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2.神子の願いは拒否できない(2)

「取り乱して申し訳ありませんでした」

「いえ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅」


一頻り騒ぎ漸く興奮が収まった冴はアルデールと向かい合う形で椅子に座っていた。

用意されたお茶を飲み、叫びすぎて乾いてしまった喉を潤す。

日本茶が身体中に沁みるようだ。

日本茶があるなんて思わなかったが、過去に他国に召喚された日本人がおり、元の世界の味が忘れられず作られた日本茶に似せたものだという。

似せたというが本物と変わらない味に日本人の執念を見た気がした。


これ以外にもハンバーガーもどきなどのジャンクフードも豊富でこちらはアメリカ人でも召喚されたのだろうか。

そんなことを考えていたがふと視線を感じ、前を見るとアルデールがじっとこちらを見つめていた。

冴が微笑むと顔を赤くして視線を逸らした。ヤバいかわいすぎる。


興奮して騒いでいた最中でも冴は執事に指示を飛ばし、呆然としていたアルデールの前髪を上げさせて整髪剤で後ろに流すように撫で付けた。

アルデールが我に返ったときには、既にその隠されていた見事なまでのオッドアイが光を浴びてキラキラと輝いた究極のイケメンが出来上がっていた。大満足の結果である。


「それにしても綺麗な瞳ですね。まさに宝石。世界に二つとない珠玉」


スカイブルーの右目とゴールドの左目。

その瞳に自分はどんな風に映るのだろうか。想像したたけでご飯3杯はいけそうだ。

うっかり声に出して語ると、恥ずかしいのかアルデールはさらに顔を赤くした。


「もう⋅⋅⋅⋅⋅⋅赦してくださ⋅⋅⋅ぃ」

「はうぅ!!」


プルプルと羞恥に震えるイケメンに冴の心臓は撃ち抜かれた。

震える手でなんとかテーブルにお茶が入ったカップを戻す。

アルデールの仕草も何もかもが冴のツボだった。

しばし身悶えた冴は大きく深呼吸し「よしっ」と小さく気合いを入れる。

これはお見合いなのだ。悶絶してばかりはいられない。

気を取り直して質問をする。


「えっと、国王様と兄弟なのに、アルデール様は獣人なのですね」

「厳密に言えばハーフです。母が獣人なのです」


アルデールの母親は側室なので、現国王とは腹違いの兄弟となる。

現国王の他に兄弟は3人いるがアルデールだけ母親が違う。

少し哀しそうな色合いを宿した目で今度はアルデールが冴に問いかけた。


「私のこと気持ち悪くありませんか?それと純粋な獣人ではない私では⋅⋅⋅その」

「まさか」


気持ち悪いなどあり得ない。

こちらから要求したのになぜそんなことを思うと?

不快だとか気持ち悪いなどと自分を蔑む言葉ばかり発するアルデールに、冴は気づいた。

彼は今までそうやってずっと差別されてきたのだろう。

あの綺麗な瞳を隠していたのもそれが理由に違いない。

よく見るとアルデールには人間と同じ耳も多少小ぶりだが付いていた。

ケモミミと合わせて4つあるということだ。


ハーフの場合どこをどう受け継ぐかはそれぞれで、人の手の形で指の腹に肉球があったりと個性豊かだった。

ただそれを良く思わない人種も一定数いる。


「私が願ったのはもふもふ様。つまりはもふもふできる愛くるしいお耳と尻尾があれば何も問題ありません。もちろんそれだけではなくアルデール様自身も優しそうで素敵です」

「っ!でも、私のこの目は⋅⋅⋅⋅⋅⋅それに」

「何度も言ってますけどその瞳はとても綺麗です!」

「そんなこと言われたのは初めてです」


冴がどれだけ綺麗だと言葉で伝えてもアルデールは信じられないのだろう。

それだけ長年気持ち悪いと言われ続けてきたのだ。


「気味が悪いから、不吉だから、不運に見舞われるから見せるなと言われていたので」

「不運に見舞われるなんて迷信ですよ。あまりに綺麗で見とれて、躓いて転んで勝手に怪我をしたとかがオチじゃないですか?それに気味が悪いと言う方は美的感覚がおかしいのでしょう。感じ方は人それぞれなので仕方がないところもありますけど。一々真に受ける必要はありません」


