7、オタクってのは、趣味を突き抜けた神の呼び名なんだろ 中編その二
「彼は、動物研究の第一人者、黒田文太。彼が唱えたのは、それまでの見解と異なる意見だった。この事件の加害者は人間ではないと断言したんだ」
空中に投影された映像の中で頑固そうなじいさんがピースしている画像に切り代わる。意外とお茶目なじいさんのようだ。そしてわかりやすくイラストを交えた説明が始まる。
犯人とされる人影が被害者を押し倒して腕に噛みつている。被害者の人影は両目を××にしていかにもやられましたという感じだ。
「黒田教授は理由をこう述べた。第一に被害者の噛み傷と人間の歯が一致しないこと。第二に、残されたDNAに人間以外の動物のDNAと酷似したものがあったこと。この二つを理由に、教授は動物が突然変異した可能性があると訴えたんだ。しかし、当時の国や警察は黒田の意見を妄言だと切り捨ててまともに取り合おうとはしなかった」
今度はじいさんが膝をついてOROZの姿勢で絶望を表現している。なんだこのじいさん、ノリいいな! どこかポップな作りの映像のせいもあり緊迫感がちっとも伝わらない。翔矢は皮のソファーに片肘をついてあくびをした。
「こらっ、ちゃんと聞きなさい!」
「うるせぇぞ、親父。要するに、噛みつき事件の犯人がなかなか捕まらなかった時に、動物に詳しいじいさんが調べていたら、あれ、これ人間じゃなくね? って結果が出た。んで、警察やらなにやらが、その結果を聞いて、いやいやそんなわけないじゃん! 犯人が人間以外ってそりゃねぇっしょってなってんだろ?」
肘に頭を乗っけて親父にそう答えると、驚いた顔をされた。なんだその意外と言わんばかりの反応は。オレだって聞くときはちゃんと聞くぞ。勉強は嫌いだがな。
「おおっ、言い方はあれだが、一応内容は理解しているようだな! しかしな、警察の中にも頭の柔らかい人間もいたんだよ。それが、秋成のお父さんだったんだ」
父が口を挟む。秋成は美味しそうにカステラをほうばる鉄次を一瞥して、再び口を開いた。
「そうだ。当時、警察の係長だった父はDNAの結果を根拠があるものと判断した。だから密かに自分のチームを指揮し作戦を立て、自らを囮とすることで敵の正体を暴こうとした。そうして、命がけで囮役を果たした父が生け捕った犯人の正体が、これだ!」
語尾に力を込めた秋成の声に反応するように、空中に人外な生物の全身像が浮かび上がった。そのふざけた姿に、翔矢は思わず目を丸くした。
「キモッ、不味そうな面してんなぁ」
「こんなの食べる人いないよ。うわぁ……ぬめってそう」
顔は魚なのに、身体は人型に近く、全身が鱗で覆われている。冗談のように生えた尻尾の先がハートに見えて変な愛嬌を振りまいている。どんなに振りまかれても惹かれるものはまったくもってない。見ているだけで魚臭くなりそうだ。それに、なんとなく見た覚えがある。最近だよな? と考えた翔矢は数回瞬いて、それがゲームで見たことのある魚人と似ていることに気づいた。RPGの雑魚キャラに出てきたのだ。
「冗談みたいな外見だが、これは実在した生物だ。この生物の総称はディークラウンと名付けられた。環境破壊が叫ばれている近代、あるいは突然変異することで環境に適合しようとしたのかもしれない。しかし、国はさすがにこの事実を公表することをためらった」
「なんでだよ? 教えてやんねぇと怪我人が増えちゃうだろ?」
「私にはためらっちゃう気持ちもわかるかも。だって、こんなのがうようよ出てきてますなんて言われたら、皆パニックになっちゃうよ」
「オレはならねぇぞ?」
「普通はなるの! 私だって、こんなこと知っちゃったら、外を歩くのが怖くなりそうだもん」
「そういうことだ。だから、国は警察内に新たな機関を作ることを提案したんだ。ここは普通の会社に擬態しているが、実際は国家の名の元に作られた秘密警察機関、その名も鷹の目。ホークアイは、国家と警察の上層部にしかその存在を知らされていない隠された組織だ。その統率者として任命されたのがディークラウンの生け捕りに貢献した父であり、現在は私がそれを継いでいる」
「はぁ~ん。あんたの立場とか、化け物がマジで人を襲ったことはわかったわ。けどわかんねぇのは、なぁんで、オレ達はその話をまったく知らねぇの? 普通はさ、どんなに隠しても噂の一つくらい流れるもんなんじゃね? そんだけデカイ事件があったなら、誰かしら知ってるはずだぜ。それにすげぇ疑問なんだけどよ、結局、なんで親父達はそんなコスプレ衣装を着てるんだ?」
一番の疑問はそれだ。この際、化けもんが出たとかはどうでもいい。捕まえたんなら終わったことだ。だけど、なんでよりによって戦隊コスプレ衣装なんだよ? まさか、怪物と戦うヒーローだからっていうすげぇ単純な理由なわけ、ねぇよな? ハハハッ、そんななわけ──……。