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境への旅  作者: 火吹き石
10/21

10.守り手

 集落を歩き、族長の館へと向かう間に、多くの人々が一行を遠巻きに見ていた。すでに客人の来訪を知っていたからだろう、取り立てて慌てた様子もなければ、疑わしげにしているわけでもなかった。ぽつぽつと仕事の手を休めては、軽く挨拶をして、その場を離れていった。そうした仕草が、なんとなくみょうに思われた。


「あんまり歓迎されてないのか?」


 ハヤテは小声でシズクに訊ねた。シズクは眉を上げた。コダマが振り返って、ハヤテに同意する。


「うん、おれもそう感じていた。」


 コダマが言うと、シズクは首をかしげた。フチが、二人の異邦人に顔を向ける。


「そんなことはない。どうしてそんなことを?」


「なんとなくな。ほら、なんかみんな、すぐ離れていくだろ。それに子どももいないし。昨日だったら、村の中を歩いている間、小さい連中がずっとおれたちのこと追いかけてたのに。」


 コダマはそう説明した。すると、ああ、とフチは頷いた。


「みなが離れていくのは、たぶん、家に戻って少しは身なりを整えてくるのだろう。これから族長の館に集まって、客人を歓迎するのだから。それと子どもだが、ここには小さな子どもはいない。」


「いない? どうして?」


 コダマが驚いて聞き返すと、フチは首をかしげた。


「ここには子どもの家はない。子どもらは、村々に暮らしている。ここには戦士としての訓練を受ける、十六かそこらの年長の少年ならいて、族長の館に滞在しているが。いまの時間なら、湖か川で遊んでいるんじゃないかな。暑い中で体を動かすのは、誰もうれしくないだろう。それとも、館で歓迎の準備をしているかもしれない。」


 ふうん、とコダマが呟くと、フチは続けた。


「ここには族長の館と、一族の墓がある。あそこが、その墓だ。」


 そう言って、ほど遠いところにある湖の、対岸を手で示した。こちらには族長の館があるが、向こうには、大きな立石が木のようにそびえる、小高い丘があった。丘の周りには、小暗(おぐら)い林が見えた。


「修行中のまじない師は、あの墓の周りに住んでいる。そして他の家々は、この地の守り手の住居だ。」


「守り手というわりには、みんな武器を持っていないな。」


 ハヤテが口を挟んだ。


 疎らな家々に面した畑には、たいてい果樹が植えてある。日差しをきらって、壮年者が木陰や軒下で涼みながらこちらを眺めていた。若い連中もいて、そちらはコダマらに近づいてくると、シズクと軽口を叩き合い、ハヤテとも笑顔で挨拶を交わした。そうして見ているのだが、この日に出会った氏族員の中で、武装している者は一人もいない。


 フチは、また小首をかしげた。


「もちろん武器は家にあるし、館の蔵にも多く収められている。」


「だけど、みんな武装していない。」


 コダマが言った。フチは疑わしげな目をコダマに向けた。


「それは、もちろんそうだ。なぜいつも武装している必要があるんだ?」


 問われて、コダマは言葉に詰まった。ああ、とフチは納得したように呟く。


「もしかして外敵の襲撃を心配しているのか。だとしたら、それほど心配はいらない。ここは一族の中枢だから、ここまで誰にも気づかれずに侵入することはできない。コダマら二人だけでも、我々は察知してみせたのだから。武装をするのは、戦の前触れがある時だけでいい。」


 うん、とコダマは頷いた。なるほどなあと、ハヤテも思う。だがそれは、少しハヤテが考えていたこととは違っている。


 ハヤテが過ごしてきた町々では、守衛の役目は交代で町民の義務としておこなわれるか、専業の戦士団が担う。そして義務に就いている間は、軽装であっても武装するのが決まりだった。もしも暴力沙汰や窃盗が起きた場合、守衛は犯人を追いかけ、捕まえねばならなかった。そして町民にしても、犯人の捕縛に協力する義務がある。


