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2-2 理由

 チーズと生クリームを使った贅沢なオムライスを器用に作り、ティムはそれを皿に盛り付けた。それと同時に、風呂場の扉がガチャリと開く。開けた扉に半身を隠しながら、タオルで髪を拭きながら、湯気を立たせたラセツが顔を出す。

「良い湯だったわ……」

「そうですか、それは良かった。着替えもそちらにありますよ」

 そう言ってティムは、浴槽の傍にあるビニール袋を指した。ラセツが中を確認すると、そこには新品の女性用の服が入っていた。

「貴方を拾ってから、買っておいたんですよ」

「拾ったって、そんな、人を猫みたいに……」

「まんまその通りでしょう。雨の中ダンボールに捨てられていた子猫みたいな……」

 そこまで言った所で、妙な気恥ずかしさを覚えたのか、ティムは咳払いを一つした。

「まぁ、良いです。女性の服に関して詳しい訳ではないので、センスが合わなかったとしてもあしからず。早く着替えてこちらに来て下さい。食事の用意は既にできています」

「……」

 ラセツは、扉で身体を隠して着替えた。白いブラウスと黒のスカートのシンプルなデザインの服を着こなし、ラセツはテーブルの所までやってくる。

「似合っていますよ」

「……うん」

 ラセツには、ティムの言葉は聞こえていないようだ。彼女の目線はテーブルの上に置かれてあるオムライスと、コンソメのスープに注がれていた。

 今にも鳴りそうになるお腹をグッと押さえて、ラセツは椅子に座った。ティムが対面に座り、手を合わせる。

「では、いただきます」

「……いただきます……」

 スプーンを取り、一口、それを運んだ。瞬間、ラセツの目が見開かれた。彼女の目に、生気が宿る。

「……美味しい」

「そうですか、それは良かった」

 はしたないとは分かっている。けれども、オムライスを口に運ぶスプーンを止められない。止めることができない。

「美味しい。美味しい。本当に……」

「でしょう? 僕が作った物ですから。美味しくない訳はありません」

 口ではそう言いながらも、ティムは嬉しそうに口元をにやけさせる。そして、テーブルの上に置かれてあったケチャップをラセツへと差し出す。

「一応、かけてはありますが、足りなかったら自分で分量を調整して下さい」

「うん、ありがとう……」

 ティムの清涼な目が、ラセツへと向けられる。

「初めて、素直に僕にお礼を言いましたね」

「……うん」

 ラセツは、オムライスを食べながら、ゆっくりと動きを止めた。

 彼女の両の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

「――」

 ティムが当惑の表情を浮かべる。

 ラセツは肩を小刻みに震わせながら、スプーンを力なく皿の上に横たわらせる。顔を横に振り、指先で涙を拭うが、次から次に涙が零れ落ちてくる。止まらない。嗚咽が零れ落ちていく。一昨日までの幸せな日々を思うと、涙が止まらない。

 不意に。

 ラセツの目元に、柔らかい何かが触れた。

「……え?」

 ラセツがそちらを振り向くと、机の上には、二足歩行で歩く猫のぬいぐるみがあった。

 それが生き物のように動き、毛がついた手先がラセツを慰めるように涙を拭う。

 なぜ? 

