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1-6 報酬

「さて」

 ティムは、高価そうな腕時計を見て呟いた。

「そろそろ、一時間ですか……」

 ティムのすぐ傍には、緻密な彫刻の施された、黄金の石柱があった。非活性のアーティファクトと同様に、青白い光を放っているのが分かる。二メートルほどの高さであり、不安定な足場にも関わらず直立でスッと立ち上っている。より深い位置から伸びているのだろう。

 異世界迷宮アーティファクト・ラビリンスのゴールだ。

 ティムのすぐ傍では二足歩行の熊型の機械が立っていた。ラセツを待っている間に、何匹もの敵がティムを襲ってきたが、それらはティムにとってさほどの脅威にはなりえなかった。敵の残骸と思しき肉片がその辺りに幾つも転がっているのが見て取れる。

 ティムは時計を見て時間を数え、カウントをおこなう。

「あと五秒。五、四、三、二、一……」

 手袋を外し、石柱へと手を押し当てた。

 瞬間、ティムは全身に激しい重力を覚えた。黄金の石柱の青い光が、白と緑の鮮やかな色合いへと変化していくのが分かる。ティムの周囲の空間が燃え落ちるかのようなパチパチとした音が響き、ティムの身体もまた、白と緑の光で包まれていく。

 突如として、ティムの目の前の視界が切り替わった。

 壁時計が針を刻む音。見慣れたダーツ盤。レトロな雰囲気をしたバーカウンターと、その向こうで微笑む女主人。

 バー。リトル・マーメイド。

「お帰りなさい」

 にこやかな顔を見て、ティムは一つ息をついた。

「えぇ。ただいまです」

「えっと、ラセツさんは……?」

「途中ではぐれました。生きていれば戻ってくるはずです」

 ティムがそう言うと同時に、白と緑の光が弾けた。異世界迷宮アーティファクト・ラビリンスを生み出していた杖のすぐ前に、横たわったラセツの身体が現れる。

「良かった。生きていたようですね」

 ティムは少しホッとしたような顔を浮かべ、倒れたまま動かない塩まみれのラセツの身体を抱きかかえた。そして、その可憐な顔の頬を容赦なくペチペチと叩く。

「う……っ」

 ラセツが、うっすらと目を開ける。それから、虚ろな目でティムを見つめた。

「ここ、は……?」

「リトル・マーメイド。現実世界ですよ」

「……そう、私……帰って……」

 そこまで呟いた所で、ラセツがハッとした表情を浮かべてみせた。そして、自身の手元へと視線を移す。そこには、青白い光を放つ白いかんざしが握られていた。

「良かった……。ちゃんと、持って帰れてた……」

 ラセツは、そのままの姿勢で、女主人へと謝罪する。

「ごめんなさい、店の中、塩で汚してしまって……」

「いえ、これくらい日常茶飯事ですから。掃除をすれば良いだけなので……。それよりも、無事に帰ってきてくれて良かったです」

 女主人は安堵したように、ラセツに答えた。

 ラセツは、ポケットから銀細工の笛を取り出し、それをティムに差し出した。

「これ……」

「何です?」

「貴方の、だから……」

「要らないですよ。僕は、捨てたと言ったはずです」

「良いから、受け取りなさい……。じゃなければ、私の気が、済まないから……」

「……」

 ティムは、ラセツの手から銀細工の笛を受け取った。それを見て、ラセツは安心したように笑った。よろよろと立ち上がり、手元にしっかりと握られてある白いかんざしを惜しむように見つめる。

 これを手に入れる為に――。

 二度、死んだ。

 殺した敵の数だけ、同化して、死ぬような苦痛を味わってきた。

 ティムが現れなければ、物理的な死も迎えていたはずだ。とっくに、狼の胃袋の中に収まっていることだろう。文字通り、命をかけて取ってきたアーティファクトだ。手放すのはあまりにも惜しい。思い入れがない訳では、決してない。

