった。


 実際、族長の館は近かった。朝遅くに出かけたのに、まだ昼を少し下がったばかり。もしも朝早くに出かけていたら、昼までに着くことが出来ただろう。それだけに、コダマの心配は増していた。もしも族長が先に歓迎の準備をしているなら、遅れることで台無しになってしまうのでは、と。


 コダマがそう言うと、フチは答えた。


「そんなに心配することはない。それほど遅くはないし、うたげは夕方からだろう。そもそも、朝早くから出かけると伝えたわけではない。むしろ昼前に着いてしまったほうが、向こうには面倒なくらいかもしれない。」


「そうかなあ。」


 コダマは心配げに呟いた。ハヤテは後ろから肩を軽く叩いた。


「ま、過ぎたことなんだ、くよくよしたって仕方ないぜ。他に心配したほうがいいこと、あるんじゃねえか。」


 ハヤテが言うと、コダマは小さく頷いた。コダマの仕事を許可するという、イズミらの村の決定は伝わっているはずだが、それに族長とその場にいる人々が同意するのかは分からなかった。


 辺境氏族では、物事は全員で話し合って決めるものらしい。町では同業組合の親方たちをはじめとして、様々な利害をもつ集団がそれぞれに代表を立て、議会で最終的な決定をおこなうから、だいぶ趣きが違う。昨日のイズミの決定にしても、村長は人々の意見をまとめる役目を果たしただけということだ。そしてそれは族長も同じことで、集会でなされる話し合いを調整するだけだった。長が何でも決めてしまうというわけではなかった。


 そしてだからこそ、氏族の人々がどう反応するかは、コダマにとって心配の種だろう。話し合いが紛糾などしたら、時間が取られて仕方がない。従者に過ぎぬハヤテとしては、ことの成り行きをそれほど心配しているわけではない。しかしやはりコダマの思う通りにことが運んで欲しかった。


「ま、シズクの村の連中が同意したんだ。たぶん、問題はないさ。」


 ハヤテは言って、コダマの肩をまた叩いた。コダマは沈んだ面持ちで頷くだけだった。

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