 そんな戸惑いをラセツは抱いた。彼女の可憐な蒼の瞳が驚きを物語っている。

「……」

 ラセツはティムの方へと振り向いた。ティムは恥ずかしそうな表情を浮かべ、コンソメスープをすすり、ラセツから視線を外していた。いつの間にか、バッグを背負っている。

「……これ、貴方が出したの……?」

「えぇ、まぁ……。その、何ですか! 貴方に泣き顔なんて似合いませんから! 慰めるとか、別に、そう言う意図じゃないですから!」

 そう言ってぷいっとそっぽを向く。

「……何で猫のぬいぐるみ?」

「い、良いでしょう別に! そこは、別に、深く突っ込む所では――」

「ありがとう」

 ラセツの真剣な瞳が、ティムを真っ直ぐに見つめた。

「……」

 ティムは何も言えなくなり、バッグを隣の椅子に置き、再びスープをゆっくりと口につける。

 ラセツは一つ深呼吸をした。そして、自分の胸に手を当ててティムを見つめる。

「私は、リアスターゼ王国の第一王女。ラセツ=スノウ=ハーデス」

「……」

「……」

 奇妙な沈黙が二人を包み込んだ。ティムが、小首を傾げる。

「何ですって?」

「第一王女」

「……」

「……」

「最近、暖かくなってきましたからね。梅雨もそろそろ明けますし、夏は人を馬鹿にする季節ですから……」

「何で憐れむような視線を向けるのよ!! 本当なのに!」

 ラセツが心外だ、と言うような表情を浮かべてみせる。そして、怒ったような表情を浮かべて顔をそむけた。

「言うべきか、凄く悩んだのに……」

「えぇっ、本当ですか!? いや、高貴な身分なのだろうとは思っていましたが……。まさか、王女様!? なぜ、あんな橋の下なんかで死にそうになってるんですか!?」

「……国を、奪われたから……」

 ポツリと、ラセツが呟いた。ティムの顔色が変わった。


『そう言えば――北の方の国で、クーデターが発生した、とか』


 リトル・マーメイドの女主人の言葉を、思い出したのだ。


 ティムがノートパソコンを取り出し、食事中にも関わらずオムライスの横に置いてカタカタと操作をし始めた。検索をすると、すぐにニュース記事が出てくる。

《リアスターゼ王国で、クーデターが発生》

「――」

 ティムが、言葉を失くした。女主人が言っていたのは、この国のことだったのだ。

 リアスターゼ王国と言えば、ここより遥か北の地にある、現代では珍しい王朝制の国だ。

 パソコンの画面を見て、ラセツが椅子から立ち上がって前のめりになった。

「それ! 確か、色々と調べ物できるやつよね!」

「え? え、えぇ。パソコンですから……」

「調べて欲しいの! 私の家族が、父上が、殺されていないかどうか!」

 勢い良く問いかけてくるラセツの気迫に頷き、ティムは指先をキーボードに走らせた。検索結果が、すぐに画面上に出てくる。ニュースをスクロールしながら、ティムは頷く。

「貴方の父親と言うことは、リアスターゼ王国の国王、だった人ですよね。……そうですね、前国王の処刑、と言うニュースは一つも出てきません」

「そう……。良かった……。まだ、生きているのね……」

 ラセツは、心底ホッとしたような顔を浮かべ、椅子に座り込んだ。

 ラセツは国を追われ、クーデターした組織に家族を捕らえられていたのだ。家族の安否が最も気になっていただろう。

 しかし、ティムは、渋い顔をしてみせる。

「生きているかどうかは、正直、まだ分かりません。もし処刑されていたとしても、情報が意図的に封鎖されていれば、僕たちに知る術はないでしょう」

「……!」

 ラセツの顔色が変わった。勢い良く立ち上がると、ラセツが座っていた椅子が地面に派手な音を立てながら転がった。

「落ち着いて下さい。焦っても、状況は何も好転しません」

「そんな、落ち着いてなんて居られないわよ……! 一刻の猶予もない状態じゃない!」

「落ち着いて下さい、と言っているんです」

 ティムの鋭い眼差しが、ラセツへと向けられた。

「……これは推測ですが、おそらく貴方の父は無事でしょう」

「どうして、そう言えるの?」

「クーデターを起こしてすぐに前国王を処刑などすれば、国際的な批判が強まるからです。むしろ、世論を気にするならば、丁重に扱われている可能性が高いのでは?」

 ティムらしくはない、希望的観測。

 だが、ラセツを落ち着かせる為にティムはできる限り柔らかい口調でそれを告げた。

「そう、ね……」

 ラセツはそれに縋るように小さく声を出し、倒れた椅子を戻してゆっくりと座り直す。

「でも、いつ殺されるか……。早く、助けに行かないと……」

「……」

 ティムは、今の情報を飲み込むように黙り込んだ。

 ラセツは、リアスターゼ王国の第一王女であり、クーデターから逃れてこの街にやってきた。

「確認ですが、リアスターゼ王国の正当な王位継承者はラセツさん。貴方ですか?」

 その問いかけに、ラセツは黙って頷く。ティムは続けた。

「つまり、本来の継承者が生きたままと言うことになる。これは、犯人側からしたら相当厄介な状況ではないでしょうか? 貴方を捕らえるまで、クーデターを起こした側は派手に動けない可能性が高い」

「私を、捕らえるまで……」

 ラセツが、思案するように目線を下げた。

「確かに、私を守ってくれた近衛兵の一人が言っていたわ。私だけは逃さないとダメだって……」

 そう言いかけてから、ラセツはスカートの裾をギュッと握った。

「そう言って、私を守って、彼らは死んでいった……」

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