第9話 剣術を教えてもらう桃太王
「なー、頼むよ婆さん。俺に剣術を教えてくれよ」
「だから、めんどいと言うておるじゃろ。儂はゴロゴロダラダラしたいんじゃ」
「頼むよー。鬼の襲撃まで時間がないんだしさー」
あの手この手で婆さんを懐柔しようとするが、すべて失敗した。
家事とか身の回りのことは男衆が全てしている。下手に手を出すと「ポイント稼ぎっすか」とやっかみを受けてしまう。
肩を揉んだらくすぐったがって逃げられた。しかも凝ってなくてぷにょぷにょだった。一日中だらけているんだ、凝るわけがなかった。そしてやっかみパート2。
働いてもいない俺には金銭での懐柔は不可能。贈り物も、村人たちから貰いまくりで効果なし。アンドやっかみパート3。
なので頼み込むしか手段は残されていない。俺は頭を下げまくった。
「鬼の襲撃?」
こてん、と首をかしげる婆さん。あまりの可愛らしさに男衆が次々と撃墜されているが、そんなもの俺にはきかん。ヒメちゃんだったら兄心を撃ち抜かれていただろうが。
というかなんで婆さんが鬼の襲撃を知らないんだよ。
「ほら、桃太郎が育ったら鬼が攻めてくるじゃん。で、桃太郎が鬼ヶ島まで行って反撃する。オーケー?」
「……ん?」
「なんで初耳、みたいな反応なんだよ。今までの桃太郎はどこ行ったと思ってんだ」
「なんか急に出てったり、村に住んだりしたぞ」
「行く末を見届けろよ親代わり!」
「ていうか桃ちゃんなんでそんなこと知ってんの?」「村の爺婆でも知ってるの少ないのに」「あれじゃね予知能力的な」「マジかよ天命授かった系じゃん」
「あーそーだよ天命が来たんだよ!」
どばばーん、と天に指を掲げて勢いでごまかす。
おー、と男衆は拍手してくれるが危なかった。転生とか言ったら頭おかしいと思われるしな。あれ、転生って仏教の考えだっけ? 大丈夫だった?
とにかくここは強引に押す!
「そんなわけで婆さん! 剣術を教えてくれ!」
「面倒じゃし時間がないから無理じゃ。あと面倒じゃし」
「大事なことじゃないから2回も言わなくていい! 時間がないのはわかってる。だからこう、奥義だけをちょちょいっと」
「んな簡単なもんかい。百年単位の修業が必要じゃ。いくら暇つぶしの手慰みでも数日で会得できるもんじゃないわい」
まじか。まあ、明らかに物理法則無視してるしな。
しかし俺はめげる訳にはいかない。兄として! 兄として!(大事なことなので2回言った)
「お願い、なんでもするから!」
「「「「ん? 今なんでもするって言った?」」」」
「お前らには言ってねーよ!」
「仕方ないのう。どれ、裏の物置小屋にあったかの。ついておいで」
婆さんが、しぶしぶといった感じに腰を上げる。
やったやった、と喜び勇んでついていく。この流れで物置小屋ってことは、刀だな!
物語の方の桃太郎では、特に名刀であるような描写はなかったが、なんせこの婆さんはこう見えて座敷童子。さぞかし名のある名刀がごろごろあるに違いない。
物置小屋で「あれ、どこにやったかのう」とごそごそ探していたが、ようやく棒のようなものを持って出てきた。
「ほれ、これを使いな」
「やったー刀だーってこれ斧じゃねーか!」
棒の先には、黒くて固くて分厚い斧の刃がついていた。
婆さんは、ぐっと親指を立てて、
「質量は正義じゃ!」
「そりゃ半端な剣術よりかはマシかもしんないけどさぁ!」
斧やまさかりは金太郎の武器だろ?! 桃太郎が持ってどうすんだよ!
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俺はいま、斧をぶんぶこ振っている。
この斧はもともと薪割り用だったが、婆さんが奥義で割るようになったので小屋にしまっていた物らしい。
今は筋トレと割り切って斧を振っている。斧だけに。
ていうか違くね? 桃太郎の武器じゃなくね? 主人公が斧キャラなんて金太郎かディ○ーネくらいしか思い浮かばんわ。
「ほれ、気が散っとる。集中して振らんかーい」
「へーい」
普通ならこんなバランスが悪い武器、振り回すどころか振り回されるのが落ちだ。しかしこの桃太王の48のチート能力のひとつ【怪力】があれば、猫じゃらしのように振り回せる。なお、残りの47の能力については未確認であるし、「マイト」は今思いつきで名付けた。
そんな俺を、婆さんがいちおう指導してくれている。縁側に寝っ転がりながら羊羹をつまみがてら。片手間か。
指導内容も、「なんか違う」とか「あ、そんな感じ」とか「もーちょっとバーンって!」とかふわっとしている。
「なー婆さん。もーちょっと、具体的で効率的な指導とかできないの?」
「できんな。暇つぶしにアレコレしたことが、なんかすごい積み重なった結果偶然できた代物じゃからな。三ツ奥を会得するためには、米粒に写経もやったほうがいい気がするんじゃが」
「マジかよ奥義パねぇな」
絶対関係ないと思うが、理論も理解してないド素人が頭ごなしに否定するのは違うと思う。実際にやってみて、理解してから「やっぱいらねえじゃん」と言いたい。だから今は言わない。婆さんの機嫌損ねたくないし。
とはいえ時間がないのも事実。必要ないかもしれない訓練は後回しで、必要不可欠な訓練をしていきたい。
なので屋敷の周りを走り込んだり、斧での素振りをしている。
どれもこれもこの体には負荷にすらなっていないので、効果があるのかは不明だ。
そんなやる気のない部活のような訓練を終え、ヒメちゃんのお世話をすることで誕生4日目の嵐のような日は、浦島太郎の探索という目的を忘れたまま終わっていった。
日にちを間違えていたので訂正
誤:誕生三日目の嵐のような日は、
正:誕生4日目の嵐のような日は、