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4-3 Blood

 リムとの地上戦は互角であり、白竜は仕留めきることができなかった。

 人間にしては恐ろしく強いが、白竜の敵になる強さではない。

 一撃一撃の破壊力が絶大な白竜の攻撃を一発でもマトモに受ける訳には行かないリムと、多少の攻撃を貰ったとしてもビクともしない装甲を持つ白竜では、そもそもの心理的負荷がまるで違う。それは、極限状態の戦闘において、著しい差を生み出す。

 息も絶え絶えになり、リムは今にも死にそうだ。攻撃も繊細さを欠き始め、弱点である、装甲のない腹部に当てることができたとしても、白竜はもはや大したダメージを負わないだろう。

 いつでもリムを殺せそうだ、と言う余裕さえ白竜にはあった。強者の余裕。そして、リムの、肉体の限界さえ超越したような屈強な精神力。その二つが合わさって、今この現状でさえリムはまだ生きながらえていた。

 白竜は不意に、気配を覚えた。背後から生じた、その気配を躱す。三メートルはあるかと言う死神の手が掴みかかってくるが、その速度は白竜にとってはさほど脅威ではない。だが、リムとの戦闘中において、外野からの手出しはあまり望ましいものではない。

 白竜は翼をはためかせ、リムから距離を取る為に、空へと飛んだ。

 瞬間、白竜は信じられない物を見ることになる。

 直径で数百メートルはあろうかと言う、巨大な大樹。それが、――自分の方向に向かって、倒れ込んでくるのを。

 大樹の根本で、死神の手が愛撫を繰り返していた。

 根本が腐り、ゆっくりと傾き始めた大樹が、傾斜がきつくなるごとに加速度的に速度を増して行った。だが、それに押しつぶされるほど白竜は鈍くはない。

 軽やかに、余裕さえ持って大樹が落ちる軌道から離れる。

 白竜は、不意に、それを見た。

 ――下から、勢いよくこちらに飛んでくる竜型の何かを――。


「乗って!!」

 ラセツは、リムに対してそう叫んだ。リムは、目の前に現れた死神の腕を見る。

「てのひらじゃなければ、時間は経過しないの! 手の甲だったら、……飛ばすことができる!! 考えを説明している時間がないの! とにかく、飛んで!!」

「……!」

 彼女が何を言っているのか、リムにはよく分からなかった。飛んでどうする? 格好の的ではないか? 質問は幾らでも浮かんでくる。だが――。

 何度も共にアーティファクト・ラビリンスに潜った仲間、ティム。

 そのティムが信頼した、彼女を、信じるか否か。

「――君を信じる!」

 言葉は、必要ない。リムの決断は早かった。

 リムが死神の手の甲へ飛び乗った瞬間、死神の手が上へとリムを飛ばした。

「おおおっ!!」

 その落下しそうな着地点に、再び死神の手が現れる。

「――」

 リムは超人的な身体の動きで、手の甲を足場にして、再び飛んだ。落下地点に次々に死神の手が現れる。それを、リムは踏んで、跳んでいく。

 死神の手の飛ばす力と、リムの本来の跳躍力が合わさった勢いで、凄まじい速度で白竜への距離を詰めていく。

 最後は――死神の手が、リムを一気に白竜へ向かって弾き飛ばした。

 リムは、崩れかかってくる大樹を避けたばかりの白竜の、弱い腹部に向かって、拳を構える。

 白竜は倒れてくる大樹に意識を取られ、反応が遅れた。微かに驚きを見せたが、白竜は即座に反撃体制を取ろうと口を大きく開いて見せた。口の前に光輝く光球が膨れ上がっていく。飛んできたリムは、絶好の的だ。

 瞬間、反撃体制に入った白竜の背後にヒビが走り、黒い渦から死神の手が一気に突き出る。前と後ろからの同時攻撃――。

「――」

 危険を察知した白竜が、死神の手を、半身を躱して避ける。

 しかし、反撃をおこなうタイミングがずれ、リムの激突が、最も弱い腹部へと突き刺さった。

 光球が、竜の顔のすぐ傍で弾け飛んだ。

 竜は悲鳴を上げ、吐瀉物を撒き、力なく落ちていく。数百メートルの岩肌を貫くエネルギーが、顔の間近で爆発をしたのだ。その破壊力は甚大であり、致命的なダメージを白竜は負っていた。

