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ズレながら流れる

 交通事故のケガもあり、しばらく学校は休むことにした。出席をとる講義は「近代理性概論」だけなのでたいして心配はしていない。

 散歩程度でも出来れば、少しは気が紛れもするのだろうが、足の痛みはまだ治まっていない。外を歩くとなると松葉杖も必要になる。ベッドに寝転んで部屋の壁や天井を眺めて過ごすしかないが、それでは今日までの不可解な出来事と自分への違和感が頭と心をき乱し疲れてしまう。しかし通院の時間までこうしている他はないようだ。


 何かがかわっていて、何かはかわっていない。それが自分自身なのか外の世界の出来事なのか、あるいは両方か定かではない。息も出来ないほどの混乱に襲われることもある。いっそはっきりと自分が他の誰かに変わっていればどんなに気楽だろうとさえ思った。

 葬儀のときに見た真輝まきの遺影もその死顔しにがおも私の顔であった。しかし私であるはずがない。私はそれを見ていたのだ。さらに私はいまここで生きている。信号での何者かの声も死んだはずの真輝からの電話の声もいつまでも生々しく響いていた。

 しかし一方で、もし私が他の誰かに変わっていないとしたら、私自身はどうやってそれを知るのだろうとも思った。私が見る私は必ず鏡に映る姿だったり、写真だったりする。元々それらは厳密にいえば私自身ではない。何かに映じた私で、それこそある意味もう一人の私に過ぎない。その意味ではもう一人の私は確かにいることになるが、これは鏡など映すものがある限り誰にでも当てはまることだろう。しかし真輝の死顔はなんだ。死体が人を映すはずはない。

 では外に映る自分や他人の姿にかわっている私だけがあり、この私自身は、本当は幻なのかも知れない。いや透明でさえあるのかも知れない。私が消えているような気もするのだ。


 様々思いを巡らしても納得できる答えなど何ひとつなかった。すべてが空しい思いつきで問題解決の糸口にもならなかった。


 午後、母の運転で病院へ行った。待合室のイスに二人で黙って座っていた。母の沈黙は、親友の死に対する私の気持ちを気遣ってのもののようだ。

 入院時の外科から整形外科に移り、主治医も外来の先生に替わった。病院は不思議に安心できる場所だった。それが何故かは分からないが、家にいるより、外を歩いているよりここでは安心できた。

「二八番の方、診察室三番にお入り下さい」

 特に大きな病院では最近、患者を名前で呼ばない。診察の順番が来ると私が受付で貰った番号で呼び込んでくれる。松葉杖をつき母と診察室に入った。

「山本 かおるさんですね。外来担当の山本です」

入院時の医師より若い医者が胸の名札を見せながら言った。

「その後、いかがですか? 気分が悪くなったりしていませんか?」

先日検査したレントゲンの写真やCTの画像をモニターに映しながら尋ねる。

「痛みはありますが落着いてきました。足に力が入らないような感覚はまだあります。気分は・・・」

「頭部を打っているので、嘔気などがあるといけませんから」

「あっ、それは大丈夫です」

「事故からまだ日が浅いですからね。検査結果ですが、骨にも頭の打撲による異常もありません。お若いので一週間もしたら松葉杖は要らなくなるでしょう。痛み止めと湿布を出しておきます」

 母は私の横のイスに腰掛け検査結果が写し出されるモニターを眺めながら医師の話を黙って聞いていた。

「はい。ありがとうございます」

 私は次の予約日を確認し、母に支えられながら診察室を出た。そのとき母がふり返り突然、口を開いた。

「先生、ちょっとお話しが」

 母は医師にそういうと私を待合室のイスに残し、また診察室に戻った。


 閉じられたドアの向こうで母と医師は何を話しているのだろう。私は一人でイスに腰掛けていた。母はなかなか出て来なかった。私の横に腰掛ける初老の男性は白杖を持っているが、ふと付き添いが居ないことに気づいた。「目が不自由なら見えにくいか、まったく見えないのか分からないが、外の危険に気づかないだろう。一人で通院しているのだろうか」と考えていると、男性は私の気配に気づいたのか話しかけてきた。

「今日は時間がかかりますね。もう診察は終わったのですか」

「はい、いま終わりました」

「先日、つまづいて転んでしまいましてね。目が不自由なもので、見えないから気づかないものが多いんですよ」

 男性はそう微笑みながら言った。

「お待たせ。じゃあ行きましょうか」

 診察室から出て来た母が私に声を掛けた。私は男性に「失礼します」と言い、ぎこちなくイスから立ち上がって会計窓口に母と向った。


 病院を出るとタクシーを拾い乗り込んだ。

「こんなとき家に車があれば便利なんだけどね」

 病院で貰った薬を確認しながら母は言った。しかし一体、長々と母は医師と何を話していたのだろうか。

「先生と何、話したの?」

「たいしたことじゃないわ。ほら今後、もしかするとリハビリとか必要になるかも知れないし、障害が残ったら大変でしょう。そういうことよ。家にはもう一人、障害のある子がいるから・・・」

 タクシーは歩道を歩く人々や街路樹を次々に追い抜き、スピードを上げて走った。



(つづく)


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