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9、女だからって誰でもいいわけじゃねぇんだよ! 前編

  腕を引っ張られるままエレベーターに乗った翔矢は、ろくに見もせず適当なボタンを押している妹の頭をぐしゃぐしゃにしてやった。


「わっ、なにするの!?」


「お前はオレより頭がいいんだから、ちょっと落ち着け」


「止め方がが雑だよぉ~。でも、そうだね、混乱してたみたい。思わず逃げちゃったけど、私達も記憶を消されちゃうのかな?」


「今のとこはそんな感じしねぇけどな。ま、消えたら、そん時は諦めるぞ! こうして話したことも忘れてるから、悩むだけ無駄無駄」


「お兄ちゃん、潔よすぎだよ!? ちょっとは一緒に悩んでよ。……あっ、エレベーターって一番ダメな場所だぁっ、なんで気づかないの、私!」


 突然落ち込みだした美琴に、翔矢は腕を組んで首を傾げる。ようやく頭が回りだしたようだが、いったいなにがダメなのかさっぱりわからない。壁に寄りかかって頭のいい美琴を見ると、頭を抱えて半泣きの顔をしている。


「だって、ここ密室だし、ガスを噴射されたら逃げ場がないよ。こういう時は階段で逃げなきゃ!」


「なるほど。けど今回は逃げられそうだぞ。ほれ」


 音を立ててエレベーターが止まる。表示されているのは三階だ。二人はひとまずそこで下りる。広いフロアだ。警戒しているのかびくついているのかわからん妹を他所に、翔矢はズカズカと気の向くままに歩き出す。


「待ってよ、置いてかないで! ねぇ、お兄ちゃん、どこに行くつもりなの?」


「ああ? 階段を探せばいいんだろ? 歩いてればそのうちに見つかるさ」


 慌てている美琴の声に、一度足を止めてやり翔矢はあっけらかんと告げる。迷路じゃあるまいし、どこかにはいき当たるはずだ。それに人に会った時にでも聞けばいい。気の小さな美琴がまた服の裾を握ってくる。小さな頃から抜けない癖に、翔矢は笑って再び歩き出す。


 そうして、人気のない部屋をいくつか通り過ぎ、僅かに物音がしているドアを見つけ出した。ここなら、人がいそうだ。ドア越しにざわつく空気と、微かな機械音が聞こえてくる。翔矢は階段の在りかを聞くために、ドアをノックした。


「もしもーし、誰かイマスカー?」


「なぁに? 勝手に入ってよ」


 中から声がしたため、ドアを開いてみる。すると、中では砂袋を殴りつけている青年やら、ジョギングマシーンを軽快に走る女性など、年齢がバラバラの人が運動をしていた。どうやらここはトレーニングルームのようだ。


「しっ!」


 一番近くで鮮やかな赤い三つ編みが鞭のようにしなった瞬間、ガシャッと嫌な音がした。翔矢は危険を察知し、美琴を抱えて素早く右側に飛び離れる。同時に今までいた場所に、砂袋が飛んできた。まさに間一髪であある。廊下の壁に衝突した砂袋は、重い音を立てて廊下に転がっている。撒き散った砂が広がり、さながら小さなビーチだ。冷や汗を拭った翔矢は抱えていた妹を隣に立たせてやる。


「危ねぇなぁ。美琴、大丈夫か?」


「う、うん……心臓が痛いだけ……びっくりしたぁ」


音和おとわっ!! お前また壊したのか!? その子に当たるとこだったぞ!」


「うるさい。簡単に壊れるこいつが悪いんだ。……見ない顔だな。誰だ?」


 乱れた赤髪を掻きあげて、女の切れ長の目が翔矢達を無表情に見上げている。おいおい、謝りもしないとは随分な態度じゃねぇか。だが、相手は女である。さすがに手は出せない。兄の機嫌が急降下しているのを感じ取ったのか、美琴が兄の後ろからひょこっと顔を出して挨拶する。


「あ、あの、お邪魔してごめんなさい! 両親について会社に来たんですけど、ちょっと迷ってしまって……出口だけ教えてもらえませんか?」


「可愛い……あ~こほんっ、出口ならオレが一緒について言ってあげようか? や、やっぱり口頭の方がいいですか!?」


 とたんに女─音和に注意していた男がデレッとにや下がる。ウキウキした様子で近づく男に、翔矢がギンッと睨みをくれるとデカイ身体が縮こまった。どいつもこいつも! 無礼な奴らめ!


「……名前は?」


 女は瞬きもせずに翔矢に尋ねてくる。なんだ、この女? 素直に答えるのも癪に障るので、目つきの悪さが軽減する涼やかな笑顔で答えてやる。


山田太郎(やまだたろう)デス」


「あれっ、翔矢と美琴ちゃん? さっき振りだねぇ、こんなとこでどうしたの? もしかして、本当に新人さんになったのかな?」


 偽名で通そうとしたのに、呑気な声が全てを台無しにしてくれた。ちっと舌打ちしていると、肩にかけたタオルで汗を拭きながら、純が近づいてくる。


 彼が声をかけてきた途端に、トレーニング室からきつい視線が飛んできた。女達からの嫉妬のようだ。顔はいいから人気があるのだろう。呑気に推察している間に危険は以外と近づいていた。音和という猛獣が大きく口端を釣り上げている。


「聞くからにわかる偽名を使おうとはな、いい度胸だ。それともただのバカか?」


「初対面なのに、ずいぶんなこと言ってくれるな、この猛獣女め! 蹴りで砂袋をぶっ壊すなんて、どんな足してんだよ」


「こんな足だぞ。ふふん、お前みたいなモテない男には刺激が強いか? そんなイヤラシイ目で見るなよ」


 ハーフパンツから覗く白い足が見せつけるように上げられる。すらりと細く綺麗な足ではあるが、持ち主がこの女では惹かれるものがいっさいない。この女、挑発してやがるな。半眼で眺めて、鼻で笑ってやる。





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