2.憧れのあの子はピアノもひける
訝しい目線を佐倉に向ける。見るからに慌てだす佐倉。口をとがらせ、反論が出てくるかと思いきや。
「そ、そりゃあ椿さんにアヤメちゃんコスしてほしいのもあるけど…、椿さんに色々話せる友達がいるのか心配なんだよね」
「まあ…そうだね。取り巻きの子はたくさんいるけど、一人で行動してて平気なのかは気になる」
「うん、おせっかいかもしれないけど」
みんなの憧れのお嬢様である、ということは気軽に話しかけられない存在でもある。休み時間の際、椿さんに話しかける勇気を持つ者はこのクラスにいまだおらず。黙々と本を読んで平気そうだが、もしも心細い思いをしていたら、助けになりたい。
純粋な心配の気持ちを伝えられ、「佐倉を応援してやるか」と思えるようになった所で、音楽室に到着した。
今日も合唱の授業で椿さんがピアノ伴奏をするはずだ。前の授業の際、椿さんがピアノ伴奏を先生からお願いされるのを見て、やっぱり椿さんはピアノが弾けるんだなあ、とクラスのみんなも驚くことなく受け入れていた。そういえば、事前の打ち合わせがあったのか、楽譜を渡されてすぐピアノを弾いていた。……そんな即座に譜面が読めるものなのか。私は幼いころから鍵盤ハーモニカにドレミを油性マジックで書くレベルの音楽センスであった。(現在進行形)
クラスの子らと、教室の後ろの開けたスペースに移動する。並びは自由なので、佐倉の隣に移動しておく。先生の指揮の合図から、合唱曲を歌い始める。歌詞のプリントを見ながら、たまに指揮を確認し、椿さんの方にも目を向けてしまう。
すました表情から、難なく曲を弾いているように見て取れる。今立っている位置からでは、彼女の指づかいを見ることが出来ないのが残念。両手ともに違う動きで鍵盤を叩ける時点で凄い。椿さんも時折先生の指揮を確認している。偉いなあ。まじまじ見つめていると、私と視線がぶつかった。不思議そうに目を瞬かせている。
ふいに横腹をつつかれる。変な声が出そうになるのをなんとか堪え、つついた佐倉に抗議の視線を向ける。何度か正面の方へ顎をしゃくってみせるので、正面を向く。先生の目が私をしっかり捉えていた。先生は「ちょっとストップ」と合唱を中断させる。まずい、と顔が引きつる。
「みなさん、ピアノの演奏に聞き惚れるのはいいけど、合唱に集中してくださいね」
名指しを避けてもらえて良かった!と胸をなでおろす。先生、ありがとう。椿さんはどう思っただろう、と恐る恐る彼女の方に目を向ける。心なしか、微笑んでいるように見えた。椿さん、ありがとう。笑ってちょうだい。
中断した箇所から歌い始める。今度はさすがに椿さんを見つめる勇気はなかった。
授業が終わると、佐倉が私の顔を見るなり、不敵な笑みを浮かべだした。
「熱い視線じゃん。これはアレか?あんたの方が椿さんのこと気になってない?」
「そんな事…」
否定できなかった。前の授業の時はそんなに見てなかったのに、どうしてだろう。授業の前に椿さんのことを話してたからか。そのせいで意識したに違いない。……とりあえず佐倉のせいにしておく。ニヤニヤしている佐倉を睨み返さず、もの言わぬ私。「マジか」と驚く佐倉。
「え、ちょっと。……わたしというものがありながら!」
「それは無いな」
体の力が抜ける。顔を見合わせて、笑いあった。佐倉はよく冗談を言ってくれる。おちゃらけな佐倉ならば、動機はどうあれ、きっと椿さんとも仲良くなれる。