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幕間 「うんざりだ」

 ――一年前。


 アーティファクト・ラビリンス研究所の主任は、肩で怒りを表しながら歩いていた。

 ティムが、無断で研究所内のアーティファクトに触れ、勝手にアーティファクト・ラビリンスに入ったとの報告があったからだ。

「ティム!!」

 怒りの声を隠そうともせずに勢い良く扉を開く。中には、包帯を頭に巻かれた状態で、放心している茶髪の少年が一人、佇んでいた。

 ティムが、虚ろな瞳で彼を見つめてくる。彼は一つ溜息をつき、ティムに問いかけた。

「一体、何があった? 何をした? お前の口で説明してみろ」

「……」

 ティムは視線を下げ、口だけを動かした。

「……研究所内にあったアーティファクトを拝借し、二級のアーティファクト・ラビリンスへと入りました」

「それはもう報告を聞いている。なぜ、そのようなことをしたのか? と問いかけている」

 主任はイライラとしたようにそう言い放つ。

 ティムには敬語を徹底的に叩き込んでいる。主任は子供が嫌いであり、ティムから子供らしさを取り除く教育を余すこと無くおこなっていた。そして、ティムもまた、主任の期待に添うだけの優れた知能を持ち合わせていた。

 いつもなら、ティムは、主任が好むような機械的な受け答えをおこなうことができる。だが、今は言葉が上手く出てこないようだった。

 その雰囲気が、主任を苛立たせていた。

 主任の怒りを感じ取ったティムが、重い口を開く。

「……12番が、病床に伏せっています」

「12番……? あぁ」

 主任は思い出すような顔を浮かべて、顎を手で触った。実験の為にここに置いている、身寄りのない子供達の一人だ。

「彼女の病を治したかったので……。二級のアーティファクトを活性化しようとしました」

 二級アーティファクトの、ハードレザーバッグ。能力は、《創造》。思い描いた物を作ることができる能力。それがあれば、何かしらの薬などを創造することもできるのではないかと考えた。


『将来は、素敵な人と結婚して、たくさん子供を作って、これでもかって言うくらいに幸せな家庭を作りたいの』


 12番は、病で倒れる前に、素晴らしい笑みでそう語っていた。

 親に捨てられた彼女の夢は、人の親になると言うこと。

 そんな彼女を助ける為に、ティムは――。


「今朝、死んだ女か」

 主任が一言ポツリと、呟いた。

「――」

 ティムの表情が、絶望に染まる。

「死んだ……?」

「あぁ。ちょうど今、アーティファクト・ラビリンスに入る、人間の状態によって何か変化があるか、と言う実験をおこなっていてな。ちょうど良い、病気の被検体が居たので有効活用させてもらった。まぁ、入ってすぐに食い殺されたらしいがな」

 ティムの目が、怪しく光った。

「食い殺された……? それは、死んだのではなく、殺したと言うのでは……?」

「人聞きの悪いことを言うな。真理へと近づくための尊い犠牲と言え、と教えなかったか?」

「…………」

「それで、ティム。どんな損害を出した?」

「…………7番と、15番が……」

 ティムは、顔を青くして頭を抱えた。

「僕を庇って、目の前で、食い殺されました……」

「ふむ? そうか。思いがけず役に立ったようだな。お前が死ぬと、謎の解明への手がかりがなくなるからな。それで、他には?」

 特に関心がない、と言うように主任は話を流した。彼らは、道具ではなく人間だ。間違いなく生きていた。

 だが、それを伝えた所で主任は眉一つ動かさないだろう。それが分かりきっているティムは、奥歯をギリリと噛み締めた。

「……三級アーティファクトの、武器を、彼らの人数分……。紛失しました……」

「何だと!?」

 主任は打って変わって、ティムへと怒号を浴びせた。

「三級を二つも紛失したのか!? 大損害だ、分かっているのかティム!! お前の浅はかな行動が原因で、それだけの損害を研究所に発生させたのだぞ!! えぇっ!?」

 猛り、怒り狂う。

 三級アーティファクトの市場価値は、せいぜい一千万程度。

 人間の命よりも、重いはずがない。

「お前は私の計画通りに動けば良いんだ! 余計なことをしでかすな!! 私の仕事を増やすんじゃない!!」

 主任は、あまりにも人の命を軽く見ている。

 いや、それは――ティムも同じだ。

 自分は特別だと思っていた。年齢の割に、と言う前置きを外しても頭がよく回った。周囲の知能の低さに辟易としていた。周りの人間を見下していた。

 それが、何だこのザマは。

 三級までなら、実験の過程で潜ったことが何度かある。アーティファクトを回収せずにゴールするだけであれば、難易度はそこまでではない。二級であっても、ゴールするだけならば簡単にできると思っていた。

 別に、12番と特別仲が良かった訳ではない。ただ、憐れに思っただけだ。

 一緒に潜ると意気込んでいた7番と15番を、ティムは一笑に附した。

 世の中には選ばれた人間が居る。君達はそうじゃない。入った所で死ぬだけだ。そう言って、一人で潜った。

 結果は、散々だった。

 彼らが潜ってこなければ、ティムはとうに殺されていただろう。

 ――お前を、助けに来たんだ! 

 やめろ。

 ――一緒に、ゴールしよう! ここから出て、12番を助けるんだ! 皆で!! 

 やめろ。

 君達が助けたいのは、12番だろ? 

 君達にとって、12番が友人だからだろう? 

 アーティファクト・ラビリンスに潜ったのは、その目的を達する為に過ぎないはずだ。なぜ、助けようとする? 君達を見下していた奴を。こんな、嫌な奴を。

 ――逃げ……ろ……! 

