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境への旅  作者: 火吹き石
7/21

7.集会

 広間にふたたび呪術師が現れたのは、遅い昼食の後のことだった。それまでの間、ハヤテとコダマは手厚い歓迎を受けていた。


 広間には長い炉が切られており、奥に村長の座椅子が置かれていた。それは素朴ながらも彫り物を施された木の椅子だった。その横に二つの座椅子が並べられ、そこがハヤテとコダマの席だった。


 二人が少年らの捧げ持つ水で手と顔を洗うと、食事と酒が振る舞われた。昼も遅かったこともあってか、食事は決して豪勢というわけではなかった。だが質素な暮らしをしている二人からすれば、十分にごちそうと言えるものだった。


 遅い昼餉(ひるげ)を終えると、コダマが村長たちと会話するに任せ、ハヤテは若者たちと力比べをしたり、剣闘をしたりして遊んだ。氏族の若者たちは手強かったが、ハヤテもハヤテでなかなかの使い手だった。勝ったり負けたりを繰り返し、勝負事に疲れてしまうと、今度は少年たちを交えて踊ったり、あるいはまた酒と食事を楽しんだ。


 そうしていると、ふと広間の入口近くから、静けさがひたひたと忍び寄るように広がってきた。それに気がついてハヤテがそちらに顔を向けると、先に見た壮年の呪術師がいた。周りの村人たちは顔を伏せ、遊び騒いでいた少年たちも押し黙っていた。


 呪術師はコダマに目を向けると、まっすぐに近づいていった。コダマはそわそわとして立ち上がった。


 コダマのそばに寄ると、灰色の衣の呪術師は小さく笑みを零した。


「こんにちは、異国のまじない師よ。滞在を楽しんでおられますかな。」


「ええ、もちろん。とてもよくしてもらっています。」


 コダマが答えると、まじない師は頷いた。


「それはけっこうなことです。さて、先に話していたとおり、あなたが我々を訪問した理由をお聞かせ願いたい。どうぞこちらへ。」


 まじない師はコダマを連れて、広間の戸口へ向かった。ハヤテはついていこうかと腰を浮かしかけたが、コダマが首を振って制したので、ふたたび腰を下ろした。呪師同士、何か秘密の話をするのだろう。どうせ聞いたところでよく分からない話だろうから、ハヤテとしても別についていく意味はないような気がした。


 まじない師が広間を退出してからも、あたりにはしばし静けさが漂っていた。ハヤテは所在なげに炉端で座ったまま、若者たちの顔を見渡していた。


 やがて、若い連中でも特に元気な少年たちが遊びはじめ、広間に笑い声が戻ってきた。ハヤテは少年や若者たちとまた手荒な遊びをはじめた。夏のことであるから、広間の床で転げ回っていると、敷いていた藁や草が髪や服に絡まり、汗で濡れた肌にくっついた。


 しばらく遊び、また疲れて休みを挟んだ。酒で喉を潤し、少しばかり肴を摘む。そうしていると、村長が笑顔で近づいてきた。その後ろにはフチが控えている。


「お客人、お楽しみのようだが、広間は暑くはないかな。川に降りて涼を取られてはどうだろう。呪師の話はすぐには終わるまいからな。」


 若い連中はみなでその意見に賛成した。ハヤテはすでに打ち解けはじめていた連中といっしょになって広間を出ると、半ば駆けるようにして坂を下り、川へと降りていった。


 川は広く、流れは緩やかだった。一行はすぐに服を脱ぎ捨て、川に身を浸した。水は冷たく、運動と日差しに火照った体に気持ちよかった。若者たちと少年たちは、きらきら輝く水を跳ね散らかしながら、追いかけ合ったり泳いだりして遊んだ。


 一行とともにフチも来ていたが、こちらは服を着たまま、川のそばに生えている大樹の陰に座り、ただ手足だけを水に浸していた。ハヤテが入るようにと誘うが、青年は辞退した。


