第126拠点防衛戦 3
黒髪の青年は <出会い1>※第7部目 に出てきた青年です。
あまり詳しくはこのタイミングで記述していないのですが忘れた方はご覧ください。
それから何時間給水塔の上からこの戦いの様を見ていたのだろう。
魅入るようにその様を見ていた神鋼だったが、治療テント内から何やら言い争いのような声を拾った。
「い、いいから…俺を…戦場へ出させろっ!」
「な、何言ってるんですかっ!! そ、そんな大怪我をしていて…立つことさえままならないじゃないですかっ!!」
先程運びこまれたあの黒髪の青年が何やら救護の薬師と言い争いをしているようだ。
救護の薬師を左手で押し出そうとするも力が入らないのか満足に追い払うことすら出来ないでいた。
失った右手を恨めしい視線で見やったが、再度左手で黒髪をかき上げて地面へと拳を打ち据えた。
「あ、貴方は利き腕が欠損したんですよっ?! 満足に立ち上がることすら出来ない貴方が戦場に出ても邪魔なだけですっ!」
そう言うと薬師は複数人で押さえつけ、何やら薬を嗅がせる。
すると黒髪の青年は力が抜けたように地面に、布を置いただけの寝床へとうなだれた。
強制的に寝かせつけた後、薬師は別の負傷者の元へと去って行く。
少しだけ時間が経った呻き声が響く治療テントの中で黒髪の青年は唐突に目を開ける。
「くっ…利き腕が…無いからって…だからなんだ…戦わない理由にはならないだろう」
そう言うとゆっくりと立ち上がり、薬師が治療を行っている所とは逆の方へ覚束ない足取りでその場を後にした。
少し離れた通りの先の路地で黒髪の青年は荒い息を立てながらしゃがみ込む。
自身が相当の重傷を負っている自覚が無いのだろう。
「この町を…この拠点を守るのは…」
「あなた死にたがり屋さんなのですねぇ」
幼子の声が聞こえてハッと後ろを振り返ると、そこには自分の半分にも満たない幼子が立っていた。
「…っ?! こ、子供は早く防護所へと行くんだ…ここは危険だ」
恐らく近くの避難場所から抜け出してきたのだろう、そう思った黒髪の青年はすぐに親の元へと戻るようにと優しく諭した。だが目の前に居る幼子は首を横に振った。
「危ないのはあなたでしょう。そのままじゃ…死にますよ?」
死にますよ、その言葉に黒髪の青年は言葉を思わず飲み込んだ。
「……だから………だから、なんだ?」
目の色が強い光を帯びている。
確固たる意志の力を感じ取った神鋼は再度問い尋ねた。
「…なぜ、死地へと向かうのですか?」
何てことを聞く幼子なのだろうか。
黒髪の青年は無視して進むことも考えたが、何故だか分からないがこの幼子からは有り得ない程の重圧を感じるのだ。少しだけ考えた後、あえて目を見据えて言葉を発した。
「それこそ…愚問だろう。生まれ育ったこの町を守るために理由なんてないだろう」
何の迷いもなく、躊躇いもなく、黒髪の青年は答えた。
ぶるり。
神鋼は咄嗟に胸を手で抑えた。
鼓動が躍動したような気がした。
「愚問、ですか」
再度黒髪の青年の目を見るとそこには先程よりも強い目の色を宿していた。
本物の人間が放つ覚悟の意思。
初めて、生まれて初めて経験する本物の覚悟を目の当たりにした神鋼は何故か、何故だか身体が小刻みに震えていた。
「何故戦いを求めるのか、聞いても良いですか?」
神鋼は…いや、俺の質問に黒髪の青年は一瞬呆けた表情を見せるも、すぐに苦笑交じりの表情に変わった。
「この町で俺は生まれ育ったんだ。家は普通に商人をやっている。こんな僻地でも人が集まれば集落になる。更に集まれば町になる。そんな人が集まる場所には色々と物が入用だろう? だから両親はわざわざこんな僻地の拠点に店を構えたんだ。もっと安全な拠点があるのにね」
黒髪の青年は周囲を見渡した。
「俺には…商人の倅だが、俺には目標がある。それは剣の道で頂点を極めることだ。あぁ分かってるよ。商人の倅が大層な夢を見るもんだ、ってね。何人もの人間から言われたさ。それこそ親にもな。最初に言われたさ。馬鹿な夢見てないで家業を手伝えってね」
「馬鹿な夢、ですか」
「あぁ俺も思うよ。大馬鹿な夢だ、ってね」
神鋼は黒髪の青年の右腕があった場所へと視線移す。
「ですが…その夢も断たれてしまいましたね」
伏せた目でそう神鋼は告げると黒髪の青年は驚いた表情を見せる。
「何故だ? 何故片腕になっただけでそう決めつけるんだ? ……確かに利き腕を失い片腕になった。だがそれがどうした? 剣が振れなくなったわけじゃない。勝手に決めるな。俺の人生は俺が決める。そうだろう?」
そう言うと黒髪の青年は大きな笑みを見せた。
それはとても、とても大きな、光り輝く笑みだったと思う。
「これは試練なんだよ。剣豪、いや大剣豪に至るまでの大きな壁なんだよ。神様は用意してくれたんだよ。俺に世界一の剣士になる道を。だったら勿体ないじゃないじゃないか。こんな素晴らしい道を用意してくれたんだ。その壁を乗り越えて、俺はその先へ進む」
黒髪の青年はそう言うと右手を意識的に見た後、左手を握りしめた。
「だってそうだろう? …これを乗り越えようとしないのなら、それは死んだも同然だ。俺は屍じゃない。生きているんだ」
この答えに神鋼は大きな衝撃を受けた。
いま、正しくこの黒髪の青年は死地にある。それなのに…まだ大人になってもいない青年が…こんなにも輝いているのだ。
人の生の何たるか、それを神鋼は初めて考えるきっかけにもなったことをまだこの時知る由もない。
「今を…生きる…ですか」
しばらく二人の間には沈黙が支配していた。
そして神鋼は切り出した。
「仮定の話、をしても…良いですか? とても馬鹿げた、子供が言う戯言です」
神鋼の言葉に黒髪の青年は頷いた。
「もし、もしもです。もしもあなたのその失った身体を元に戻せ、尚且つ大剣豪への道に助けとなる力が手に入る機会があるとします。ですが…その機会はとても大きなリスクを伴います」
そう言うと神鋼は両手を大きく開いた。
「その機会を試す代価はあなたのこれまでの生、今まで生きてきた人生そのものです。それを代償として捧げて得られる報酬はあなたの未来そのもの。ですがこれは等価交換ではない。望む未来に対しての代価が少なすぎるのです。ですからこの機会を得たとしても……得られる未来は万に一、です」
そして両手を差し出した。
「どうしますか? この問いにあなたは…どう答えますか?」
すると黒髪の青年は大きな笑みを、これまでにない大きな笑みを見せた。
「差し出すに決まっているだろう? 何を躊躇するんだ? 未来の大剣豪への道。それを選ばない理由にならない」
一陣の風が吹いた。
そこには熱を帯びた、光り輝く風が神鋼と黒髪の青年に吹いたような気がした。
そして神鋼の手にはある石が握られていた。
「これは…魂魄石です。今から行う…秘法を行えば…望む未来が勝ち取れるかもしれない。最後にもう一度聞きます。行きつく先は冥府の門かもしれません。それでも…望みますか?」
「目の前に乗り越えるべき壁があり、それを乗り越える機会なんだ。例え幼児からそのような絵空事を投げかけられようとも、俺は笑って挑戦するさ」
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