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普段どおり違う

 毎日同じ普通電車に乗り、いつもと同じつり革を握る。伏し目がちに車内を覗くように見回してみる。満員の車内では中吊り広告を見上げる人、スマホに目を落とす人、混み合う車内で器用に新聞を読む人など相変わらずの朝の風景が見える。変わらない人々を変わらないまま乗せて電車は進んでいる。きっと私もその中にいるはずだ。こちらを見ているものはいないようだった。少し安堵し車窓に目をやると、やはり私でない者が、まったくの私としてこちらをじっと見ている。表情を変えてみる。車窓に映る顔もそれに合わせて同じように変わる。つり革を握る手を変えてみる。その人物も同時に握る手を変える。汗がわきの下から横腹に流れる。熱がわき上がり、首が紅潮するのが分かる。違う。かわってしまっている。それでいてまったくかわっていないのだ。また視線を落とし顔を伏せた。


 駅から学校までの道を急いで歩いた。道行く人々に自分が凝視され、ことこまかに検視されているような気がして、付きまとう視線に追われる切迫感が私の歩を自ずと速める。誰とすれ違ったか、誰を追い抜いたのか分からないほど意識は一点に凝集されていた。私の意識は世界から逃げた。外界を感じたくなかったのだ。外と私の間に壁を作りたかった。

真輝まき、どうしたんだよ?」

 家族社会論の講義が行なわれる教室に入ろうとしたとき、ふいに後ろから呼ぶ声がした。

「あ、おはよう」

 反射的に挨拶を返した。同じ講義を受けている宮沢だ。何かに気づいたのか私の様子を聞いてくる。

「べつに、どうもしてないけど」

 私のかわりようを詰問されたかのように感じ、焦りを隠して答えた。

「挨拶したのに、お前黙って早足で追い抜いて行っちゃったぞ。そんなに急ぐことないだろ」

 宮沢を道で追い抜いたらしい。それを気にしているようだ。

「ごめん。気づかなくて」

 私は精一杯、平静を装い答えた。宮沢と一緒に来た田辺と三人でいつもの席に着きノートを取り出して机に広げた。

「真輝くん、レポート進んでる?」

 宮沢を挟んで一つ向こうの席から身を乗り出し田辺が尋ねる。

「まあまあだね」

「まあまあってなんだよ」

 宮沢が微笑みながら口を挟んだ。


 二人とも普段通りだ。何も私を怪しんでいる様子はない。いつものように私に接している。しかし考えてみればそれはそうだろう。私は昨日と同じなのだから。二人が簡単に気づくはずがないじゃないか。朝、鏡で見たときと同じように、電車の車窓に映ったように何一つかわってはいない。しかしすべてが違っていて私ではない。

 自分が自分に入れかわっているのだ。昨日と同じ、一昨日と同じ自分に、恐らくは明日とも同じ、来月とも来年とも同じ私に、私がかわっているのだ。

「宮沢くん、何か変わったことないかな?」

 小声で探るように聞いてみた。

「えっ? 変わったところ。別にないよ。俺はレポートのデータが途中でパソコンから飛んだことくらいかな」

 何の疑いも見せず宮沢は明るく答えた。


 間違いなく自分が自分にかわっている。私が他の誰でもなくまさに私自身にかわってしまっている。しかし心はどうだろう。感覚は、記憶は、その他の一切はどうなっているのだろう。


(続く)


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