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いち足すいち

 真輝まきの葬儀については記憶に霞がかかったようで、ぼんやりとしていてはっきりと思い出せない。しかし彼女の遺影も最後の顔も私だったことは明確に覚えている。その表情も思い出せる。私が笑っている姿だった。彼女と私は実際、似ているとはいえない。私の勘違いだったのだろうか。ここ最近の不思議な出来事、それに違和感や不安が引き起こした錯覚だったのだろうか。葬儀の参列者は遺影に関しても、最後に目にしたはずの彼女の顔についても、なにも不審な様子はみせていなかったと思う。


 私は部屋のベッドに寝転んで鏡を見た。相変わらずそれは、確かに私だが私ではない。一体、私はどうしてしまったのだろう。鏡に映るそれは何だろう。鏡やショーウィンドーに映る姿だけではなく、死んだ友人の姿にまでからかわれているようだ。自分が自分であって自分ではなく、そのうえ今度は他人が自分になっている。自分の中のいち足すいちが二でなくなったような感覚だった。その答えが二である確信はもう持てない。

『誰かに確認してみる? まさか病院?』

 

 誰かが階段を上ってくる音がした。

「遅くなったけど夕食、持って来たわよ」

 母の声に驚きベッドから身を起した。

「今日は疲れているみたいだから、夕食は部屋でと思って」

「ありがとう」

 母は言葉を掛けながら、茶碗や皿を机の上に並べている。私はふと母に尋ねてみようかとも思ったが、躊躇ちゅうちょした。他人に言うことで自分自身がさらに混乱することは目に見えている。

「ゆっくり、休みなさい」

 そういうと母は静かに部屋のドアを閉めた。


 私はベッドから料理が並んだ机に足を引きずりながら向かい、イスに座った。食欲はないが少しでも減らしておかなければ母に心配をかけて仕舞うと、一口、二口とごはんを口に入れた。とその時、電話が鳴った。急いでスマホを取り上げ耳に当てた。

「もしもし、山本です」

 口に入れた米粒が飛び出さないよう、少し声がこもっていたが相手には聞こえたようだ。

「お久しぶり。今日、家に本を返しに来てくれたんだって? 私出かけてたから居なくてごめんね」

 元気な声が聞こえる。何のことだろうと思って黙っていると相手が続けて言う。

「ケガしたって聞いたよ。大丈夫?」

「えっ、そう、そう。交通事故。でもたいしたことはないよ」

「しばらく会ってないから、今度また遊びに行こう」

「えぇ、」

「どうしたの。やっぱり調子悪いのかな?」

「いや、全然、打撲だけで直ぐ家に帰って来れたから。真輝?」

「そう、そうよ。大丈夫ならいいんだけど」

 真輝まきの声だった。彼女の話し声、しゃべり方、笑い声、心配性。すべてが真輝を表わしている。

「じゃあ、切るわ。少し安心した」

「ありがとう。またね」

 彼女は電話を切った。


 いち足すいちが、二にも三にも四にもなっていく感覚が私を襲った。何もかもが歪んでゆく。私自身が溶けてゆく。違和感や不安だけではない。今度は恐怖が全身を揺らした。



(続く)


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