表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3.神子の願いは拒否できない(3)

本日、一応王族であるアルデールと神子の結婚にしてはとても質素な結婚式を迎えていた。

冴が希望し極力派手さを抑えたのだ。

異例のスピード婚。準備の時間も足りなかった部分はある。

流石に出席した顔ぶれが豪華だったので、金を注ぎ込むところは注ぎ込み最低限の演出はなされたが。

神子の結婚となれば、他国の王族へ招待状を送らなくてはならない暗黙のルールがあるのだとか。

冴としては面倒この上なかったが、結婚式の数日前から他国で召喚された神子たちも数人かけつけてくれたことが何より嬉しかった。

歳は離れているが元いた世界の話で盛り上がった。

先輩神子たちは冴から聞く故郷の最近の話に興味津々だった。

きっと次の神子が召喚されたら自分もこんなふうになるのかも知れないと思うとなんだか可笑しかった。



「サエ、今日は一段と綺麗です」

「うふふ、それを言うならアルデール様は数段素敵です」


冴の元いた世界に倣い、真っ白なウェディングドレスに同じく真っ白なタキシードに身を包んだ二人は腕を組み幸せそうだ。

人前で堂々とその宝石のような両目を晒し蕩けるような笑顔を惜しげもなく見せるアルデールを初めて見た者は、老若男女問わず一様にため息をついた。

言葉にできない美しさにうっとりとしているのだ。

粗末な場所に半ば幽閉されるように生き、外との関わりを絶たされていたアルデールには王宮の者達が言うことだけが正しいことだと思ってきた。

だけど、周囲の反応を見てそれは間違いだったのだと知った。


誓いを終えて、披露宴の最中。代わる代わる二人の元には挨拶に来る者が後を絶たない。

それらに言葉を返しながらも二人は互いに誉めあっては照れ笑いを繰り返す。

甘甘も行き過ぎると周りの者は胸焼けするだろう。

「仲がよろしくてなによりです」と大抵の者は挨拶もそこそこに引き下がった。


少し離れた席でこの国の第一王子イグナートは祝いの場であるにも関わらず、アルデールに憎悪の眼差しを隠すことなく向けていた。

本来ならば自分が神子の婚約者筆頭であったのだ。

こちらもアルデールに負けず劣らず容姿端麗で次期国王となる身。

別に冴を恋愛対象として見ていない。

ただ結婚すれば自分に箔がつく、そんな程度の感情だが出来損ないに神子という最強ステータスを奪われた恨み、蟠りはちょっとやちょっとでは晴れない。


隣にいる王は平静を装っているがこちらも内心は穏やかではない。

苦肉の策とはいえ、ここまで冴とアルデールが互いを想いあうのは計算外だった。

今更ながらにこの選択が正しかったのか思いを巡らせていた。

それでも後戻りは考えない。


「イグナートよ、今は堪えよ。もうすぐお前の望み通りになるはずだ」

「父上、それはどういう意味ですか」


耳元で静かに告げられた言葉は穏やかではない。

自分が望むこととは神子を自分のものにすることなのだ。

それにはアルデールが邪魔となる。

そこまで考えてイグナートはこれから起こることを察し、厭な笑みを浮かべた。



祝いの宴は夕方まで続きそろそろお開きとなる時間がやってきた。

それは突然だった。

大きな物音と共に悲鳴が上がる。


「何事か!?」

「何やら侵入者のようです!」


アルデールが冴を庇うように身を乗り出すと側にいた冴付きの護衛たちが二人を護るように警戒する。

列席者が逃げ惑い混乱する中、賊と思わしき者達が迷いなくアルデールたちの元にやってきた。他は眼中に無いようだ。

建物の外には王宮付きの優秀な近衛隊たちがいたはずなのだが、易々と突破されるような者たちではないはずだ。


「なるほど、狙いは私ということですね」