「酔った連中が溺れてしまわないか、心配で来ただけだ。」


 そう言って微笑むと、木陰でくつろいでいた。


 やがて泳ぐのにも飽き疲れると、若者たちはフチが腰を下ろしている木陰に入って休んだ。疲れ知らずの少年たちだけが、いつまでもいつまでも遊び騒いでいた。


 それから日が傾いてくると、一行は館に戻った。広間には、まだ呪師は帰ってきていなかった。どうやら村人たちも呪師らを待っているようで、少しばかり手持ち無沙汰そうにしていた。ハヤテは若い連中と一緒に、広間の壁際で集まって休んだ。


 やがて夕方が近づいてくると、コダマと呪術師が帰ってきた。その頃には、広間は人でいっぱいになっていた。歳の頃が十の半ばほどの少年から、髪の白い老人まで集まっている。この集落のほとんどの住人がこの場にいるのではないかと思われた。こんなに大勢でいったい何をするのかと、ハヤテは不思議がった。


 呪師らが広間の奥に行くと、村長の横に席を占めた。村人たちはみな座ったままそちらを注視した。ハヤテはコダマの様子を窺った。きっと緊張して固くなっているだろうと思ったが、意外と平静そうだった。ハヤテの視線に気づくと、秘術師は少しはにかんだ。


 村長が立ち上がると、口を開いた。


「まじない師殿、話はどうなりましたか。我々が知るべきことを、我々に分かるように語っていただきたい。」


 そう言うと、村長は腰を下ろす。まじない師が立ち上がると、それに答える。


「私たちが話したことをお伝えしましょう。」


 まじない師はコダマに顔を向けた。秘術師は立つと、口を開いた。


「私は青毛族のコダマという者で、治療を生業としています。我々はまじないをするに当たって、ある種の材料を必要としています。これがそれです。」


 秘術師は腰の小袋から、あの元素の結晶というものを取り出した。もっとも、それはほんの砂粒ほどの大きさなので、近くにいる者にもよくは見えないことだろう。


「ここに小さな宝石のような粒があります。これは希少な物質で、隠り世と現し世の(あわい)から採取されるものです。これには力があります。言葉で言っても仕方ありませんから、その力の一端をご覧に入れましょう。」


 秘術師は小さな声で何事かを呟き、指先に一つ息を吹きかけた。それから手を上げると、その手には緑の葉を茂らせた木の枝が握られていた。一同ははっと息を飲んだ。ハヤテも少し驚いていた。町で何度か秘術師が見世物をするところを見たことはあったが、何度見ても不可思議で面白かった。


 コダマはその枝を振った。するとそれは緑の炎に包まれて燃え上がり、またたく間に灰となった。だがその灰は、秘術師の手から落ちるやすぐに、溶けるように消えていった。


 一つ息を吐くと、コダマは恥ずかしそうに笑った。


「これはちょっとした奇術です。けれど、こうして見せたほうが分かりやすいかと思いました。ここにあるのが元素の結晶でして、我々秘術師は、主にこれを使って術を使います。」


 コダマは腰の袋を手にとって掲げた。それから、氏族のまじない師が継いだ。


「青毛族の客人は、この呪薬を少しばかり集めに来たようです。それというのが、霧の土地でしか取れず、そこへの道がこのあたりに開いているからです。」


 言って、まじない師は両手を軽く上げた。


「みなも知っている通り、この世には二つの国があります。我々の肉の眼で見えるこの現し世と、呪術師にのみ見える隠り世です。そして霧の土地というものは、この二つの世界の狭間です。よく、霧の土地を隠り世だと間違えている者もいますが、別のものです。」


 まじない師が話しはじめると、村人たちは目を見交わして心配そうにしていた。とくに年配の者は、コダマに疑わしげな目つきを向けていた。ハヤテの周りでも、若者たちが心配そうに目配せしあっている。小さな声で、聖地がどうこうと話すのが聞こえた。ハヤテにとって霧の土地はただ物語の世界でしかなかったが、辺境氏族の人々にとっては、そうではないらしかった。


 まじない師は一同を見渡して言った。


「もちろん、我らの客人の用があるのは、我々の聖地ではありません。隠り世は我々呪術師にも知り得ぬだけの深みと広さがあるのです。客人が訪れようとしているのは、開いては閉じる、儚い狭間です。小さな庭に過ぎません。」