 白竜の意識は混濁し、まともに動くことさえすぐにはできない。しかし、白竜は最後の力を使って翼をはためかせ、上空へと逃れようとした。

 その時だった。

 ――握り拳を作った死神の手が、白竜の腹部へと、突き刺さった。

 モロにそれを食らった白竜は成すすべなく、地面を転がっていく。全身を痙攣させながら、それでも、よろよろと立ち上がろうとした白竜が見たのは。

 迫ってくる。

 自分を押し潰そうとする。

 大樹の姿だった。

「――」

 全長十メートルの巨大な竜は、その身体よりも遥かに大きな大樹によって、押し潰された。

 大樹の全長が、空島の直径の倍以上の長さがあった為、白竜を押し潰した大樹が、周囲の空島や、幾つかの石橋を破壊しながらそのままゆっくりと空島から落ちていく。僅かの空白の時間の後に、巨大な質量が地底湖に叩きつけられた音が響き、水飛沫が空へと散った。

 リムは空中で身を翻して、地面に鮮やかに着地した。

 ラセツは肩で息をしながら、その光景を見つめていた。

「勝っ……た……?」

 死闘。それ以外の、言葉が見当たらない。

 ラセツは、思い出したようにティムの方へと振り返った。

「ティム!!」

 ラセツは、腐った大樹の根本に寄りかかっているティムへと駆け出した。勝利の余韻も、感慨もない。ただ、一刻も早くティムの元へ向かわなければならなかった。

 ティムは、まるで眠るかのように目を閉じていた。失った左手だけは人型の機械によって掴まれている。

 ラセツはティムの傍で膝をつき、ティムの頬をペチペチと叩く。

「う……」

 ティムが、ゆっくりと目を開く。血を一気に失いすぎてしまったようで、顔色が非常に悪い。土気色になっているティムの表情を見て、ラセツの柳眉が心配そうに歪んだ。

「すぐに、現実世界に戻らないと……!」

「そこまで、持ちませんよ……」

 ティムは、そう言って微笑んでみせた。ラセツが叫ぶ。

「嫌よ……! 絶対、助ける……! 何か、何か方法はないの……!? リムさん、何か、ないの!?」

「一応、簡易的な止血剤は持っているが……しかし……」

 そう言いながらも、リムは迅速な手順でティムのもぎ取られた左手に包帯を巻いた。だが、包帯がすぐに真っ赤に染まっていき、ポタポタと血が漏れていく。この方法では、失血死するのも時間の問題だろう。まだ、入ったばかりでゴールさえも見つかっていない。どれだけ早くとも、現実世界に戻るまで数時間はかかる。その間、ティムが持つとはとてもではないが思えない。

「……一つだけ、あります」

 ティムが、呟いた。ラセツが表情を変える。

「それは、何!?」

「貴方次第、ですよ……」

「何でもやる!!」

 ティムは、頷いた。

「本当に最終手段ではありますが……。その死神の腕で……僕の身体の時間を、進めて、下さい。傷口を、塞ぐんです……」

「――」

 ラセツの顔色が変わった。

「できる、はずです。死んだり、老人になったり、しない範囲での時間経過……制御が……」

「でも、そんな使い方したこと……!」

「他に、方法が、ないんです……! もし、それで死んでしまっても、僕は、貴方を恨まない……。お願い、できませんか……?」

 ラセツは戸惑いと、迷いを顔に浮かべた。

 自信など、ある訳がない。苦渋。決断するのが、恐ろしすぎる。死神の手で、そのままティムを殺してしまうかもしれない。でも、やらなければ、ティムは死ぬ。

「……っ」

 ラセツは、肩を震わせた。

 決断、できない。

「お願い、します。こうしている間にも、刻一刻と、血液は失われている。……時間が経てば、経つほどに、生存確率が、極端に下がる」

「……っ!」

 ラセツは、頷いた。それを見て、ティムは微笑んだ。

 ありがとうございます。

 ティムの唇が、そう動いた。

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