第126拠点防衛戦 2
よろしくお願いいたします。
「………なにか…騒がしいですね」
遠くから聞こえて来る人のざわめき。腹の底に響く重低音。時折火薬の様な匂いが薄く漂う。
何か起きている、そう確信した神鋼は薄目ながらに周囲を伺った。
薄暗い部屋と思われる場所には人々の声が多数聞こえる。
家では無いな、そう思い動こうとするも、中々動くことが出来ない。
「ヨウ? 起きたの??」
「母上…ですか? 一体ここは…」
「大丈夫よっ! お母さん、これでもヨウが生まれるまでは魔狩人として腕を鳴らしてたんだからっ!」
「母上? 答えになっていないのですが…」
定期的に遠くから爆発音ともとれる音が鳴り響くと周囲から悲鳴に似た声が上がる。
それを聞いて神鋼は魔導錬金モードを立ち上げてターゲットレーダーを走らせた。
「最大距離で計測…??…これは…戦っている、のですか?」
そこで初めてこの状況に触れる神鋼にネリサが簡易的な説明を行う。
「そうですか。魔物に攻められているのですか…」
「ヨウ? お母さんがいるから大丈夫よっ!」
ネリサは気丈に明るく振舞うも、表情には無理に笑顔を作ったせいか強張りが見て取れる。
そして改めて周囲を見渡すと同じように身を寄せ合っている家族が複数いた。どうやらこの拠点に作られている防護所のようだった。
ネリサが言うにはこの状況がすでに半日は続いているそうだ。
朝方寝た記憶があるのでもう夜になっているのだろう。
みんなはどうしてるのだろうか。不意に思った神鋼は立ち上がった。
「ヨウ? どうしたの?」
「……母上、漏れそうです」
「トイレは外にあるわ。一緒に行きましょう」
そう言うと防護所の分厚い扉を開けてトイレへと連れて行かれる神鋼は
(見に行くのはもっと夜更け、ですか)
と諦めモードで一緒に行くのであった。
防護所の中は寝息やいびきが至る所から発せられている。
既に深夜を迎えてもまだ鳴り止まない爆発音や、遠くから聞こえて来る戦いの喧騒に眉根を顰めながら寝つきの悪い様相を見せている人々が多数いるが、そんな状況の中、神鋼はネリサが深い眠りに落ちたことを確認すると密やかにその場を離脱した。
「風が…妙に生暖かいですね」
まだ本格的な春の訪れは来ていない。
この辺りは冬が長く今の時期はまだまだ寒い日々が続いていたはずだった。
にも関わらずこの生暖かい風に何やら違和感を感じ取る。
そして直後、神鋼は嗅ぎなれない匂いを嗅ぎ取った。
「錆臭い鉄の匂い…」
数瞬の後に顔が曇って行く。
しかめ面をしながら北側の門へと隠れながら進むと次第に怒鳴り合う声が聞こえて来る。
「矢が尽きたぞっ! 早く補充を急ぐんだっ!!」
「大丈夫かっ!! しっかりと意識を保つんだっ!!」
突如として咽る程の錆臭い鉄の匂いが周囲を満たしていた。
随分と負傷者が出ており、簡易的な救護を行っているものの、はた目から見てももう助からないだろう、そう思える程に怪我の度合いが重そうであった。
「これが…戦場の匂い…感覚…」
ゲーム内では何度も戦った経験はあるがあれはあくまでも仮想世界の中の遊び。
現実世界での戦争を初めて経験する神鋼は心のあり様を見失いつつあった。
「これ以上近づくと見つかって連れ戻されそう、ですね」
周囲を見渡すと近くに給水塔を発見し、そちらへと移動を開始する。
そして周囲をある程度見渡せる位置まで登った神鋼は目の当たりなった現実を見て言葉を発せないでいた。
魔法障壁には何かがぶつかっては光を発生し、そして音が鳴り響く。
拠点の防護壁は高さがおよそ10メートルくらいはあるのだが、そこには盾を構えつつも魔道具で応戦する兵士が見えるが石礫のような物が大量に飛び込んで埋もれていく。石礫からは赤い何かが滲み始めていた。
神鋼はターゲットレーダーで敵の数を把握しようと起動すると示された敵の数に思わず二度見してしまった。
「……何百、何千??」
暗がりの先には殺気が満ち溢れる気配だけを感じ取ってしまう。
「防護壁の外はとんでもない程の魔物の数、ですね…まるで魔物の氾濫のようです」
ゲーム内でも魔物の氾濫はあったが、あれは運営がプレイヤーへ提供するイベントに限定したものだった。何よりダンジョンから出て来る設定であったので、こんな森や平地で起こるには難しいと思われた。
もし、魔物の氾濫でなければ目の前に殺到する魔物の大群は一体なんなのか。
神鋼は空を見上げてそっと瞼を閉じた。
錆臭い鉄の匂いが次第に濃くなる状況の中、神鋼は眼下に視線を向ける。
傷ついた兵士や魔狩人が多く天幕を三角形に張り出して作られた簡易テントのようなもので寝転がって治療を受けていた。
魔法による治療は行われてはいない。どうもこの世界には治療系の魔法が存在しないのか、はたまた開発がされていないのか分からないが基本的には医者や薬師が治療に当たっていた。
呻き声が響き渡る。
傷は深く、絶命する者も多くいる。
初日にして激戦が繰り広げられていることが容易に想像出来る。
視点を変え、北側の最激戦地となっている北門の近くを見ると多くの灯りが熾されていた。
煤や煙が立ち昇っていることから北門近くに修繕用の鍛冶拠点を臨時で設けているのだろう。
「随分と近い位置に築いているのですね。それだけ追い詰められているのでしょうか」
負傷者の数が多すぎるのも気になっていた。
「そう言えば…魔嵐対策に特化しているせいかここの魔法障壁は物理的な攻撃は一切防げないんでしたっけ」
この拠点に設置してあるのは特化型魔法障壁であり、物理的な攻撃は防ぐように出来てはいない。
そもそもこのような魔物の大群に襲われることを想定していないのだろう。
更に攻め寄せて来ている魔物の多くは物理的な攻撃を行う種であり、その結果として拠点の防壁を崩そうとしているのだ。それを阻止するために防壁の上から攻撃を行っているものの、遠距離攻撃を受けて押されてるようだ。その影響が負傷者の数に大きく影響していてこの負傷者の数となっていた。
「このままでは…抜かれるのも時間の問題、か」
呆けるような顔付で眼下に視線を落としてた神鋼だったが、ふと見知った青年が治療テントへと担ぎ込まれるのを視界に捉える。
「あれは…確か…いつだったでしょうか。朝に広場などで魔導錬金モードのテストを兼ねて行き交う人々を片っ端からステイタス確認してた時のあの黒髪の青年」
そう、神鋼が覚えるきっかけとなる珍しい髪色とこの青年だけがギフトを持っていた青年がいたのだ。
【 金剛不壊 】
身体に大きな影響を及ぼしそうなギフトだったが、結局どういうギフトか分からなかった。
その黒髪の青年が担ぎ込まれる。
大きな出血をしているみたいで、よく目を凝らしてみると右腕が欠如していた。
「あれは……」
恐らく防壁の上で魔物の攻撃を受けたのだろう。
幸いにしてすぐ治療を受けることが出来たので一命は取り留めたが、二度と魔狩人として生きていくことは不可能…だろう。
神鋼は頭を軽く振った。
そして地平の先へと視線を向けるのであった。
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