8、オタクってのは、趣味を突き抜けた神の呼び名なんだろ 後編
「人外な怪物と戦う相手といえばヒーローだ。ならば、ヒーローらしい恰好をしなければいけないだろう!」
「いや、まさかの大当たりかよ!?」
「えっ、そんな理由!?」
真面目な顔で断言してくれちゃってるけど、こいつ、ど天然なのか!? いやいやいや、いい年したおっさんがど天然で誰が嬉しがるんだよ! 愕然とする翔矢と美琴に秋成はその反応こそが不思議だというように怪訝そうにしている。その反応をしたいのはこっちの方なんデスケド!?
「それ以外になにがあるんだ?」
「うふふ、私達とってもあの恰好が似合っていたのよ? パパなんてママに一目ぼれしちゃったくらいだもの」
「オレはあの衣装を着た沙織に助けられたんだ。それで、追いかけて追いかけて、自分も戦闘部隊に志願した。こんな澄ました顔をしちゃいるが、秋成も同じ仲間だったんだぞ」
「お前の場合は極めて特殊だ。本来は一般人に戦闘中の姿を見られた場合、本人の記憶を消すのがホークアイの決まりだ。しかし、中には記憶削除のガスが体質的に効かない者がいる。君達の父親がまさにそうだった。鉄次は本人の希望と運動神経が極めて優れていたために、ヒーロー側に立ってもらうこととなった。それが無理な場合はこちらに協力してもうらことになっている」
「そ、そんな……勝手に人の記憶を消すんですか……?」
「人々の平穏な生活を守る為だ。その為には、知らない方がいいこともある」
「それって、正しいことなんですか? 嘘で安全を守るなんて……」
美琴が不安そうな顔をしている。そりゃあよ、魚人だ、ヒーローだ、おまけに記憶を消すガスまであるぜ! なんて聞かされたら、混乱もするだろう。しかし、翔矢は違う考えを持った。
「まあ待てよ、美琴。なんでそんなシンコクに考えてるんだ?」
「だって、お兄ちゃん!」
「いいじゃねぇか。お前だってさっき言ってただろ? 『怖い』って。そう思う奴は他にもいるんじゃね? そいつ等にとっては、知らない方が幸せだろ」
「そうかもしれないけど……」
「それに悩んだところで意味ねぇよ。こいつは、オレ達を知らない側に戻すこともできる。だから、そんな風にペラペラ話してんだ」
「翔矢、君は本能的な勘に優れているようだな。そうだ。君達は今こちら側に足を踏み入れている。だが、昨日まではなにも知らずに生きてきた。そして、記憶を消されればこれからも同じように生きていける。嘘で成り立った平和な世界の中で。──選択権を君達に渡そう。まずは話を聞いてほしい」
「だとよ。聞いてみようぜ、美琴。それで断るも受けるも自由って言ってるんだ。選べるだけマシじゃね?」
「……あの、聞くだけ、なら」
「ありがとう。──父はさまざまな場所で戦力になりそうな者を片っ端からスカウトしていたらしい。それだけ切羽詰まった時代だったということでもある。しかし、この二十五年間で、全世界に現れるようになったディークラウンはそのほとんどを秘密裏に処理されていった。その努力もあり今では約九十パーセントが殲滅され、人類の脅威は去ったかに思われた。だが、実際は違う。奴等は姿を変えて、今度はネットワークにその身を潜ませていたんだ」
「ネットだと? そんなこと出来んのかよ?」
「彼らの生態にはまだ未研究な部分が多い。実際にネットワークを通してその姿が認知されたのは三年前だ。VRゲームの敵キャラクターとして紛れ込み、ゲーム内をシャットダウンさせた」
「迷惑な奴等だな」
「当初はただのバクと判断され、ゲーム運営会社が直接対処しようとしたんだ。ところが、担当スタッフがゲームにログインした際に、システムを停止中にも関わらず攻撃され、昏倒することとなった。ゲーム内の出来事が現実に影響を与えた。奴等の不可思議な能力が関係しているのだろう。我々の元に情報が寄せられたのはその後だ」
「新たなシステムの構築に一月、そこから安全確認をしてオレ達が実際に使えるようになるのに、二カ月かかったんだぞ。生身のオレ達が今度はネットワークに飛び込んで戦わなきゃいけなくなったんだからな」
「生身の人間がネット内で戦うなんて、実際にできるんですか……?」
「ホークアイには天才と名高い科学者が集結している。彼等は人間の精神をネット内にシンクロさせる技術を作り上げてくれた。そのおかげで、ネット内で暴れていたディークラウンをまさに消去することに成功したのだ」
空中に映し出された映像の中で父と母と思われるヒーローが、巨大な鳥の化け物と戦う様子が映し出されている。絶妙なアングルで二人同時に蹴りを入れる様子が撮影されているので、まさに戦隊モノのテレビ番組を見ている気分になる。この編集ってこいつがしてんのか?