きっぱり言うと不安そうに冴の様子を窺っていたアルデールの表情に安堵が加わった。

冴が本心で言っていることが分かったのか、顔を綻ばせる。


「ありがとうございます、サエ様。その言葉だけで色々悩んでいたことが嘘のように今私の心は晴れやかです」


アルデールは冴とたった少し時間を共にし話をしただけなのに、何か吹っ切れたような気がした。

自分をそのまま認めてくれる人は、両親以外にいなかった。

その両親も既にいない。

目の前の女性が途端に眩しく見えた。


「まずは、婚約前提でお友達から始めていただけませんか?」

「はい、喜んで!」


冴的には直ぐにでも恋人になりたかったが⋅⋅⋅⋅⋅⋅いや結婚したかったが、一歩踏み出したアルデールに合わせてゆっくり行くのも悪くはない。

おずおずと伸ばされたアルデールの手を優しく握ると、少し照れながら二人で笑いあった。



二人の初対面から5日。

冴は役目を早々に終えてしまっているので毎日時間がたっぷりある。

アルデールの方も立場柄何もさせてもらえないような日々なので時間がたっぷりある。

そう言うわけで毎日二人は互いの屋敷を行き来していた。


「このお屋敷の壁、白かったんですね」

「サエがこちらに来るようになったので、最低限の体裁を保つためでしょう」


本日は冴がアルデールの屋敷に来ていた。

アルデール邸に来るのは2度目だが最初はとても驚いた。

一応王族が住まう敷地内に建てられていたものだが、その王族であるはずのアルデールが住むようなところとはとても思えなかったからだ。

冴が与えられた屋敷より二回りは小さく、外観は良く言って幽霊屋敷、悪く言えばあばら家。

あばら家は言い過ぎかもしれないが、それほどまでに朽ちかけていた。

庭も散々たるもので色とりどりの雑草が生い茂っていた。

執事と侍女。アルデールの身の回りの世話はその二人でするが最低限のことにしか手が回っていなかったようだ。


まさか神子がアルデールの屋敷を訪れるとは思っていなかったのか、その後話を聞き付けた宰相が慌てて城から有能な者達を派遣するよう指示したという。

昼夜問わず大勢が出入りし突貫工事が行われたおかげでたった数日で屋敷は見違えた。

その成果が冴の発した「このお屋敷の壁、白かったんですね」である。

魔法で汚れを落としていたそうだ。

ちょっと見てみたかった気がした冴だった。


「壊れて危険だったテラスも、寝室の雨漏りも、柱の傾きも全て直りました。サエのお陰です」

「不憫!!」


顔を覆い嘆く冴をアルデールは楽しそうに見ている。

綺麗な瞳が細められにっこりと笑っているが、言っていることは中々に酷い内容だ。

柱が傾いていたなんて下手したら倒壊ではないか。


「そのお礼と言ってはなんですが、私にできることなら何でも言ってください。サエの願いなら命をかけて叶えます」

「いえ、私はアルデール様と結婚できるだけで満足です」

「!!」


真顔で直球で伝えれば途端に顔を真っ赤にさせるイケメン。やはりかわいくて仕方がない。

相手の方が年上なのだが、そんなこと気にならないくらいかわいすぎて辛い。


「でも、そうですね。それなら1つお願いがあります。その愛らしいお耳を⋅⋅⋅⋅⋅⋅触らせてもらえませんか?」

「えっ」


冴はもふもふを堪能したいのだ。

ふわっふわの毛並みを。


「もちろん嫌なら無理しなくて大丈夫です。獣人の耳や尻尾は大切な人にしか触らせないって聞いてますし」

「いえ、それは別に、その⋅⋅⋅⋅⋅⋅既にサエは私の最愛を捧げられる大切な女性ですから」

「ふおおおおぉぉぉっ」


予想外の告白に変な声が出てしまう。

冴の一言一言に顔を赤らめたりするくせに、返してくる言葉はそれ以上の破壊力を持っている。


「では、お言葉に甘えて失礼⋅⋅⋅⋅⋅⋅します」


そっと手を伸ばし頭にある耳に触れようとするとアルデールが少し頭を下げてくれた。

黒くて綺麗な毛を優しく撫でる。