「アルデール様?」

「このようにサエを危険に晒してまで。許さない!」


思惑に気づいたアルデールの犬歯が伸び、虫も殺せないような穏やかだった顔の面影は消え獰猛さを孕んだ鋭い瞳で敵を睨む。

僅かに体を震わせている冴に気付きオッドアイの瞳が怒りで紅く染まった。


「くっ!堪らんーー」


緊迫した状況だというのに冴は新たなアルデールの一面を知り、命の危険があることを忘れ悶絶する。

かわいいイケメンが突然ワイルドに。そのギャップに体が自然と震えたのだが、アルデールは冴が震えた本当の理由を知る由もない。


しかし、冴ははっと我に返る。

先ほどアルデールは「狙いは私ということですね」と言っていた。

そう、アルデールの命が狙われているのだ。


「それはダメよ!!」


気がつくと間近でキンキンと剣が打ち合う音が響いていた。

賊はかなりの手練れらしい。

人数差もあり冴の護衛たちは苦戦していた。

アルデールが加勢しようと今にも飛び出そうとしているが冴は必死にしがみつきそれを止めていた。

アルデールも無理に冴を引き離そうとすることはせず、歯がゆく思いながらも護衛達の後ろで戦況をみる。

逃げる道もなく壁際に追い込まれている状況だ。護衛がやられれば後がない。


そして、一瞬の隙だった。

護衛が力負けしよろけた瞬間。

賊の一人がアルデールに剣を振りかざす。


「ダメっ!!」

「!!神子っ」


賊が焦ったように声を上げた。

反射的に体が動いていた。アルデールと賊の間に冴が立ちはだかったのだ。

それが剣の軌道を逸らせさせたのだが。


ぽとり。


「え⋅⋅⋅⋅⋅⋅」


逸れた軌道と共に床に何かが落ちた。

それと同時に攻防が止み不気味な静粛が辺りを包んだ。


「あ⋅⋅⋅⋅⋅⋅あああぁぁっーーーー!!耳がっ!!ケモミミがあぁっ!!!」


それを破るように冴の絶叫が響いた。

そこにはアルデールの黒い耳が落ちていたからだ。


それは冴の怒髪天を衝いた。

その怒りの形相に賊はアワアワと震え出す。

飛びかからん勢いで賊の胸元を掴み乱暴に揺する冴の方がどう見ても悪者だ。


「お前たちっ!!私の上品で愛らしくも気品に満ちた高貴で至高のお耳を切り落とすなんて死んで詫びなさい!!」

「サエ⋅⋅⋅⋅⋅⋅の耳ではないのだがね。いや、私の全てはサエのものだが」

「はぅ⋅⋅⋅⋅⋅⋅アルデール様⋅⋅⋅⋅⋅⋅」


最早誉め言葉がおかしい。

それに突っ込みながらものろける余裕が出てきたアルデールと感極まる冴。

その間に冴のあまりの怒気に戦意を喪失した賊は護衛にあっさりと拘束された。


「私はこの通り無事ですから」

「いや、アルデール様のお耳が⋅⋅⋅⋅⋅⋅はっ!痛くありませんか!?すぐに治療を」

「いえ、大丈夫です」

「そんな訳ないでしょう!」

「それも含めて後でサエに話があります」


神妙な面持ちのアルデールに冴はそれ以上何も言えず頷いた。


一体どうなったのだと事の成り行きを離れた場所で見ていた列席者の一部が、集まってきた。

そこにどこへ隠れていたのか、なに食わぬ顔をして王達も姿を現した。


「二人とも無事で何よりだ」


言葉とは裏腹に王の顔は引きつった笑みを浮かべており、とても無事を喜んでいる風には見えない。


「本当にそうお思いですか?兄上」

「なに?」

「この襲撃は貴方が指示したのでしょう?」

「貴様、何を根拠に!?血迷ったか!!」


いつものアルデールならこんなに追及などせず、有耶無耶にしていただろう。

だが、今回王は一線を越えてしまったのだ。

これまでも毒を盛られたり不審な事故が身近で起こったりしても自分が我慢すればよかった。それで生きてこられたのだ。

しかし冴を危険に巻き込んだことにアルデールの堪忍袋の緒が切れた。

