戦いの初鐘は鳴り響く 2
よろしくお願いいたします。
三人は魔獣の森を抜け、王魔の森の外縁部へとたどり着いた。
二人の想像を遥かに超えるペースでの速度には訳があった。
「し、師匠…その自然系魔法というものは…大変に凄いものなのですね…」
木製で作られていた簡易の輿に揺られていたハイムは周囲を伺いながら恐る恐る声を発した。
三人が揺られているのは神鋼が自然系魔法で作った木製の輿で、三人が普通に座れる程の大きさがあった。
それを神輿のように担ぐ木製の人形が有り得ない速度でこの複雑な木々が入り組んだこの魔獣の森を踏破したのだ。
「木人君です」
「あ、はい。もくじんくん、でしたね…」
ワールドゲートで自然系魔法を使うプレイヤーはそこそこ居たが、派手な火系魔法と言った四大属性系の魔法からすればマイナー系魔法に属していた。
マイナーな理由は色々とあるが、やはり一番の理由は使い勝手の悪さ、だろう。
戦闘において特に使い勝手の悪いこの自然系魔法、特に木樹系統はマイナー中のマイナー魔法と言われており、趣味専用と揶揄される始末であった。
ダンジョン内では著しく制限を受けたり、またゲーム内サービスと効果が被ったりすることが多い反面、こういった自然系フィールドにおいては無類の強さを発揮するという限定された魔法はやはり万人に受けにくい側面が多い。
神鋼がこの魔法を選んだ理由はただ一つで、その他4大属性系魔法を使いこなすことが出来なかっただけであった。行き着く先がこの自然系魔法で、その中でもどマイナーな木樹系統を選んだのは使い手が少ないという部分に少なくないシンパシーを感じたからかもしれない。
だがこういった現実世界で改めて使用してみた感想は悪くない、そう神鋼は思っていた。当初は4大属性魔法をもう少し使い込んでおけば、的なことを考えてたりしたのだが、こういった日常生活においても汎用限界が非常に高い魔法だな、そう評価していた。
「木人君は一体一体はとても非力ですが、こういうフィールドでは無類の冗長性といいますか、特化した力を発揮する優れた魔法なのですよ」
二人は顔を見合わせて『これが非力…か?』という表情を見せていた。
神鋼の比較対象はあくまでもワールドゲートゲーム内のトッププレイヤーであり、一般的に下への比較は行わない。3人を乗せてこの速度で駆け抜ける身体能力を持った木人を非力、と断定する神鋼との価値観のギャップに呆れるばかりであった。
「さて…この先に用があるのですが…なんでしょうこの…行ったら最後、的な雰囲気は」
ショウマとハイムもこの王魔の森が発する独特の雰囲気に言葉を失っていた。
「しかし…妙ですね。魔嵐が収まっています。魔獣の森はそこそこ酷かったものですが、ここではまるで台風の目のように周囲が穏やかです」
そう言われ二人は周囲を見回し、「確かに」と頷いた。
「とりあえず進みますか…魔物が全く居ないのは想定外、でしたがここから先はそうも行かないでしょう。二人とも気を引き締めて下さい」
「はいっ!」
「承知っ!」
二人の手に力が籠る。
ショウマはようやく槍働きが出来る、と改めて気合いを入れ直した。
そして王魔の森へ侵入すること1時間が経過した。
一向に魔物が出てこないこの状況に肩透かしを食らってしまい、逆に言いようのない不安が三人にのしかかっていた。
「妙すぎますね。気が付きましたか? 王魔の森で魔素の欠片も感じ取れません。この世界でここまで魔素を感じない場所があったとは驚きです」
「師匠、私も確かにおかしいと感じてました。こんな場所なんて第一域でも第二域でも聞いたことがありません」
「確かに身体が妙に重苦しさを感じますね。これが魔素が無い場所なのですか」
この世界では魔素が満たされた世界なため、それが日常としてあった。
それがほぼ無いこの場所で三人は普段感じない身体の気怠さを感じていた。
