第3話 桃太郎じゃなかった桃太王
「さて、お主に名前をつけなくてはな」
「え? 桃太郎じゃないの?」
「お主以外にもおったからのう。ぶっちゃけ飽きた」
飽きた、て。
まあ、桃太郎にそんな思い入れもないし、好きにしてもらって構わないけど。
「ふぅむ、そうじゃな……『桃栗三年柿八年太郎』でどうじゃ?」
「何から生まれたかわかんねーよ?!」
ギャグでも嫌すぎるわそんな名前!
しかし婆さんは、少ししゅんとしながら、
「そうか、いい名前じゃと思ったんじゃがのう」
本気だったのかYO!
だめだこの婆さん、ネーミングセンスがゼロだ!
ここは俺がなんとかしないと、とんでもない名前にされるぞ!
「素直に何代目桃太郎じゃだめか?」
「何代目かも、うろ覚えじゃからのう。『だいたい目桃太郎』とかになりそうじゃ」
なりそうじゃ、じゃねーよ。なんで名前にダジャレが入るんだよ。
「ちょっと捻って『桃一郎』とかどうだ?」
「だめじゃ。太郎は譲れん」
なんだよそのこだわり。
「大きい桃から生まれたってことで『大桃太郎』!」
「別にお主の桃は大きくないぞ」
まじかよ何故かへこむわ。
「読み方を変えて『桃太郎』は?」
「豚○郎?」
ラーメン屋になっちゃった!
俺の名付けはなかなかに難航する。ああでもない、こうでもないと話すうちにネタが尽きた。前世の名前すら却下されたから本当にないぞ。
「しかしお主は生まれたばかりじゃというのに、よく喋るし知識も豊富じゃのう」
婆さんが感心したように言う。
やべ、ツッコミとか勢いで話しちまったが、普通の桃太郎は生まれてすぐは喋らないか。転生とか隠してたほうがいいよな。
「あれじゃな、お主は桃太郎の中の桃太郎じゃな」
意味がわかりません。
転生とかに気づいてる訳ではなさそうだが、キングオブキングス風に言わないでいただきたい。
「おお、そうじゃ。お主は桃太郎の中の桃太郎、桃太王じゃ!」
「語呂はいいけど中国風だな!」
思ったそばからキング呼ばわり。
三国志や水滸伝に出てきそうな名前だ。どちらかといえば、王とか候とかが出まくる西遊記のほうか?
「うむ、お主も気に入ったようじゃな」
「え、いや別に気に入っては……」
「よしよし、桃太王、ここに誕生じゃー!」
なんかすっごい笑顔で宣言された。乾杯ー、て桃をぶつけ合うな。せめてお茶の方にしてくれ。
まあ、俺も疲れたし、そんな悪い名前じゃないからこれでいいかな。
「って、『太郎』へのこだわりはどこにいったー?!」
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「名前も決まって落ち着いたところで、ちょっといいかな」
なし崩し的に桃太王に決まり、婆さんが秘蔵の酒を持ち出したことで宴となった。男衆も秘蔵の品を出してきたが、婆さんに没収される。なにか泣きながら誓い合ってるが『桃宴の誓い』はそうじゃねえ。
「なんじゃ桃太王、しけた面して。もっと飲め!」
幼児に酒を勧めるな。あと俺が持ってるのは茶碗じゃなくて桃だ、桃に酒をかけるな。「おっとっと」じゃねえ俺の手ごと桃を食べるな。男衆、酒を自分たちの股間にかけるな。
どいつもこいつも、酒癖が悪いにも程がある!
「俺、いいかげん風呂に入りたいんだけど。桃から出てそのままだから、桃の汁でベッタベタだし」
さっきから蝿や蟻がたかってきて鬱陶しい。蟻が俺のお宝を噛んで悲鳴を上げたの、見てただろ? 気づけよ保護者ども。
「あいにくこの家に風呂はなくてな。川での行水でもいいか?」
「洗い流せるなら、なんでもいいよ」
俺の手を口に含んだままモゴモゴと喋った婆さんの言葉を、男衆の一人が翻訳してくれる。
「ってかここにいる全員、水浴びでもしたほうが良くないか? 桃も殆どなくなったし」
俺は言うに及ばず、男衆も酒をかけてたし、婆さんも桃の果汁でベタベタだ。着物にまでかかってるけど、あれ染みになるんじゃね?
男衆の視線が、男衆それぞれ→俺→婆さん、と動き、二度見の勢いで婆さんにロックオン。
……コイツラの心情が手に取るようにわかるわ。
「婆さんとッ! 混浴ッ!」「合法的にッ! 合理的にッ!」「酒の勢いでッ! 組んず解れずッ!」「正しくは解れつだがッ! 解れたくないッ!」
余裕でアウトすぎる。
仕方ない。友人から教わった、こういう奴らに効く魔法の言葉を唱えるか。
「YES ロリータ NO タッチ!」
途端に男衆の動きが固まる。効果はバツグンだ!
手のひらを頭の横まで上げ、「ノーノーノー」と言いながらアピール。体格も相まって反則を取られたプロレスラーにしか見えない。
男衆を一人ひとり睨みつけながら、しかし俺はコイツラに頼らざるを得ない事態を理解していた。
俺は生まれたばかりで、さすがにまだ歩けない。川の位置も桃の中にいたのでわからない。婆さんは酔いつぶれてまだ俺の手をモゴモゴしている。
男衆に運んでもらうしかないのだ。俺がしっかり監視して、婆さんを守らねば!
作者は「組んず解れず」と間違って覚えていました。
でも「桃宴の誓い」は間違ってません。三国志の方は桃園の誓いですが、作中は宴の最中の出来事なので。