 氏族の人々は、また小声で話し合った。それほど聖地、すなわち氏族の起源の土地を大切にしているのだろう。


 ハヤテには氏族がなく、だからその(ゆかり)の地である聖地もまた存在しない。本来なら、少年が職人や商人として一人前になる時に、親方から氏族名を与えられるとともに、その氏族の起源伝説を教授されるはずだった。人の話を聞く限りでは、各氏族の高祖には隠り世の故郷があり、祖先である精霊が仲間を率いて隠り世を後にし、現し世へと移り住むというのが大枠の物語らしかった。氏族の起源は秘伝なので、たとえ酔客からでも細かなことを知ることはできないが、おおむね似たような話らしいということは常識として通用していた。


 ハヤテが聖地を持たない上に、仮に持っていたとしても、聖地は町から遠く離れていた。多くの町民にとって、伝説上の故郷はただ儀礼の上でのみ問題となるものだった。これまで語り継がれてきたから語り継いでいるに過ぎないのだろう。


 しかしこの地の黒鱗族は、まだ聖地との繋がりを保っているのだ。町の呪師がそこを侵すというのは、現実的な恐れなのだろう。


 まじない師とコダマは氏族員に、異界にはいくつもの土地があるのだと説明を繰り返した。黒鱗族の聖地はその一つであり、他にも別の氏族の聖地が存在している。また、いずれの氏族の聖地でもない、小さな土地もあるという。コダマが仕事をするのは、その小さな土地だった。


 しばらく話して、氏族員は部外者の呪師が涜聖(とくせい)に及ぶ恐れはないのだと納得した。すると今度は、秘術師が採取する資源を、外部の者に与えてよいのかという疑問が上がった。


「言わば、それは我々のものではないのですか。それを町の者の取るに任せてよいのですか。」


 壮年者はそう言って、ふたたび腰を下ろした。するとまじない師が答えた。


「我々には必要ありません。我々には精霊がついています。町の呪師には精霊がいないのです。だから、異界の物質を必要としているのです。」


 まじない師はコダマに問うような視線を投げかけた。コダマは頷く。


「こちらの呪術師が精霊の助力を得てまじないをするのだと、先ほど聞きました。町の呪術師には使えない方法です。町では精霊と交信する方法がありませんから。氏族の伝統も薄れ、聖地の場所すらも定かではありません。」


 コダマが言うと、氏族員は一様に重い沈黙に沈んだ。ハヤテは不思議に思った。コダマが何か礼を失するようなことを言ったのだろうか。だが人々の顔を眺めて、みなが町民を同情しているのだということに気がついた。辺境の氏族にとって、聖地や精霊は重要なものなのだ。そしてそれを持たない町の生まれを、哀れんでいるのだろう。


 一人の壮年者が咳払いをすると、立ち上がって沈黙を破った。


「話を続けさせてもらいましょう。失礼でしょうがこの点ははっきりさせておいたほうがいいと思います。町の呪師にその何か不思議な物質を取らせて、我々に危険はないのでしょうか。」


「あまりにも取り過ぎたら、危険にはなるでしょうね。」


 コダマはそう答えた。


「元素の結晶は、言わば土地の糧、この世の命ですから。私は水の元素、つまり隠り世の海の力を求めてこの地に来ました。もしも私が結晶を取り過ぎたら、この土地から水が失せます。土壌は乾き、川は枯れ、雨が絶えるかもしれません。」


 言ってから、両手をひらひらと振る。


「しかし心配には及びません。私はそんなに大量に取るつもりはありませんから。そんなことをしたら、誓って言いますが、精霊のいかりに触れることになるでしょうね。あなたがたは精霊に守られているはずです。あなたがたから多くを奪おうとする不届き者がいたとすれば、精霊によって死を賜るでしょう。」


 コダマがそう言ってまた腰を下ろすと、先に話した壮年がふたたび立ち上がった。


「私が懸念しているのは、そういうことではない。あなたにその呪薬を取らせて、あなたがた町の者が力をつけぬかという心配です。先に見せてもらった術は、ほんの少しの材料で起こしてみせたわけです。もっと多くを集めれば、我々にとって危険を及ぼしうるのでは。」