「何か…とても嫌な予感がします…師匠」
「奇遇ですね。僕も同じ予感、というかこういう現象が起こるケースを考えてしまいました」
「こういう現象が起こるケース、ですか主?」
「えぇ。空気と同じように世界に在る魔素が無い、それも魔嵐吹き荒れる豊富な土地でそう言うことがある場合といえば…単純です。何か大きな力で吹き飛ばされて一時的に魔素が無い状態に陥ったか、その逆で一時的にこの周囲の魔素を吸収されるような何かが起こったか、です」
「……両ケースどちらでも最悪ですね…」
苦い顔をするハイム。
「ということは…戦いの匂いがする、ということですね!」
何故か嬉しそうな顔をするショウマ。
この両極端な二人と涼しい顔をしている幼児の三人がこうして喋っていたところ、急に前方から大きな魔力の波動を感じ取り、真顔に変化していった。
「感じましたか?」
「えぇ」
「特大、ですな」
感知能力が無くても分かりやすい程の魔力の波動を感じ取り、即座に異変が近い場所で行われていることを察する三人。
強力な魔力障壁を易々と打ち破る魔力の波動に神鋼は苦笑気味であった。
「全員戦闘準備を。まずは打ち合わせ通りにショウマが前方で。僕が中衛、ハイムが後衛です」
頷く二人。
そして王魔の森の更に先、更に高い樹木に囲まれた領域まで到着した。
「これは…ヤバイですね」
ショウマとハイムは言葉すら発することが出来ていなかった。
目の前には言葉にならない魔力で満たされていた。常人ならショック死している程である。だが神鋼の強力な魔力障壁で辛うじて意識を保っているものの、出来れば早くここを離れたい、そう思うも神鋼は木人君達に前へ進めと指示を与えた。
一体何がここで行われているのか。
神鋼が言う、用事とは一体何なのか。
三人はぽっかりと開いた大木の空洞に誘い込まれるように進んだ先、抜けた先に絶句してしまうことになる。
「あ、あれは…」
神鋼は抜けた先、一番最初に飛び込んできた大きな物体、いや魔物の姿に絶句してしまう。
「はじまりの大地で浮沈艦と揶揄されていた大陸最強のボスモンスター【|陸皇亀≪・・・≫ イザナギ】じゃないですか…何故こんな場所に…」
神鋼に苦い記憶が即座に呼び起こされていく。
ワールドゲート内で様々な事件が日常茶飯事で起こっていたが、これは間違い無く上位ベスト10に入る程プレイヤーに等しく最悪が訪れた【 怒れる亀、大陸を破壊する 】事件を思い出していた。
それが行われたのはまだゲーム黎明期を脱していない時だった。
それまでボスモンスターやユニークモンスターはそれなりに発見しており、そこそこ討伐実績も上がっていた時、ワールドゲート内で一報が入ったことに端を発する。
【 はじまりの洞窟には先がある 】
はじまりの洞窟とはダンジョンであり、初心者プレイヤーが最初に訪れるようゲーム内で設計されていた言わばチュートリアルダンジョンとしてゲーム内では存在していた。
誰にでも踏破出来る初心者向け仕様であり、一度踏破してしまうと二度とは訪れることはなかった場所にたまたま上級プレイヤーがフレンドに教えるため付き添った時発見されたのだが、当初は「ふーん」と冷めた感じで捉えられていた。
それもそうだろう。場所が初心者向けダンジョンであるため例え先があったとしても大したことは無いだろう、そう思われていたのだ。
だが、探索に乗り出した上級プレイヤーがとんでもないモノを見つけてしまう。
それは大きな亀、であった。
最深部に祭壇らしき場所があり、そこに超巨大モンスター【 陸王亀 】が眠っていたのだ。
モンスター等級は【王級】で、これまでに発見されたことのなかったグレードであったため、一躍お祭り騒ぎとなってしまう。
これまでに確認されていた等級が【将軍級】であったため、ワールドゲート内で屈指の戦闘系血盟(バトル系クラン)が戦いを挑んだ…のだがそれは奇妙な結果と終わってしまう。