「さて、ここまで説明したわけだが、我々の立場は理解してくれただろう? ここから本題に入らせてもらうぞ」
「なぁ、この映像を作ったのってあんた?」
攻めの姿勢を見せていた秋成の言葉を遮り、翔矢は疑問に思ったことを聞く。そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、マヌケな顔が答える。
「はっ? ……あ、ああ、そうだが?」
「あんたさ、戦隊ヒーローモンが実は大好きなオタクだろ?」
「なっ!?」
「ぶふっ、はははっ」
「うふふっ」
人差し指を突き付けてズバリッと指摘してやると、父と母が噴き出した。秋成は動揺したのか手元のリモコンで映像を消すと、明るくなった部屋の中で、凛々しい眉をつり上げて否定する。
「な、なにを言ってるんだ!?」
「隠さなくてもいいぜ。オタクってのは、趣味を突き抜けた神の呼び名なんだろ? オレのダチが言ってたことだからな、間違いない。ちなみにそいつはアイドルオタクって奴らしいぜ」
「いや、だから」
「わかりやすくて面白い編集で退屈しなかったわ。親父達のコスプレ趣味も違ったみたいだから、もういいや。腹減ったから、帰りてぇんだけど」
翔矢はソファから立ち上がって伸びをした。あーダルい。人の話を聞かない翔矢に、秋成の青い目が光る。
「空腹ならば私と食べに行かないか!? オタクという誤解も解きたいものだしな! 良い店を知っている。ぜひ君達ともっと深い話がしたい」
「へぇ、それって回らない寿司でもいいの? 今ならあんたの財布を破産させるほど食えるぜ?」
タダで上等な寿司がつくなら考えないでもないな。現金な翔矢がそう考えていると、美琴に袖を強く引っ張られた。わかってるよ、冗談だっての。大きな目を鋭くした美琴が震えながらも秋成に対する。
「そ、それで、お兄ちゃんと私にヒーローになれって言うんですか……?」
「世界を守る為に君達の力が必要なんだ。どうだろう、協力してくれないか?」
「……で、でも……お兄ちゃん」
目が笑っていない。秋成の真剣な顔に怖気ついたのか、美琴がまた翔矢の後ろに隠れようとする。やれやれ、今回は頑張った方か。翔矢は困っている妹の代わりに、胸を張って自分の答えをはっきりと教えてやった。
「ヤダよ、人助けとか面倒くさい」
「えっと、申し訳ないですけど……私もお断りさせていただきます。面倒くさいわけじゃないですけど……いくらヒーローのハイブリッドであっても、私の運動神経は普通なので、期待するだけ無駄だと思います」
「それならば問題ない。機関の技術を使えば、戦闘服を装着することで、潜在能力を十分に引き出し、攻撃力と防御力の要となる筋力の底上げも可能だ。こちらも戦闘員を失うつもりはないのでな」
「親子でヒーローかぁ……すごくいいな、それ! 美琴はオレと同じ色でスカートを作るか? 翔矢はお揃いってのもありかな!?」
「ねぇよ」
「あなた、美琴ちゃんは女の子よ。翔矢ちゃんと合わせるのはいいけれど、お揃いにするなら私とよね? きっといつもより可愛いくなるわぁ」
「もうっ、二人ともちゃんと聞いてた? 私もお兄ちゃんも断ってるのに!」
父と母の頭の中ではすでに翔矢と美琴がヒーロー衣装を着ているらしい。幸せそうに花を飛ばしている様子に呆れる。この花畑夫婦は、本当にどうしようもねぇな! どうやって目を覚まさしてやろうか。
「ヒーロー衣装なんて絶対に着ねぇよ。オレ達までコスプレ趣味だと思われるわ」
「と、とにかくお断りします。お兄ちゃん、行こう!」
寿司に未練を残しながらも、翔矢は美琴に腕を引っ張られるまま、仕方なく社長室から逃げ出したのである。親父達を置いてきちまったけど、まぁいいか! どうせ後で合流するだろ。オレ達の記憶が消されてなけりゃあな。