6、オタクってのは、趣味を突き抜けた神の呼び名なんだろ 中編
「おお。初対面の人間に主張をするとは珍しいな。偉かったぞ、兄ちゃんが100点をやろう。つーわけで、オレが怒る番な? ほ~ら右手をごらんクダサイ。怒りで荒ぶっちゃてるよ? これはコーヒーをソファにぶちまけるかもしれないけど仕方ないよな?」
「ソファに染みを広げるのは勘弁してくれ。馬鹿にしたつもりはなかった。個性的というのはそのままの意味だ。いい意味でも悪い意味でも君達の周囲には人が集まるんじゃないか? まさか自分達が没個性であるとは言わないだろう?」
「そんなこと考えたこともないぜ。個性とか没個性とかどうでもいいじゃねぇか。オレはオレだろ。なっ、美琴」
「……うんっ!」
頑張った妹の頭をぺしぺしと叩いて褒めてやりながら返事を返すと、秋成が面白そうに口元を緩めた。
「君のそういうところは両親に似たようだな」
「そうか?」
目つきの悪さが全てを台無しにしているとはよく言われるが。翔矢は僅かに首を傾げる。そんな反応をじっくりと見ていた秋成がぽつりと呟く。
「……期待出来そうだな」
「なんの話だよ?」
「いや、ひとまずは君達の疑問に応えよう。映像と共に我々の歴史をわかりやすく説明する」
秋成がリモコンボタンを押すと、天井の一部が開き巨大なモニターが下りて来た。
「おおーっ、ハイテクだな。さすがボスと呼ばれる男!」
「パパだってこのくらい買えるぞ!?」
「張り合うことじゃないでしょ? うちにはもう大きなテレビがあるわ。無駄遣いはダァメ。それよりも、ねぇ、鉄次さん、講義なんて懐かしくならない? 学生時代を思い出すわよねぇ~」
「そういえば、そうだな。秋成にはよく勉強を見てもらったもんだ」
「ええ。私達が無事に高校を卒業出来たのは秋成君がいてくれたからよね」
トレーに人数分のカップと茶菓子を乗せて持ってきた母が父の隣に腰を下ろす。いちゃつきながらカップが配られる。翔矢は自分の分にさっそく手を伸ばした。隣では美琴がふーっふーっとココアに息を吹きかけている。猫舌は大変だな。翔矢は平然とコーヒーを呷り、かっと目を見開く。さすがだぜ、こいつはいいコーヒー豆を使ってやがる! 謎の感動に浸りながらじっくり味わう。
そんな翔矢達の前で輝かしい青春時代に思いをはせる両親に、秋成は社長椅子に座り直すとうんざりした様子で顔をしかめる。
「沙織はともかく、鉄次、お前は不出来な生徒だったな。いくら教えても毎回毎回赤点ぎりぎりの点数しか取れたためしがなかった」
「翔矢達の前では止めてくれよ。父親としての威厳が消滅しちまう」
秋成に視線で尋ねられたので、翔矢はコーヒーカップを手にしながら左手でぐっと親指を立てて答えた。
「心配すんな、親父。言うほどのインゲンは最初からねぇから!」
「それじゃ野菜でしょ。威厳だってばっ」
「もう面倒くせぇからインゲンでいいだろ」
「お兄ちゃんってば適当過ぎだよ」
「子供たちが冷た過ぎて心が凍えてしまうぅっ。これが噂の反抗期なのかぁ~っ」
「あらあら、パパを苛めちゃ駄目よ」
父に抱きしめられるままの母は楽しそうだ。これが我が家のコミュニケーションの取り方である。翔矢はコーヒーを啜りながら平然と秋成に目を向けた。まだ始まらないのか? 茶番のようなやりとりに呆れた眼差しを向けていた秋成が無言でリモコンを操作する。
部屋の電気がぱっと消えたかと思えば、モニターから映像が飛び出すように空中に表示された。なんだこれ!すげぇな、おい。
さまざまな映像がマス目状に表示された。研究施設らしきラボの様子から、戦隊ものの衣装で奇妙な姿の化け物に蹴りを入れている人物。ロビーの様子に、廊下や会社内の姿が丸見えだ。監視カメラをさまざまな所で設置しているのだろう。
やがて大きく表示されたのは人外に見える影だった。
「二十五年前、日本では奇妙なことが多発するようになった。人間がなにものかに身体を噛み切られるという事件だ。あまりにも多くの被害が報告されたため、国は夜間の外出を禁止し、警察は早期解決を求めて総出で事件を捜査することになった。しかし、その捜査中にとうとう警察側にも被害者が出てしまった」
そこで映像が切り替わる。白髪の老人だ。目には強い力があり、白衣の背筋を伸ばした姿には頑固そうな雰囲気がある。