 だが、ラセツはそれを女主人へと差し出した。悲しそうに葛藤の表情を浮かべながらも、バーカウンターの上に震える手で白いかんざしを置く。

「売却を……」

「……良いのですか?」

 ラセツは目を伏せた。悔しさが顔一杯に滲み出るが、背に腹は代えられない。

「今、私、全くお金を持っていないから……。借りたお金も、返せないし、今日泊まる場所も、ご飯も、何も……」

 ふらつくラセツを見て、女主人は申し訳なさそうな顔を浮かべてみせた。

「……どうしたの?」

「一応、鑑定はいたしますが……」

 女主人は、アンティークな模様の精巧な眼鏡を取り出し、それをかける。そして、手袋を付け直してから白いかんざしを見つめた。

「……五級アーティファクト、塩気のかんざし。効果は……。身につけている者が、食事を取る時に、塩の味を同時に感じると言う物……です」

「……塩の味を感じる……? 大した効果ではない、わね。それで、買取価格は……」

「それは……」

 女主人が、非常に言いにくそうな声を上げた。

「五級アーティファクトは」

 ティムが、困っている女主人の代わりに答えた。

「非活性の時には、一律二万での買取……ですね」

「……二万……」

 ラセツは愕然とした顔を浮かべてみせた。

 命を賭けて、死ぬような思いをして、やっとのことで手に入れたアーティファクトが。

 たったの二万。

「…………」

 絶句。

 ラセツは、言葉を失くしたまま固まってしまった。

「大変、申し訳ないのだけど……。高く買い取ってしまうと、他の探索者の方に示しもつきませんし……」

「そう、……よね、……そう、うん、大丈夫。私は大丈夫。ただ、少し、期待しすぎていただけだから……」

「本当にごめんなさい。それで、……いかがいたしますか?」

 愕然、と言う表情を隠すことができない。

 半ばうわの空のままに答える。

「私が持ってても、仕方ない物だもの……。売る。売るわよ。売らざるをえないもの」

「……」

 女主人はレジを開け、中から二万を取り出して、それをラセツへと差し出した。

 ラセツはお札を受け取り、それをマジマジと見つめる。大切そうに両手で包み込み、小刻みに肩を震わせた。

「……!」

 それを、そのままティムへと突き出した。ティムが驚きの表情を浮かべてみせた。

「何ですか? これは?」

「お金、借りていた。足りないけど、残りも、必ず……」

「いりませんよ。僕よりも、貴方の方がよほどお金に困っているように見える」

「良いから!! 明日も、潜りに来るから、それで、必ず、返すから……! 受け取りなさい!」

「――」

 やつれた顔で、衣類もボロボロ。お世辞にも身綺麗とは言い難い。

 だが、そのような切羽詰まった状態で金を返そうとするその目は、真っ直ぐにティムを見据えていた。

 その迫力に、ティムは気圧された。

 自分の言葉を偽り、約束を破るのを最も毛嫌いする目。

 深く吸い込まれそうなほどの蒼く、美しい目。

 気高い、瞳。

 ティムは様々な大人と関わってきた。様々な大人が色んな目を浮かべていた。その中で、誰よりも真っ直ぐに人を見つめる少女だった。

 ラセツは、あっけに取られているティムに、半ば押し付けるように二万を渡した。そしてそのまま、店の扉を開けて外へと飛び出していく。外は未だに土砂降りの雨が降っており、その中を、雪のような白い髪が走っていく。

 ティムは、一つ溜息をついた。

「不器用すぎませんかね。その生き方……」

 でも。

 ティムの唇が、そう動いた。

「嫌いではないですよ」


 ティムは。

 ラセツの力になりたいと、思った。

*

 土砂降りの雨が街には降り注いでいた。

 増水して勢いよく流れていく川を眺めながら、ラセツは橋の下で、うずくまるように体育座りをしていた。お腹の虫がぐぅ、と鳴り響くのを殴りつけて、抑えようとする。

 雨で体温はすっかり奪われていた。そこに容赦なく、冷え切った夜の風が吹き付けてくる。石の地面もラセツの臀部から徐々に温もりを奪っていく。全身がガタガタと小刻みに震え、奥歯が鳴り響く。その音だけがただ、自分がまだ生きているのだと実感させてくれる。

 疲労は困憊。死ぬような思いをして得たお金は全てティムに差し出した。

 まともに寝る場所も、食べる物も、家族も、温かい衣類も何もない。守ってくれる物は何一つない。

 あまりに、惨めだ。

 止めどなく涙が溢れてくるが、表情を作ることができない。そのようなエネルギーはもう残されていない。

 暖かった家族。幸せだった日常。そんな物が、全て遠い過去のように思えてしまう。

 ラセツは、そのまま横に倒れた。硬くて、冷えた石の感触がラセツを包み込む。それでも、ラセツは身体が溶けてしまったかのように動けなかった。全身の感覚が薄れていくのが分かる。寒いと言う感覚が、どこか遠くへ行ってしまったかのような錯覚。現実感が消えていく。

「……誰、か……」

 ラセツの口から、意図していない言葉が漏れた。

「助けて……っ」


「誰かに言わなければ、伝わりませんよ。その言葉は」


「――」

 声。

 ラセツは、震えながら顔を上げる。

 人型の機械に傘を差させたティムが、そこには立っていた。ラセツの虚ろな蒼の瞳がティムの顔へ向けられると、ティムは目を細める。

「……ほんっとーに、意地っ張りですね」

 そう言って、ティムはラセツの横に膝をついた。肩を貸す。

「よいしょっと……。あぁ、重いですね」

「何を……」

 ティムはラセツに肩を貸した状態で、歩き出す。

「あぁ、タクシーを既に呼んでいるんですよ。すぐ近くに停めてもらっています。そこまで、歩けますか?」

「何、で……」

「理由が必要ですか? でしたら、そうですね……。貴方に興味が湧いたから、ですかね?」

 ティムは、少年らしい屈託のない笑顔を、ラセツに向けてみせる。

 タクシーは本当にすぐ近くに停めてあった。ティムはラセツをタクシーの中に押し込み、傘を差させていた人型の機械をバッグに戻してタクシーに乗り込む。それから、どこかの住所を言うとタクシーはすぐに出発した。

 窓の外には雨と街のネオン。

 ラセツの意識は、そこで途切れたのだった。

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