 だが、明らかにこちらの氏族では、そのような仕組みは必要はないようだった。辺境氏族は、どうやら、たいへん平和なようだった。少なくとも犯罪は極めて稀なのだろう。そのように考えざるを得ない。なかなか住むによさそうなところだと、ハヤテは思った。


 しばらく道を下り、それから平らな道を歩いた後、館のある丘が近づいてきた。丘の麓は、人の背丈の二倍ほどの高さの柵で、ぐるりと囲われていた。壁のところどころには、櫓も設けられている。


「この丘を上ったところに、館の前庭がある。そこで、我々は一族全てに関わる事柄を話し合う。――ああ、そしてあそこで、館の少年たちが待っている。」


 壁の一部が切られて、門が設けられている。門は開け放たれており、その前に、十代半ばから後半くらいの少年たちが並んでいた。少年たちは短衣を身につけていたが、頭からつま先までぐっしょりと濡れており、布は肌に張り付いていた。


 いったいなんであんなふうにびしょ濡れなのだろうと、ハヤテはしばし思った。だが突然、シズクが笑い声を上げたので、その理由に検討がついた。


「連中、遊んでやがったな。いいなあ、おれも泳いできたいな。」


 シズクが言った。フチがあきれた様子で溜め息をつくと、コダマとハヤテに向けて言った。


「失礼を許してくれ。連中、髪を乾かしてもいない。」


「別に、気にしないさ。あんなきれいな湖があったら、泳ぎたくなって無理もない。おれだって暑いんだ。」


 そう言ったコダマに、ハヤテは後ろから声をかけた。


「じゃあ、後で泳ごうぜ。おれもう、汗でべとべとなんだ。」


「用事が終わって、時間があったらな。」


 コダマがそう言った頃には、もう少年たちとはすぐ近くにまできていた。みな顔を赤くして、下から上までずぶ濡れになり、息を切らしているのが見て取れるほどだった。きっと湖から走って帰ってきたのだろう。


「ようこそ。」


 一番年上を見える少年が、コダマらに一歩近づいて、声を上げた。


「お待ちしていました。お食事の準備も整っています。どうぞこちらへ。」


 そう言う少年に、シズクが笑って声をかけた。


「で、お前さんたちはその準備を張り切って手伝ったわけだな。そんなびしょ濡れになるまで、精を出したわけだ。」


 少年は顔を赤らめた。すかさず、ハヤテはシズクを肘で突く。


「そいつはどういうことなんだ。この土地じゃあ、食い物が湖の下で取れるのかい。」


「そうさ、知らなかったのか。水に潜ればパンだって酒だって取れるのさ。昨日の飯だってそうやって用意したんだぜ。なあ、そうだろ。」


 シズクは少年に問いかけた。大人気ない二人にからかわれ、少年はすでに赤い顔をさらに赤らめた。そこでコダマが口を挟もうかとしたが、しかしその前に、少年自身が勢い込んで大声で答えた。


「我々一同、湖には行きましたが、遊んでいたわけではありません! 汗で汚れていてはいけないので、体を念入りに洗っていただけです!」


 シズクとハヤテは、それを聞いて大声で笑った。少年も笑っているが、少し涙ぐんでも見えた。コダマは少年に笑いかけた。


「あのばか者どもを許してくれよ。すぐに悪乗りしてしまうんだ。といっても、一人は君らの同族なんだけどな。まあ、とにかく、館に連れて行ってくれ。」


 少年は、はい、と元気よく答えると、大股に歩いていった。一同はそれについて行ったが、コダマが数歩だけ歩みを遅らせた。そしてハヤテとシズクのそばに来ると、二人の肩を一発ずつ小突いてから、ぱたぱたと早足に少年の後を追った。


 二人は顔を見合わせると、何かがおかしくって大笑いした。

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