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異変

 私が公園の老木にロープをくくり付けぶら下がって死んだのは夜のことである。ここしばらくの間に味わった苦悩で憔悴しきった心と体は想像以上に軽いものだったようだ。夏の夜風にふわふわと揺れ、ふわふわと漂ったにすぎない。

 

 異変に気づいたのは数ヶ月前の朝だった。

 いつものように六時に目を覚まし、昨日のようにトイレに入る。出て来て洗面台の前に立つ。意識せずとも歯ブラシを手に取り鏡に目をやる。そのとき私は「あっ」と声を上げた。

 鏡に映る人物が違っている。まったくかわっていたのだ。それでいて昨日と何らかわらない自分の姿が鏡に映っている。確かめるように声を出してみた。手を上げたり、口を広げてみたりもした。間違いなく昨日のままの私ではあるが、驚くことにまったく違う人物になっていたのだ。

真輝まき、朝ご飯作ってあるから、食べてから出かけなさいよ」

 鏡にまで響く母の声に反射的に答えた。

「うん。わかってる」

 大声で答えたとき全身を流れる血が一気に色を変えたような違和感と強烈な不安を感じた。それを母が私の声と分かっただろうか。


 部屋に戻り着替えをして家の者がみな出かけるまで待った。頭は混乱し何も考えられない。この変化を順序立てて辻褄をあわせ整理するすべがない。体を探ってみた。まぎれもなく昨日と同じ自分の体だ。私の物だ。しかしどういう分けだろうか、まったく違っている。男か女なのかさえ判別できないのだ。確認できないのだ。ただ自分が完全にかわっていることは確信せざるを得なかった。

 みなが出かけた頃を見計らいキッチンに行ってひとりで朝食を食べた。昨日と同じトースト二枚にスクランブルエッグ。しかしそれが喉を通らない。食べ物の感触が違う。味気ない異物を飲み込むようだ。異物を拒否する体の反応と嘔気をもよおす感覚。朝食は抜いた方が良いかもしれないと、食べるのを止め学校へと出かけることにした。


 いつも通り朝の駅は通勤、通学で混み合っていた。だいたい同じ時間、同じ電車に乗る人はいるもので、その視線を気にしながら、ホームで電車を待った。時折通過する快速電車の車窓に映る自分の姿を恐る恐る確認した。やはりいつもとかわらない私だ。その姿が素早く通り過ぎる車窓一つひとつに連続写真のように映し出されていく。私の中の不安の塊はそのたびに、どうしようもなく大きく膨らみ重さを増していった。どうしたらいいのか。まったくかわってしまった私に気づいている人がホームにいるかもしれない。しかしこのように完全にかわっていれば、以前の私を知る人以外にとってはただの他人の一人に過ぎないわけで、気づくことはないかもしれない。私は混乱と増大しつづける不安をなんとか抑えながら電車を待った。


(続く)


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