 敵に、捕食された状態で、なぜ、他人の心配ができる? 

 何の取り柄もないと思っていた人間達が、そうではなかった。本当は、誰よりも人のことを思う英雄達だった。それを、彼らが死ぬ間際まで気づかなかった。

 彼らは友人の為に、そして他人の為に、全力で行動をすることができた。それと比べてみれば、自分は特別でも何でもなかった。本当に特別な人間であれば、本に出てくるヒーローのように、全てを救えただろう。

 彼らの血飛沫が散り、人が物になっていく瞬間を目の当たりにして、彼らの身を案じることはなかった。代わりに感じたのは、心の底からの恐怖だった。みっともない悲鳴を上げて、醜く逃げ惑い、命からがら現実世界へと戻ってきた。

 全能感や万能感が消え失せていく。惨めったらしい、たった一人の人間なんだと否が応でも気付かされる。この状況において尚、涙の一つ出やしない。自分が、心底、人間的に何かしら欠けているのだと気付かされる。多少頭が回るだけの、空っぽな中身を虚勢で固めただけの薄っぺらい人間。生きている価値のない人間。

 彼らの死を悼むことすらせず、自分の価値について頭を巡らしている今のこの現状すらも。

 全てが、許せない。

「分かっているのか! ティム! えぇ!?」

 主任が怒りの形相を隠そうともせず、ティムの茶色の髪を掴んだ。ティムの虚ろな目が、主任へと向けられた。

 主任は舌打ちをおこない、ティムの身体を突き飛ばす。ティムの軽い身体が、地面を容易に転がっていく。

「……三十分後。また新しい実験をおこなう。それまでに、いつもの状態に戻しておけ」

 主任はそう言って、白衣をはためかせてティムに背を向けた。ティムを捨て置くように、自分の感情だけ激しくぶつけて、そのまま扉を開けて外へと出ていくのだった。


「……おぇええっ!」

 ティムは、トイレで盛大に嘔吐していた。力なくトイレの壁にもたれかかり、全身を小刻みに震わせる。そして、頭を抱えた。

「死んだ……。食われた……。あんなに、あっさり……!」

 彼らに突き飛ばされなければ、自分が、食われていた。

 鋭い牙で身体を貫かれ、咀嚼され、あっさりと死んでいた。彼らが、そうやって死んだように……。

 その光景を思い出すだけで胃の中が空っぽになり、口の中が激しい酸味で満たされる。

 足元をふらつかせながら、ティムは洗面所にたどり着く。鏡に写った自分の目を見て、ティムは――。

「…………」

 言葉を、失くした。

 虚ろな、瞳。

 言葉を偽り、言いなりになる、意志のない目。

 ――助けよう、皆で! 12番を! 

 彼らが死の前に目指していた物を、何よりも大切な言葉を守ることができなかった。

 7番と、15番は無駄死にだった。

 許せない。自分が許せない。そう、思うはずだ。なのに――。

 それを、仕方ないと受け入れてしまうかのような目を、鏡の中のティムは浮かべていた。

 濁りきった、汚い目。

 そこに立っていたのは、意志のない人間だ。現状を嘆いて、何の行動も起こそうとしない人間。

 それが、自分だと言う事実が、ただそこにあった。

 ティムは、自分の両の肩を抱いた。

「あぁ……。あぁぁあ……!」

 こんな目を、自分は浮かべていたのか……。

 ぞわりとした感覚が、突如としてティムを襲った。腹の底から燃え上がるような激情が噴き上がり、それがティムの全身をゆっくりと満たしていく。

「……うんざりだ」

 ティムは、左手を上げた。瞬間、彼の手に添えつけられてある木造りの腕輪が鈍く光った。

 左手から空気の塊が勢い良く噴き出され、鏡に激しい亀裂が走る。割れた鏡が、電灯を反射してキラリと輝き、空中を飛散してティムの左腕を傷つけた。

 激しい音を聞きつけ、研究員達が駆けつけてくる。

「何事だ!?」

 そんな彼らに対して――ティムは左腕を向けた。

「はぎゅぺぇっ!!」

 間抜けな声を上げながら、真っ先に飛び込んできた研究員は壁に叩きつけられ、そのまま地面へと倒れ込んだ。何事かと駆け付けてきた他の研究員達に動揺の表情が一気に走る。

「――うんざりだ!!」

 ティムは腕を振り回して、周りの研究員達を一気に薙ぎ倒した。

*

 研究所内を逃げ出す途中で、ティムは、自分が活性化させた二級アーティファクトを発見した。

 ハードレザーの、バッグ。

 確か、何かを創造するような効果だったはずだ。潜る前に、研究所員の説明書きを読んだので把握はしている。

 ティムがそれに触れると、激しい目眩がティムを襲った。

「……う……っ!」

 アーティファクトを二つ以上所持すると、迷宮酔いの状態が常に付きまとうようになる。アーティファクトの特性と言えた。

「……」

 ティムは左手につけている腕輪を取り外し、放り投げる。そして、ハードレザーのリュックを背負った。

 三級アーティファクトよりも、二級アーティファクトの方が強いのは間違いない。

 二級アーティファクトのリュックを背負ったその時、頭に銃を突きつけられる。

「ティム。何をやっている? 勝手な行動は許可していないはずだ。早く、研究所に戻れ」

 主任の冷えた目が、ティムへと向けられていた。

 ティムは、茶色の髪を振って、振り返った。そして、鋭い意志を持つ目を主任へと向けた。


「僕は――。僕の生きている意味を、探しに行きます。……邪魔しないで下さい」


 ティムは、指をパチンと鳴らした。

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