5.閑話 ケモ耳の誘惑には勝てなかった
「そう言えばアルデールのケモミミと尻尾は毒のせいで切ってしまったのよね?」
「あぁ、確か10歳の時だったと思う。父上が亡くなって程なくしてから嫌がらせが始まったんだ」
とある日、二人でのんびりテラスでお茶を飲んでいたとき。
ふと冴が思い出したことを口にした。
「それがどうかしたの?」
「ううん。ちょっと思い出して⋅⋅⋅⋅⋅⋅痛かったよね?」
「いや、それがあまり痛覚が無かったというか⋅⋅⋅⋅⋅⋅前にサエが偽物の耳に触ったときに教えたと思うけど、感覚が乏しいというのは動かない偽物の耳を誤魔化すために言った訳ではなく元々本当のことなんだ」
アルデールはどちらかというと人間側の血が濃いのかも知れないと思っていた。
幼い頃自分でも頭の上にある耳を触ってみたが、擽っても強めに摘んでみてもあまり感覚がなかった。
それに動かすことも難しかった。尻尾も喜怒哀楽で動くことはなくいつもだらんと垂れ下がっていたし、意識的に動かそうとしても力が入らなかった。
聴覚に至っては人の耳の方が音を大きく拾えたくらいだ。
そのせいもあったのか、耳と尻尾が毒に侵されていることに気づくのが遅れてしまい壊死し始めていた。
何とか医者を手配できたがその時にはもう切除しか方法がなかったのだ。
「この世界には怪我などを治す薬とか魔法とか無いのかな?」
「無いことも無いけど、どちらもとても貴重だからね。限られた人しか恩恵に与ることはできないよ」
「なるほど。あることはあるということね。それなら大丈夫ね」
「サエ?」
にんまりと笑う新妻に一体何を思い付いたのやらと目尻を下げる。
どうせまた突拍子もないことを言い出すのだろう。
今度は何を言い出すのか、アルデールは毎日が楽しくて仕方がない。
結婚して一緒に住むようになって1ヶ月。
新婚ホヤホヤの二人は冴が持つ屋敷で暮らしていた。
アルデールが元々住んでいた屋敷は王位継承権を剥奪された第一王子が暮らしている。
近々、王であるピハドも第二王子に王位を譲る予定で、王妃と共に別荘に移るらしい。
冴が神を降臨させたとき、神は王たちに神罰を下すようなことはしなかった。
しかし、他国の王族が集まるなかで行われた強行を無かったことになどできない。
何もしなければ他国からの非難が集まるだろう。
そのため今回の大失態に対して国として出した決断が、第一王子の王位継承権剥奪と王の退位である。
神子と結婚したことによりアルデールの存在感は一気に増した。
アルデールを次の王へという声まで上がったが、それは固辞した。
ずっと表舞台に出ることなく、帝王学を学ぶどころかそもそも王族としての心得すら知らないような無知ぶりだ。
そんな者より、第一王子と共に勉学に励んでいた第二王子を王に据えるのがいいに決まっている。
爵位は今後のこともありもらう予定だが、正直冴との時間を優先したいアルデールにとって王位に就くなどありがた迷惑な話だ。
「アルデールはケモミミと尻尾が元通りになるって言ったらどうしたい?」
アルデールが思考に耽っていたところにまたも信じられない言葉が飛んできた。
怪我を治す薬や魔法は無いわけではない。
だが、全てがそれで治るわけではない。
特にアルデールのように、怪我をしてからかなり時間が経過しているものは治る見込みがないのだ。
怪我をして数日中であれば間に合うだろうが、年単位となると既に状態が固定されてしまっており治ることは奇跡に近い。
だが、それができるかも知れない奇跡の存在が目の前にいる。
神から遣わされた神子だ。
この話題を出したということは多分冴は治せるのだ。
神子の能力は結界を張ることだけではない。
神子により違うがそれぞれが信じられない力を持っている。
ただし、何事もなければその力を積極的に振るうことをしないのが神子である。
「やっぱりあった方が冴は嬉しい?」
「うーん。そうね、元々の願いはいつでももふもふを堪能したいためにもふもふ様と結婚するっていう不純な動機だったから。アルデールにケモミミが無いのは正直言うと残念だわ。でもそれは別としてアルデールはどうしたいかなって。ケモミミと尻尾は獣人である貴方の個性でもあるし」
「ふむ。個性か⋅⋅⋅⋅⋅⋅そういう考え方はしたことがなかったかな」
以前はコンプレックスであった獣人のハーフという自分。
「出来損ない」と兄達や第一王子、王宮の者たちから蔑まれていたのは獣の耳と人の耳、両方あったことでどちらでもない半端者という意味も含まれていた。
だが、それも個性というならそうだろうし、今のアルデールは冴が全てを受け止めてくれることを知っているから心が傷つくこともない。
それに、結婚式の時に来ていた獣人国の王子。話をして仲良くなったのだが気になることを言っていた。
「もし、元通りになる方法があるなら試してみたい。気になることもあるから」
「そう。それなら元に戻してあげる!」
「やっぱり治せるんだね、神子様」
お気に召す答えだったらしい。
早速とばかりに準備に入った愛しい人に笑いが止まらなかった。
獣人国の王子が言っていたことは本当だった。
ハーフの場合、幼少期に耳や尻尾の感覚が伝わり辛かったり、そのせいで動かせなかったりする子の存在が知られており、種族によって様々だが思春期から大人にかけて徐々に問題なくなるという。
冴の神子としての能力の一つ。
怪我も病気も治せる治癒の力。欠損だって問題ない。
冴としては保険のつもりで神にねだった能力だ。
だから使わなくてもいいなら死ぬまで使うつもりはなかった。
だが、この力でアルデールのケモミミを復活させられるかも知れないことに気づいた冴は、いともあっさり使うことを決意した。
しかし、自分の決意を珍しく後悔していた。
「昨日は凄かった⋅⋅⋅⋅⋅⋅」
何が、とは言わないが。とにかく夜が凄かった。
耳と尻尾が戻ると同時にアルデールの獣人としての感覚が強くなったのだろう。
抑えきれない衝動に息も荒く、瞳は紅く染まり本能のままに冴の体を貪った。
本当に喰われるかと思うくらい激しく、首元に突きつけられた犬歯は皮膚を突き刺すまではいかなくても甘噛みにはほど遠い痛みを冴に与えた。
されるがままに身を委ねて気がつけば陽が昇っていた。
一眠りして起きたのは昼過ぎ。
隣でぐっすりと眠っていたアルデールを起こさぬよう痛む腰を押さえ静かにベッドから抜け出して、朝食兼昼食を食べている今。
ケモミミ旦那様を毎日拝みたいという誘惑に勝てず力を使ってしまったことを激しく後悔している。
最後までお読みいただきありがとうございます。
まだ書き足りない部分やエピソードがあるのですがここで完結させていただきます。
そうしないと多分悩み過ぎて完結できなくなりそうなので。
また、誤字脱字、衍字のご報告ありがとうございます。
あまりの多さに反省しております。
拙い内容ではありますが少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。