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第3話 メール

 すると、今度と言う今度はなんと、なんと、なんと!......その人だった。私は眼球が落ちんばかりに、2つの目を大きく見開く。そしてそんな目に写った文字と言えば......



 行こうと思ったんだけど、やっぱ止めとく。俺達、もう終わりにしよう......



 私は一瞬目を疑った。でも何度見直したところで、その文字が変わることは無かった。もしかして、私は悪い夢でも見てるの? いや、この千切れるような寒さも、今にも垂れ落ちそうな涙も現実だ。



 う、う、う、嘘......そ、そんな......


 それは正に、まだ僅かながらに灯されていたロウソクの火が、完全に消滅した瞬間だったと思う。気付けば頭はクラクラと揺れ始め、両の手はブルブルと震え出している。そしてそんな手の震えは、腕の付け根を通過し、更には声門へと波紋していった。


「す、すみません......キャ、キャ、キャンセルで......お、お願い......します」


 それだけ言うのがやっとだった。取り乱しながらも、よく意思を伝えられたと思う。自分で自分を誉めてやりたい。


「分かりました......本来であればキャンセル料が発生するところですが、座席と料理の方は結構です。ただ事前にご予約頂いておりましたバースデーケーキの方は潰しが効かないもので......そちらだけは、どうしても費用が掛かってしまいます。保管しておきますので、お早めに取りに来て下さい」


「わかりました......」


 きっと、私が悲劇のヒロインであることを悟ってくれたんだろう。『琢磨君、誕生日おめでとう!』なんてバースデーケーキを頼んでおいて、当日キャンセルともなれば、誰でも想像がつくと思う。この人は振られたんだってね......


 うっ、うっ......溢れ出て来る涙。そしてそんな涙は、コートの中で大事に温めていたプレゼントに垂れ落ちていく。きっと私と共に、『Paul Smith』君も泣いてくれてるんだろう。


 多分だけど、待ち合わせの時間に来てくれなかった時点で、私は何かを感じ取っていたのかも知れない。


 なぜ離れつつあるあなたの心に、もっと早く気付けなかったんだろう......もしこんなことになる前に私が変わっていれば、今日あなたの顔を見ることが出来たのだろうか?......


 残念ながら、今となってはいくらそんなことを考えたところで、答えが出る訳もなければ、未来が変わる訳も無かったのである。


 無駄だとは思ったけど、琢磨君に電話をかけてみた。やっぱ案の定、出てはくれない。ならばLINEを送ってみようとも思ったけど、何と文字を打っていいか分からなかった。


 ロウソクの火が消え落ちた私の心は暗黒の世界。小さな箱に閉じ込められてしまった私の心は、ここから出してと、もがき続けるしか無かった。


 あ~あ、私......また一人になっちゃった。なんかもう......嫌になっちゃう。



  ※ ※ ※ ※ ※ ※



 トゥルルル、トゥルルル......


 私は親友であり、職場の同僚であり、また飲み友達でもあった美也子に電話していた。殆ど無意識。指が勝手に動いていたんだと思う。精神が崩壊し掛けてる私を、指が見かねて気遣ってくれたんだろう。ところが......


『電話に出れないか、電源が入っていないため掛かりません。ピーと言う発信音の後に伝言をどうぞ』......残念ながら、全く掛からない。美也子も琢磨君と同じだ。


 それで結局、私は家で一人で晩酌することに決めた。と言うよりか他に選択肢が無かったと言う方が正しい。人を頼れなければ、もうアルコールに頼るしかない。今日の肴は、一緒に泣いてくれた『Paul Smith』君に決定だ。


 フラフラフラ......飲んでもいないのに、私は涙を拭って千鳥足を始める。雪が頭の上に積もってることも気にならなかったし、幸せそうなカップルが羨ましくも思えなければ、痩せた野良猫を哀れに思うことも無かった。きっとこの時の私は、夢遊病者か幽霊だったんだと思う。やがて、


「おや?」 


 突如、私の足が勝手に停止を見せる。どうやら幽体離脱していた私の魂が、元サヤの身体に戻って来たらしい。


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