「つまり、我々があなた方を侵略する恐れがあると?」


 コダマは目を見張って訊き返した。それから、苦笑を零す。


「いや、いや、無理でしょうね。秘術を戦に使うなんて、ありえない。私たちはそんな術を知ってもいない。」


 そう言ってから、表情を曇らせる。腕を組んで、首を傾げる。


「いや、確かにありえないことではない。長い目で見れば、ありえる。力を蓄えた秘術師が、侵略の手先となるということは、まったくないとは言えない。しかしそのためには……。」


 コダマは口を閉ざすと、眉を顰めつつ、指折り数えた。氏族員はそれを黙って見ている。緊張した沈黙が広間に降りた。やがて、コダマは表情を緩めた。


「いや、やっぱりありえないと思います。物騒な話ですが、人一人を殺傷するのに、それなりの量の晶石を消費します。少なくともひと握りほどは必要でしょう。いや、もっと使うかもしれない。たとえば敵を百人ほど倒そうとするなら、莫大な量が必要になる。私がこの地で仕事をしたとして、せいぜいが十人や二十人を倒すのに必要な量が集まるだけでしょう。それ以上は、精霊のいかりを買うことになる。」


 コダマが言うと、まじない師が口を開いた。


「あなたがたも疲れを感じないわけではないでしょう。百人も一人で倒せるものですか。」


 ああ、とコダマは頷いた。


「そうだ、術には精気も必要だった。百人も殺傷したら、おれ、きっと死んじまうなあ。その半分でも、一割でも危ういな。」


 コダマは苦笑した。


「そういうわけだから、我々が力をつけて侵略するというのは、心配に及びません。そんなに大量の結晶を集められると思いませんし、集めたところで、それを使うだけの術者がいません。まあ、町中の呪師をみんな使い潰すつもりなら、砦の一つや二つは落とせるかもしれません。その後は、町は呪師なしでやっていかなければなりませんが。――というか、呪師の一人として言いますが、町民が侵略のために秘術を使おうなどと言い出したら、我々は町を捨てて逃げますよ。ばかばかしい。野蛮だ。そんなことのために、我々は秘術を学んだんじゃない。」


 後半、コダマは吐き捨てるような口ぶりだった。そこには心からの厭悪の念が滲んでいた。人々はそれを聞いて、小声で話し合った。しかしこれ以上、コダマに戦について訊ねるものはいなかった。とりあえずは、その懸念が極小であることが納得されたのだろう。


 人々が静まると、灰色の衣の呪術師が口を開いた。


「私の理解する限り、客人に仕事をしてもらっても構わないと思います。我々の聖地を侵すことはなく、我々にとっての害にもなりえません。先方にとっての益があるだけです。そういう場合、客人を暖かくもてなすのは道理に適ったことです。これが私の結論です。」


 人々はまた小声で話し合った。しかし異論は出てこなかった。やがて静かになると、村長が立った。


「さあ、おおむね話は尽きただろうか。私が思うに、もう自ずと結論は出ているようだ。こちらの客人に、仕事をしてもらうことに、異存ある者はいるか。」


 長の問いかけに、誰も答えることはなかった。


「ならばこれを我々の結論としよう。青毛族のコダマ、そなたには私から、この土地で仕事をする許可を与えよう。」


「ありがとうございます。」


 コダマは頭を下げた。ハヤテも話が一段落したことに喜んだ。もしも拒否されて、そのまま引き返すというのは、いかにも虚しい骨折りだった。


 ところで、と長は続けた。


「私にはいまだまじないのことはよく分からんのだが。霧の土地の位置は、そなたには分かっているのか。」


「分かっています。旅の途中に一度、そしてちょうど昨日にも一度、呪術を使って調べています。いまも、方向ははっきりと分かっています。」


 そう言って、コダマは一方を指す。その指す方を訝しむように長は見たが、ふたたび客人に顔を向けた。


「このあたりは山がちで、道は険しい。そなたら二人で、しっかりと道を見つけることができるのか。」


「おそらくは。直感的に方向は分かりますし、おおよその遠さも分かるので。」


「はっきりと道が分かるわけではない、ということか。土地を知る者の助けがいるのではないかな。」


 そう問われると、コダマは唸った。しばし眉を顰めて考え、問うような目をハヤテに向けた。ハヤテは頷いた。どうやら発言者は立つものらしいと見て取ったので、立ち上がって口を開く。


