第1話 桃から生まれる(予定の)桃太郎
俺は死んだ。
そのことについては色々言いたいこともあるが、さておき。
気がついたら生きてた。なんだそれと思うかもしれないが、そんな感じだ。川を渡ったり花畑があったり、神とか閻魔大王との会合とかそういったイベントもなし。
周りは真っ暗でよく見えないし、狭いところに入ってるっぽいしで、状況はよくわからん。ひょっとして棺桶の中で息を吹き返した的なサムシング?
自分の体温とか脈拍とか確かめてみると、ちゃんとある。死んだと思ったのは気のせい、もしくは九死に一生的なアレ?
と思った。思いたい。思わせてくれ。
しかし辺りに立ち込める濃密な桃の香り、ゆらゆら波間に漂うかのような揺れ、そして聞き間違え様のない唯一絶対にしてオンリーワンな音。
《どんぶらこ~。どんぶらこ~》
俺、桃太郎に転生したの?
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《どんぶらこ~。どんぶらこ~》
俺が入った桃が流されている。と思う。
《どんぶらこ~。どんぶらこ~》
外が見えないからなんにもわからん。今が昼か夜かすら、判断できない。
《どんぶらこ~。どんbグヘッゴホッゴホッ!》
暇だなーって咳き込んだ?! え、音じゃなくて声だったの? 確かに「どんぶらこ」ってどんな音だよって思うけどさ!
「ってか誰だよ!」
思わず声に出てしまった。
《……冗談です》
なんだー冗談かー。
「って冗談で済むかー!」
《どんぶらこ~。どんぶらこ~》
何事もなかったかのように再開する。
「ふざけんな! なんか事情知ってんだろ! 説明しろドン・ブラ子!」
《私はドン・ブラ子という名前ではありません。どんぶらこ~》
訂正だけして説明する気ゼロだぞこいつ!
ムキになった俺は、矢継ぎ早にまくしたてる。
「説明しなけりゃドン・ブラ子と呼び続けるぞドン・ブラ子!」
《私はドン・ブラ子という名前ではありません。どんぶらこ~》
「だったらお前の名前を言ってみろドン・ブラ子!」
《私はドン・ブラ子という名前ではありません。どんぶらこ~》
「ほんとは何も知らないから言えないんだろドン・ブラ子!」
《私はドン・ブラ子という名前ではありません。どんぶらこ~》
息切れするほど騒ぎ立て、ドン・ブラ子を連呼して得た情報は、「ドン・ブラ子ではない」「女性っぽい声」「繰り返す、ドン・ブラ子ではない」だけであった。つまり成果ゼロである。
俺がこうしてぐったりと力尽きているにもかかわらず、ドン・ブラ子は軽快に「どんぶらこ~」と繰り返す。繰り返しすぎて「どんぶらこ~」が「Don't break out」に聞こえてくるわ。鋼の喉かこいつ。こうしてみると咳き込んだのは、ほんとに冗談の可能性があるぞ。
諦めて、桃に揺られるに身を任せる。騒ぎすぎたせいか、少し眠くなった。考えてみれば、俺はまだ幼児? 乳児? 胎児? とにかく幼い。体力がないのだ。
波間の揺れをゆりかごに、ドン・ブラ子の声を子守唄に、俺は眠りに落ちていった。
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少し騒がしい気がして、目が覚める。人の声が聞こえた、気がした。
「なんじゃあれは? ……おお、もうそんな時期か」
ドン・ブラ子か、と思ったが違う。別人の声だ。
桃太郎の話的に考えれば、婆さんか? 婆さんだ。婆さん、キターーーッ!
ようやくこの狭い1LDMから解き放たれる!
ついでにドン・ブラ子の声からもオサラバだ! へへん、ざまーみろ! 今後お前の出番なんか、かけらもねーよ!
《お疲れ様でした。お忘れ物の無いよう、ご注意して降桃してください》
「電車の降車アナウンスかよ! 忘れ物とかしたくてもできない身一つだよ! あと降桃ってなんだよ初めて聞いたわ!」
思わず大声でツッコミを入れたが、慌てて口を抑える。婆さんにしゃべる桃だと不気味に思われ、スルーされるのは嫌だ。
てか、婆さんだよね? 桃の果肉越しだったからか、声がやけに若く……ってか幼く聞こえたんだが。あとそんなに驚いてないし。なに、旬なの? 桃太郎は今が旬なの?
桃の中がゆるく傾き、引き寄せられた感じがする。降桃アナウンス以降はドン・ブラ子の声もやみ、川岸に無事接舷したらしい。ああ、「感じがする」とか「らしい」とか、外が見えないからもどかしい!
ていうかドン・ブラ子やんだよね? 延々聞き続けたせいか、まだ聞こえてきてる気がするんだけど。
「よっこらせ……重っ! めちゃくちゃ重っ!」
……まあ、よく考えれば「赤子が入った桃」って重いわな。えーと、新生児がだいたい3kgか? それがまるっと入るサイズだとすると、どんなに小さく見積もっても合計5kg。果肉の厚みから推測すると10kg前後。絵本を参考にしたら100kg超えてても不思議じゃない。
婆さんの腰が死んじゃう!
「おい、お前たち! どうせ隠れて覗いとるんじゃろが! 出てきてこの桃を運べ!」
「えー、まじっすか。バレてるんすかー」「オレたちが居るのわかってて今まで指摘しなかった婆さんに胸キュン」「むしろ見せつけて興奮してた痴女である可能性が微レ存」「また薄い本が厚くなる」
ガサガサと音がして男の声が複数聞こえた。え、なに、婆さんの洗濯を覗いてた奴がいたの? しかも複数? なにここ老け専の村?
俺の混乱をよそに、男衆に担がれ俺イン桃が運ばれてゆく。なおその際、婆さんと男衆の間で洗濯物の攻防があったが、俺の老け専変態村という認識を深めるだけだったので割愛する。
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婆さんの家に着いたのか、ゆっくりと桃が降ろされる。
ようやく待ちわびた誕生のときだ。桃太郎といえばこの誕生シーン。やっぱ桃が真っ二つになったときに派手に飛び出したほうがいいよな、絵本みたいに。
いや待て、桃の中に包丁を避けるスペースなんてないぞ。桃が真っ二つイコール俺も真っ二つじゃねーか。自力か? 自力で桃を割るか?
「さて、こんな大きい桃は一人じゃ食いきれないね。お前たち、食ってきな」
「まじっすか、食っちゃっていいんすか」「バカお前、桃の話だよ」「オレ、さっき手に入れた下帯と絡めていただくんだ……」「おいいつものように四等分だからな」
男衆のHENTAIレベルが高い。それはもう運ばれてる最中の言動で身にしみてわかっている。というかここまでくると婆さんが可哀そうだよ。俺、桃から生まれたら婆さんに優しくするんだ……。
ここでふと、気がつく。あれ? 桃太郎にこんな男衆出てこないよな? ていうか桃は爺さんと一緒に食べるんじゃなかったっけ?
この桃太郎、なんか変だぞ!?
書き溜めがある限り毎日更新します。