第126拠点防衛戦 4
よろしくお願いいたします。
神鋼は生唾を思わず飲み込んだ。
そう、今から行うことはワールドゲート内で黎明期を脱し、俺が魂魄理論を世界で初めて実装した時に誕生した戯れ。それを今、馬鹿げたことに現世で行おうとしていた。
ワールドゲート内で大議論を巻き起こした【魂魄理論】という、キャラクターのステイタスその物に干渉せしめる禁断の理論に当初運営は待ったをかけた。
少なくない議論を運営内で行った後、直接俺に魂魄理論の実装を許可する連絡があった。勿論ある程度修正を迫られた上で、だが。ステイタスその物を干渉出来るということはプレイヤーの手によってゲームバランスを変えてしまう可能性があるから止む無しの行為だろう。
この魂魄理論自体は当時目標としていた神鋼装備を作るための必須理論として作成したものだった。
だが、結果としてだがその後、魂魄理論を理解したとある癖の とても強いプレイヤーが編み出した魔法がワールドゲート内で賛否両論を巻き起こしてしまう。
それは【転生の術式】と呼ばれ、後に【神様の天秤】と改名されたが簡単に言うと自身のキャラクターを代償に基礎ステイタスを大幅に上げることが可能な魔法だった。
何も装備やエンチャントしていない素の基礎ステイタスが場合によっては百倍にまで向上する可能性があったこのある意味宝くじのような魔法は、新規キャラクターを作る際に行う運試しとして大いにゲーム内で流行ったのだ。
勿論簡単にそのようなステイタスが大幅上昇する、という訳はない。
確率としては約一万分の一と言われ、本当に万に一つの運試しチャレンジだったのだ。
当時は自分のキャラクターではなく新キャラで試すことが通常なのだが、途中で高価なアイテムを持たせて転生術式をやると効果倍増、等と言う誰も検証を行ったことが無いデマが流行ったりした訳だがこれはゲート内だからこそ出来ることであって、もし現実にそんなことを行うことが出来るのだとしても行う者はいないだろう。
何せ確率が低すぎるのだ。リスクだけが高すぎたこの術式もあくまで遊びの延長であった訳で、普通であれば試す者は皆無、だろう。
そんな馬鹿げた術式を俺は今、目の前に確かに存在する人に対して行おうとしている。
転生術式は魂魄理論を理解している者であればそこまで難しい術式では無い。
事実、俺は魂魄理論をこの世で理論体系化する過程において既に構築済みであった。構築した当時は使うと言うよりも魂魄理論を補助する目的で作成したものだ。
まさか…この世で本当にこんな博打以下の術式を人に試す機会が訪れるだなんて。
提案した側がここまで重圧を感じるとは…数分前まで思いもよらなかった。
命の重さが……ここまで重いなんて。
緊張で汗が滲み始める。
少しだが震えが出始めて来た。
目の前の彼の強い意志に惹かれてつい、口走ってしまった。
何故、俺はあんなことを提案したのだろうか。
疑問が何度も頭の中を過っては消えて行く。
そんな胸中の中、再度俺は…この黒髪の青年を見た。
その目はとても強い光を放っていた。
本気だ。この人は…生きることに本気なんだ。
そう感じた瞬間、震えが止まった。
俺も…ワールドゲート内でそれこそ人生を賭けていた。
誰にも負けないくらいに、本気だった。
その俺が…このゲームと現実が入り混じったこの世界で…本気でない…わけがない。
こいつにも負けないくらいに、いやそれ以上に俺はこの世界に賭けている。
そう心の底から出た想いが…先程まで悩んでいたことが嘘のように収まり…勝手に術式の構築を始めていた。
手に持っていた魂魄石が純白から虹色に変化していく。
そしてそれは次第に形を変え、まるで水のように空中を漂っていた。
黒髪の青年は言葉を失っていた。
目の前に漂うその虹色の何かは生命に満ち溢れおり、そこから発せられる光はとても強く、力を感じさせていた。
「転生術式…【神様の天秤】…発動」
術式を発動させてしまった。
ここから止めることは出来ない。
後戻りはもう…出来ないのだ。
神よ…
俺はこの行く末を…居るか居ないのか分からない神に祈りを捧げた。
急に強い光が一帯に発せられた。
光の中から急に扉が現れ、そして開く。
そして扉の中から人よりも大きな光の天秤が突如として具現化されていた。
その様子に神鋼も目を見開いて驚いていた。
何せゲーム内ではこんなエフェクトは無かったのだから。
そして黒髪の青年が急に浮き上がって天秤の右の量りへと強制的に着座させられた。
一方、虹色になった魂魄石は逆側の量りへと移動していた。
その光景に神鋼は驚きを禁じ得なかった。
「そういうことか…ゲーム内では魂魄石はただの媒介アイテムとして消費していたが…そういう意味だったのか…」
量りへと乗せられた魂魄石と黒髪の青年だが、すぐに魂魄石側へと量りが傾き始めた。
「…魂魄石の方が圧倒的に…価値が高いんだ。命の純度が違いすぎる…」
万に一の確率。その真なる意味をまざまざと見せつけられた神鋼はこのままだと失敗してしまう、そう悟ってしまう。
恐らくはこの転生術式は量りに乗せた物がつり合いが取れる、もしくは元側に傾きが無いと成功しないのだ。
「もっと魂魄石の純度を確認しておけば…くそっ!」
歯嚙みをし、表情に苦悶の色を浮かべる神鋼。
このままでは事象が確定してしまう、何とかせねば…そう思った時であった。
突如として黒髪の青年が新たな輝きを見せた。
「なん…だ??」
その色に照らされた神鋼の脳裏に黒髪の青年の想いが飛び込んで来る。
「これは…彼の熱き想い…しかし何故?」
魔導錬金モードを立ち上げた神鋼は黒髪の青年のステイタスを解析する。
するととある項目が点滅を繰り返していることにすぐ気付く。
「これは…ギフトの【 金剛不壊 】が点滅している?!」
反射的にステイタスに表示されていた金剛不壊に触れると新たなウィンドウが出現した。
「何…? < 熱き情熱、迸る覚悟、深き想い、貴き願い、高潔なる精神は久しくそこに在る。神の恩恵たる金剛は決して壊せず。そして輝きは永遠に有れ > …?!!」
そしてすぐに黒髪の青年へと視線を向けると徐々に傾きが青年側へと移動し始めていた。
「まさか…まさかまさかっ!!」
徐々に黒髪の青年側へと傾き出した黄金の天秤はつり合いが取れ、そしてさらに傾きが増していった。
完全に傾きが黒髪の青年側へと傾くと突如として激しい光の奔流が周囲へと流れていく。
そして俺は…僅か一瞬ではあったが黄金の天秤の後ろに人の姿をした何かを見た。
優しそうな女性の姿が…そしてそれは確実に見たことのある姿だった。
「……運命の女神…ヴェルザンディ…」
黄金の扉は閉じられた。すると黄金の天秤も徐々に薄くなり始め、そして虚空へと消えていった。
残されたのは黒髪の青年。地面に横たわっていた。
目を徐々に開けた黒髪の青年は目端をゆっくりと右、左と動かしている。
「俺は…どうなったのだ…」
弱弱しい言葉を吐く青年に俺はこう呟く。
「おめでとうございます。……成功です」
その言葉に黒髪の青年は僅かに微笑んだ。
そして左腕を上げようとした時であった。
指先が崩れ始め、そしてそれはあっという間に全身へと周り、光の屑となって消え失せるのであった。
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