「コダマがちゃんと道を知っているならともかく、そうでないなら、おれも助けがいると思う。」


 この村に来る時には、それほど険しい道もなく、途中で向こうから待ち伏せしてくれたからこそ円滑にことが運んだ。だが山奥の目的地への道を、誰の導きもなく、ただ方向を知るだけで歩けるとは思わなかった。


「けど、こちらの氏族にこれ以上、迷惑をかけるわけには……。」


 コダマが遠慮がちに言うと、長は笑った。


「まさか、そんな心配は無用。客人を不慣れな土地に、先導もつけずに行かせるわけにはいかない。――フチよ。」


 イズミは、ずっとコダマのかたわらで控えていた青年に呼びかけた。フチは頷いた。


「承りました。客人の身は私がお守りし、どこへなりとお連れします。」


 コダマはしばし青年に目を向け、しばし迷った後、頭を下げた。


「ありがとうございます。」


 さて、と長は言った。


「今日はもう遅いが、明日にでも仕事に取り掛かりたいと思っているだろう。しかし、申し訳ないが、先に族長に(まみ)えてもらいたい。我々の決定をお伝えせねばならないし、そなたのことを一族の他の者にも知らせねばならない。不服はないだろうか。」


「不服なんて、まさか。歓迎していただき、許可をいただいただけでなく、フチまでつけていただいて、申し訳ないほどです。」


 コダマは深々と長に頭を下げた。


「そう頭を下げないでくだされ。客人をもてなすのは我々の務めなのだ。そう気に病んでもらいたくない。」


 コダマが頭を上げると、長は大様に笑んだ。それから、広間に集まった人々に目を走らせる。


「さて、こちらの客人の用件については、これでよいと思う。他に話すことはあるか。」


 しばし一同は隣の者と目を見交わした。と、一人の若者がおずおずと立ち上がった。それは、フチとともにコダマらを待ち伏せした一団の一人で、シズクという名だった。ハヤテとは角力(すもう)を取り、同じ盃から酒を飲んだ仲で、連中の中でもいちばん親しくなっていた。


「お二人の寝床はどちらにしますか。」


 村長は目を細めた。


「もちろん、この広間に(とこ)を整えるつもりだが、若者たちにはまた違った考えがあるのかな。」


 長に見つめられて、シズクはちょっとばかし恥ずかしそうにした。


「いやあ、もしも客人がよければ、我々の家に来てもらおうと思ったんです。」


 そう言って、シズクはコダマとハヤテをちらと見た。ハヤテは思わずくすっと笑った。


 我々の家というのは、若者の家のことだった。町ではたいてい、少年の家で育った年長の少年は、職人の見習いとなって一人前になるまで住み込む。だが辺境の氏族では、それに町の領域に属する農村でも、少年の家で育った若者たちは、一人暮らしをする前にしばらく若者の家で集住するのだ。


 そんな若者の集まるところに、わざわざ客人を呼ぼうというのだ。どんな遊びをするか、想像がついた。ハヤテは声を上げた若者に視線を投げかけると、シズクはにやっと笑みを返した。それで、ハヤテは自分の考えが当たっていることを確信した。


 しかしどうやら、そうした事情を新しい友人たちから聞いたハヤテとは違って、町育ちのコダマは分かっていないようだった。小首をかしげ、傍らのフチに問い、小声で説明してもらっていた。話を聞き終えると、コダマは長に顔を向けた。


「私はどちらでも構いません。そちらの都合のいいようにしてください。」


「なら、こっちに来てもらおう。」


 そう言ったのは、長ではなくてシズクだった。長は若者に目を向け、しばし考えていたが、頷いた。


「客人もそう言っておられるのだから、お前たちに任せよう。だが、くれぐれも粗相のないようにするのだぞ。」


 長は少しばかりすごんで見せた。シズクはそれをにっこりと笑顔で受け止めた。ハヤテも思わず笑みを零していた。楽しい夜になりそうだった。

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