程よい柔らかさに滑らかな撫で心地。毛は思ったより短めだったがそれも良い。


「まさに至福!!」


もっと思い切りもふもふしたいが、最初から暴走しては心証を悪くしてしまうかも知れない。

名残惜しいがここは我慢と手を離そうと思ったときだった。


「アルデール様、もしかしてかなり緊張されてました?それともやはり無理していませんか?」

「そんなことありませんよ。どうして?」

「その、お耳に触れてもピクリとも動かないので」

「えっ!あぁ⋅⋅⋅⋅⋅⋅その、私はどちらかというと獣の耳と尻尾の感覚が乏しいというか。これもハーフ故にでしょう」

「そういうものなんですね」


例えばくすぐったかったり、他人の手の感触に戸惑ったりして反応があるのではと思ったのだが、そういうものでは無いらしい。

ピクピク動く姿を想像していたのだが。

まあ、冴にとってはそんなこと些末なことに過ぎない。

その後も二人は他愛のない話をしながら楽しく時間を過ごしていった。



「ダメだ。このままでは絶対に隠し通せない」


冴との楽しいひとときを終えたアルデールは自室で項垂れていた。

先日、兄である王から突然呼び出されたかと思えば有無を言わさず神子との見合いを言い渡された。それは実質婚約確定で拒否は許されない。

なんとしても神子の心を掴めと言われ、無理だと言っても無駄だった。


執事と侍女が仕事仲間から仕入れた噂によると、どうやら神子が結界を張り直した報酬に獣人との結婚を望んだらしいことが分かった。

なるほど。王達が焦るわけだ。

ハーフとは言えアルデールは獣人である。たとえ、みんなから蔑まれ出来損ないと呼ばれても今王達がこの国で頼れるのは自分しかいない。


この時少しだけ神子に興味が湧いた。

自分を目の前にしてどんな反応をするのか。

どうせ同じに決まっているのだと期待もせずに会ったのだが、結果は大きく裏切られた。


ドアが開かれ部屋に入ってきた女性を前髪越しに見ただけだというのにその瞬間、魂ごと持っていかれた感じがした。

同時にこれはまずいと思った。

今ここで彼女に拒絶されたら自分は死んでしまうかもしれない。

獣人の本能がそう言っていた。


湧き上がる感情を抑えようとしているうちに、間合いを詰められ前髪を上げられ醜い瞳を彼女の前に晒してしまった。

彼女の驚く声に絶望しかけたが、歓喜の声だと知るのは直ぐだった。

ただひたすら綺麗だと真っ直ぐに伝えてくる姿が。あまりの歓喜に雄叫びのごとく上げる声が何もかも愛くるしい。

自分の番になるのは彼女しかいないと直感した。


それは雛の刷り込みに近かったのかも知れない。

だが、きっかけはどうあれアルデールはサエを愛してしまった。


「彼女とずっと一緒にいたい」

「それはようございました。神子様とでしたら良い家庭を築かれるでしょう」


アルデールが幼い頃から仕えてくれている執事のカールトンがにこにことお茶を入れる。

神子との婚約話のお陰で衣食住が改善され扱える食材が増え、美味しいお茶を主人に飲ませることができて終始ご機嫌だ。


「だが、私は今サエを騙していることになる。それも既にサエは感付いているような気がするんだ」

「そこはお早めにお伝えしてみては如何かと。そのようなことでお怒りになるような方には見えませんでしたし」

「しかし、それではサエが希望していたものとは違ってしまう」


真実を告げてサエが自分の元を去ってしまったら⋅⋅⋅⋅⋅そう考えるだけで胸が張り裂けそうだ。

とは言え、このまま結婚して一緒に暮らすと決めたなら絶対にばれることは確かだ。


いくら悩んでも答えは出ないまま時間だけは過ぎていき、アルデールはサエと会う日々を罪悪感に苛まれながらも楽しんでしまっていた。

その間に正式に二人は婚約し、そして出会って2ヶ月あまりで結婚と相成った。


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