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3-4 闇夜に紛れて

 ティム自身、複数のアーティファクトを使用する者と戦闘を行うのは初めてだった。しかし、未知の者と戦うの自体は慣れたことだった。それを生業にしてきた。

 だから、僅かの時間で、朧の実力を推し量ることができた。

 実力としては、ティムよりも圧倒的に格上。それに加えて足場も極めて不安定であり、ラセツの身も守らなければならない。それに対して朧は何不自由なく移動をおこなうことができる。

 この場合の最適解は、朧から逃げ出すことだ。倒すまで行かなくとも、致命傷を負わせるか、身動きを封じる必要がある。

 だからティムは、朧に対して、レーザー光線の連続攻撃を繰り出し続けるのだ。

 あまりの数に避けきれなかったのだろう。影と触手を使って、朧はレーザー光線を弾き飛ばした。朧の挙動を見るに、風のバリアを発動させるには、数十秒のクールタイムが必要なのだろう。

 小気味良い音が響いたかと思うと、周囲の外壁に爆発音が鳴り響き、建物全体を揺らす。

 全く効いている様子がない。

 風のバリアが使えない状態であっても、守りは鉄壁であるとさえ言えた。

 仮にレーザーが直撃したとしても、あの肉体に致命傷が負わせられるとは考えられない。

 だが、それで良い。目的は、倒すことではないのだから。

 ティムは、構わずレーザーを撃ち続けた。

「ティム、下――!」

 このタイミングで、ラセツが叫んだ。

 猛スピードで、エレベーターが下から迫ってきていた。

 二つのエレベーターがあり、その片方だろう。このままだと、直撃コースだ。

「ラセツさん!」

「……!」

 ティムの声に呼応するように、ラセツが右手を構えた。死神の手が虚空から現れ、機械の蜘蛛が居る少し上のコンクリートの壁に触れる。一瞬にしてコンクリートが砂と化して、外の景色が一気に広がった。機械の蜘蛛が二人を乗せて、外へと這い出る。

「流石です」

 ティムが笑みを零して見せた。


 エレベーターを呼んだのは、ラセツだ。


 唯一、上空から光が漏れている所の外――『エレベーターのスイッチを死神の手で殴る』と言うのを、ティムはラセツにお願いしていた。

 スイッチが押されれば、エレベーターは上へと向かう。

 今頃、死神の拳で叩かれたボタンは、砕かれてべきべきになっていることだろう。それでも、エレベーターはキチンと作動した。

 朧の視界は、レーザー光線の弾幕で奪ってある。

 下から上へと向かうエレベーターを、朧へとぶち当てる。

 点での攻撃だと、幾らでも弾かれる。だが、面での攻撃ならばどうだ? 

 ダメージなどはほとんど期待できないだろう。しかし、少なくとも朧を『ギョッ』とはさせることができるはずだ。

 それは、逃げる為に今、最も必要な『時間を稼ぐ』ことに繋がる。

「ダメよ」

 ラセツが不満げに呟いた。

「それだと、私の鬱憤が晴れないわ」

 レーザー光線の嵐の中、朧は傷一つ負わずに、ティムとラセツの所まで勢い良く落下してきた。

 白い光に視界を奪われていた朧の瞳が、驚愕に変わる。

 ラセツの、蒼の目。そして、彼女が左手で握りしめていた練りわさびのチューブ。

 そこから飛び出してくる、鼻にツンと来る緑色の固形物。

 朧は、明らかに動揺した表情を浮かべた。

 複数のアーティファクトを操作し、レーザー光線を弾き、今まさに二人に襲いかかろうとしていたその瞬間に、脳が認識を拒否するかのような、予想外の『攻撃』。飛んできたわさびが、朧の鼻に付着する。

 朧の脳みそは完全に一瞬だけ思考を停止させた。

 その、僅かな時間が、命取りだった。

 高速で上がってくるエレベーターと、異形の男は真正面から激突した。激しい音を立てながら、そのまま遥か上の方へと連れて行かれる。

「やりますね!」

「これが、わさびの有効活用ね!」

「それは違う気がしますが、よくやりました!」

 そう言って、二人は外の夜景へと視線を移した。

 その瞬間、遥か上空の方で、ギィンッッと何かが捩じ切られるような音が響き、ラセツとティムのすぐ横を、大きな鉄の塊が落下した。朧が、エレベーターを破壊したのだろう。エレベーターがクラッシュするような激しい落下音が響き渡り、建物全体を揺らした。

「人、乗ってなかったかしら……」

「悲鳴とか聞こえなかったので、多分乗ってないでしょう」

「なら、良かった……」

「とにかく、気にしている場合ではありませんよ! ここから急いで離れましょう! ボサボサしてたらすぐにあいつが来ますよ!」

「そうね……!」

 そう言ってラセツが、死神の手を虚空に――二人の一メートルほど下へと出した。

 ティムは、一度機械の蜘蛛を仕舞わないと他の物を出せない。

 ラセツが死神の手の甲にふわりと飛び降りる。片足から降り立ち、ティムへと得意げに手を差し出した。彼女の蒼の瞳が夜空に淡く溶けていくかのようだ。

「ほら、早く」

 そう言って、ティムに手を差し出す。

「おいで」

「……ラセツさん、ホントに肝が座ってますよね」

 そう言いながら、ティムも死神の手へと飛び降りる。機械の蜘蛛達も一緒に飛び降り、ティムのバッグの中に吸い込まれていった。

 と同時に、ティムのバッグから、夜と同化するような色合いの大きな翼を持ったガーゴイルが現れた。

「最初からこれを出していれば良かったですね。急なことだったので動転してしまって……」

「ティムでも、慌てることがあるのね」

「ありますよ、そりゃあ。……逃げますよ。ラセツさんこそ、一緒に来て下さい」

「えぇ」

 その背に、ラセツと共に飛び乗る。

 夜の闇の中、街の光がまるで宝石箱のように瞬いていた。

 百鬼夜行ならぬ、一鬼夜行。

 二人の姿が夜の闇に吸い込まれるかのように、消えていくのだった。

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