いくらダメージを与えてもゲージは減らず、眠ったまま起きないのだ。
恐らく眠った状態では無敵状態となって戦いに発展しない、と思われておりどうやって眠りから起こすのか散々議論そして実行に移されていた。
だがこの時のプレイヤーはその前提がそもそも間違っているのだと気付いていなかった。
そう、陸皇亀イザナギは眠ってなどいなかったのだ。
皆が勘違いしており、特殊スキル発動中だったのだ。
そしてそれから数か月が経過した。
一向に眠りから起こすことが出来ていない、そう勘違いしていたプレイヤーだけで無く全てのプレイヤーが泣きを見る羽目になった事件が勃発してしまう。
王級限定スキル【 国産み 】
そう、このスキルが発動した時、ログインしていた全てのプレイヤーにシステムメッセージのように表示されたことをまるで昨日のことのように神鋼は覚えていた。
最初は何かバフか何かがかかったのか、程度にしか思っていなかったのだが突如として世界中に轟音がまき散らされてしまう。
慌てて自分のホームから飛び出してみると遠い場所、はじまりの洞窟方角から上空へ立ち昇る黄金色の光の奔流が立ち昇っていた。
その光景に恐らく全プレイヤーが誤解していたことに違いない。
『何か面白いイベントが始まったんだ!』と。
神鋼ですらそう思っていた。
だが、それは突如として悲鳴に変わっていった。
はじまりの洞窟から突如としてせせり出て来る大きな、それは大きな亀。
東京ドーム何個分、というレベルの大きな亀は雄叫びを上げ、そして世界に対して蹂躙を開始する。
挨拶代わりの陸皇亀の大きな口から発せられたフレアは皆が頑張って築き上げた街を一瞬にして焦土と化した。
消し飛ばされたプレイヤーは「いきなり真っ暗になって気が付いたら死亡していた」という程に突如としてオーバーキル攻撃を叩き出した陸皇亀イザナギは止まらなかった。
当然プレイヤー達も黙って見ている訳も無く討伐に乗り出したのだが…歯がまるで立たなかった。
HPゲージが一ミリも減らないのだ。いくら攻撃しても黄金色のオーラに攻撃を遮られて全く歯が立たないのだ。
それからゲーム内時間で1週間、ずっと動いていた陸皇亀は破壊しつくして満足したかのようにはじまりの洞窟の奥にある巣へと戻って行った。
そして全プレイヤーは…ただただ茫然と立ち尽くすだけだった。
後で判明したことだが、陸皇亀イザナギは大陸に八種いる王級の魔物であることがわかり、その特性も徐々にであるが分かってきていた。
イザナギの特徴として、平時は寝ている訳ではなくプレイヤーの攻撃を溜めているだけであり、サンドバッグ状態は充電期間であった。当時のプレイヤーはそんなことは知る訳もなく遠慮無くダメージを与え続けていたのだ。
そしてある一定のラインまでダメージが溜まると王級限定スキルを発動するわけだが、この【 国産み 】の効果はこれまで与えられたダメージを世界に還元、という糞仕様スキルであった。
そこから王級モンスターは手を出さない。
それが全プレイヤーが守る唯一の約束であった。
もちろん面白半分に手を出すプレイヤーもいたが、覚醒にまで至ったケースは極僅かであり、黎明期を脱した後ではお祭りレベルとして楽しめるまでにプレイヤー側が成長していたこともあり、公式がたまにイベントで絡ませてきた程度であった。
だが陸皇亀イザナギだけはそれ以降誰も手を出すことは無かった。
何せメリットが無い。
世界浄化装置とか世界を壊したい人向けモンスターだの言われている始末である。
それが神鋼の目の前に居るのだ。
それも覚醒している状態で。
神鋼は無自覚で呟いた。
「あ、これ世界がオワタ…」
【※ここまで読んで頂いた皆様へ大事なお願いがあります※】
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