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4-4 決死の治癒

 だがラセツは、承諾したのを、次の瞬間には激しく後悔していた。

 恐怖。

 それは、自分が死ぬよりも、強い物だった。

 自分が、人を――ティムを、殺してしまうかもしれない、と言う恐ろしさ。

 ラセツの右手が震える。全身の力が抜けていくかのような錯覚。

 ティムは横たわり、荒い息を漏らしている。自分が逡巡している間にさえ、ティムの血液が徐々に失われていき、ティムの体温を奪っていると言うことは分かっている。だが、それでも。

 ――現実? 

 ラセツの唇が、言葉には出さずにそう動いた。

 視界がぼやけて、歪んでいくかのような感覚。身体から魂だけがどこかに飛んでいきそうな気分。ラセツは、そんな状態で右手を構えた。

 ラセツの後ろから、三メートルほどの死神の手がズズズッ……と現れる。

 これで、ティムを掴んで、ティムの身体の時間を、一気に経過させれば良い。それだけで、全てが終わる。

 ティムが生き残るか、それとも、――ラセツが、ティムを殺してしまうか。

「……」

 ティムが、ラセツへと視線を移した。

「何て、顔してるんですか……」

 そう言って、いつものように呆れ顔を口元に浮かべてみせた。ラセツの右手が自然と落ちていき、死神の手がフッと消える。

「いつもの貴方らしくない。……まるで空っぽのような、そんな顔を、していますね……」

「だって……」

 ラセツは、煮え切らない声を上げた。

「私、ティムを、殺してしまうかも……!」

「大丈夫、ですよ」

 そう言って、ティムは笑った。

「きっと、大丈夫、です」

 きっと。

 そんな曖昧な言葉を使うのは、いつものティムらしくなかった。

「それに……。僕は、それで死んでも、一切の悔いは、ありませんよ……」

「どうして……? どうして、こんな時に、笑えるの……?」

「ふふ、簡単、ですよ。僕は、ヒーローに、憧れていたんです。……僕の、すぐ身近に、本物のヒーローが居たから……。その姿に憧れて、だから……。ヒーローなら、こんな最期も、悪くはないでしょう……?」

 そう言い放つティムの頬を、ラセツが両の手で挟み込んだ。

「ばっっっっっかじゃないの!!」

 ラセツの目から、透き通る涙が零れ落ちた。

「私は、もう、想像したくないわよ! ティムの居ない生活なんて! 何をヒロイズムに酔ってるのよ! 貴方の死に場所は、こんな場所じゃない! そうでしょう!? 言ったじゃない……! 私が、ティムを助けるって……!」

 ラセツはそう言って、右手を構えた。

 死神の手が虚空を裂いて、ゆっくりと現れる。

「絶対に、助けるって……!」

「……」

 ラセツの目に、ティムは言葉を失った。

 誇り高く、気高く、言葉を偽らず、真っ直ぐに生きる目。

 彼女がこの目をしていたから、ティムは協力をしたのだ。

 ラセツが、リムへと強い視線を向けた。

「協力して……! 死神の手がティムに触れた瞬間、思い切り腕を蹴り飛ばして、ティムから外して欲しいの……! そしたら、もしかしたら、ティムは助かるかもしれないから……!」

「了解した。動体視力と動きの早さには自信がある。任せておけ」

「それは……ありがたいですね……」

 ティムがそう言って、口元だけで笑ってみせた。

 ラセツは、一つ呼吸を深く吸い込んだ。

 腹を括らなければならない。家族を助ける。一つの国を取り戻す。その為に、命を賭ける。それだけのことを、ラセツはしてきた。

 ティムは、ラセツにとって家族のような存在になっていた。

 助けたい。必ず、助ける。

 ラセツの深い蒼の瞳が、真っ直ぐにティムの方へと向いた。

「良い表情になった。……ティムを助けるぞ」

「……えぇ」

 ラセツは力強く頷いた。それと同時に、リムが軽やかにステップをし始めた。身体を勢い良く動かす為の下準備だ。

「私の方はいつでもオーケーだ。準備はできている」

 ティムの出している人型の機械が、ティムの失くなってしまった左手を強く圧迫した。

 ラセツは、上から被せるように――ティムの身体へと、死神の手を置いた。


「――」


 記憶の、濁流。

 ティムから、一気に流れ込んでくる、ティムの記憶。

 『お前の名前はティム! ティムだ!!』『アーティファクト・ラビリンスの中から生まれた子供だと……? 薄気味が悪い』『非常に高い知能を有している。これは……!』『今日からは知能テストではなく、実際にアーティファクト・ラビリンスの中に潜らせることにする』『敬語を使えと言わなかったか!?』『お前の泣き声は実験の邪魔だ。泣くな、叫ぶな。次、泣いたら、電流の出力をもっと上げるからな』『野良猫の親子……? 鉄格子の窓の外で、自由ですね、君達は……。可愛い……』『よぉ、こんな所で何してるんだ?』『俺は7番って呼ばれてる。親も居ないから、ここにずっと居るんだ』『――お前を、助けに来たんだ!』『――一緒に、ゴールしよう! ここから出て、12番を助けるんだ! 皆で!!』『――逃げ……ろ……!』『12番……? あぁ。今朝、死んだ女か』『うんざりだ……』『僕は――。僕の生きている意味を、探しに行きます。……邪魔しないで下さい』『ティムが脱走した!!』『僕が生まれてきた意味が何なのかも分からない内に、死ぬなど、絶対に、嫌だ……! もっと遠くに逃げなければ……』『あら、貴方は……? ここは、リトル・マーメイド。バーよ、貴方のような子供が来る所ではないのだけど……』『これを換金して下さい。僕のような子供から、アーティファクトを奪おうとしてきた小悪党達が持っていた物です』『ほら、五級など簡単にクリアできたでしょう? 4つ持ち帰りましたよ』『こんにちは、女主人マスター。今日も三級のアーティファクトを持ってきましたよ。貯金もかなり貯まってきましたし、生活も安定してきましたね』『何者でしょうね? 彼女は……』『人を道具扱いしてくる者達の目しか、僕は見たことがなかった……。でも、貴方は……ラセツさんは、真っ直ぐに僕を見てくる。何度も言うようですが、僕は、ラセツさんの目が、好きですよ』


「――」

 記憶の濁流に完全にスタンして、身動きができなくなったラセツの死神の腕を、リムの脚が勢い良く蹴り飛ばした。死神の手が弾き飛ばされ、煙のようにフッと消える。

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 尋常ではない汗を垂らしながら、ラセツは呼気を荒くした。そして、ふと我に帰る。

「ティムは!?」

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