もしも冴に何かあったら、冴と出会ってしまった以上アルデールは一人で生きていけないし、生きるつもりもない。


まさか王がアルデールを殺そうとしていたとは思っていなかった冴は、アルデールにしがみつき王を睨み付ける。

彼は完全に冴から敵認定された。

絶対に許してはならない。冴のもふもふ様を葬ろうとしていたのだがら、相当の報いを受けてもらわなければ気が済まない。

一体どうしてくれようかと冴は思案していた。


アルデールと王は互いに主張しあい平行線を辿っていた。

来賓たちの前で繰り広げられるそれは、泥仕合の様相を呈してきていた。


「貴様の言うことに証拠がない以上ただの虚構に過ぎぬ。たとえ王族の一員とは言え王に逆らうとは反逆の意志があるとみる」

「⋅⋅⋅⋅⋅⋅」


証拠と言われアルデールは苦境に立たされ口をつぐむ。

厄介者扱いの自分には証拠を集められるだけの人材も力もなかった。

今アルデールが言っているのは状況から見た憶測にすぎないのだ。

そこに今が好機とみた第一王子のイグナートが口を挟んできた。


「父上、このような者に大切な神子を託すことなど到底できません」

「そうであるな。此度の二人の結婚は王の権限で白紙としよう」

「所詮出来損ないに神子の相手など務まりません」

「なっ!!ちょっと待ってください!」


絶句し呆然とするアルデールに代わって声を上げたのは冴だ。

青ざめ今にもくずおれそうなアルデールを抱え、反論した。


「この結婚は私が報酬として望んだこと。そして貴方はそれを守る義務がある。貴方に決定権はありません」

「神子よ。我はきちんと約束を守ったではないか。そこの獣人と結婚させたであろう?だが神子に相応しい相手では無かった。誠に残念であるが」


勝ち誇ったようにあざ笑う王と王子にギリリと唇を噛んだ。


「!!⋅⋅⋅⋅⋅⋅そう、そういうことね」


王たちは最初から冴とアルデールを引き裂くつもりでここまできていたのだ。

一瞬でも結婚したという事実で冴と、牽いては神との契約を成したことにするのだろう。

アルデールを殺されて、哀しみに暮れる神子を慰めるためにイグナートを宛がう。

大勢がいる前で強行に及んだのは内外に悲運の神子を王家が庇護するという印象操作も兼ねていたはず。

それが計画であったに違いない。

少し計画が変わったがアルデール側が確たる証拠を出せない以上、周りの者たちが王の卑劣な計画に気づいたとして何もしてやれない。


「サエ⋅⋅⋅⋅⋅⋅」


自分を呼ぶか細く震える声。痛ましいほどに憔悴しきったアルデールに冴の心臓がキリキリ痛んだ。

いつの間にか元の色に戻っていたオッドアイには涙が滲んでいる。

このままでは儚く散ってしまいそうなくらい弱々しい姿に、冴の母性本能なのか。この愛しい人を護らなくてはならないという使命感がわき上がる。


「大丈夫です、アルデール様。私に任せてください。できるならこんなくだらないことに使いたく無かったけど最終手段を使います」

「最終手段?⋅⋅⋅⋅⋅⋅しかし」


どう考えても今の状況を覆すことなどできないだろう。

誰もがそう思っていた。


「証拠が無くても証人ならいます!それも誰も異を唱えられない存在の方です」

「この国で我に異を唱えられる者などおらぬ。これ以上無駄話に付き合ってはいられぬ!」

「この国にはいませんが、この世界にはいますよね?」

「戯言を申すな」


戯れ言と一蹴して鼻を鳴らす王に冴は呆れていた。

この国は大丈夫なのだろうか。

こんな愚鈍な者が王ではいずれ国は滅んでしまうのではと心配になる。

まぁ、それは後でたっぷりと後悔してもらえばいい。


「驚いて腰抜かさないでね!それでは神様、御降臨くださいませ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