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4、オレの妹には様をつけて呼ぶがいい 後編


 ここまで来れば、両親に対する疑いはほぼ消えたと言えるだろう。ヒーローってのはひとまずどっかにぶん投げておくとしても、IDカードと受付嬢の態度には嘘は感じなかった。だから、ここが両親の所属する会社ってのは本当のことかもしれない。これでも鼻は利く方だ。さすがにどっきりにこんな大げさな仕掛けはしないだろう。今日がイベントの日でもない限りは。


 両親の性格がいかに突飛であるかを知っているので、完全に信用するのは早い気がするのだ。まぁ、いきなり襲われるなんてことはないだろうし、父に先導されるままにロビーを抜ける。


 左右の部屋にはそれぞれの部署がわけられているようで、制服姿の社員達がパソコンに向かって忙しそうに仕事をしている。かと思えば、廊下を行き来する社員の中には背広姿と私服姿が混じっていた。

 奥から歩いてきたダメージジーンズを穿いた青年などその良い例だろう。彼は翔矢達に気付くと親しげな笑顔を引っ下げて歩み寄ってくる。


「お二人とも休日出勤なんて珍しいですね? あれっ、その子達は新人ですか? 後ろの子は可愛いね! 名前はなんて言うの?」


「…………あの………」


「あっ、緊張しちゃってる? 怖くないよー、出ておいでー」


「おい、見てわからんのか? お前を警戒してるんだ」


 翔矢を見て、さらにその後ろに隠れている美琴まで覗き込む男を阻む。服の裾を引かれる力が強くなった。美琴が力を込めて引っ張っているのだ。服が伸びちまうが、それよりも問題は、この馴れ馴れしいクソ野郎だぜ。イラッときた。翔矢は妹を守る砦となって目を眇める。


「えっ、警戒、されてるの? 参ったなぁ。オレ、怖い男に見える? お兄さんの方が目つき悪いと思うよ」


「自信過剰な奴め。貴様などオレ達の眼中にはない! 勘違いするなよ? 妹はただの人見知りなだけで、あんたの顔の良さにうろたえたなんてことはあり得ないからな」


「そ、そんなこと思ってないよ!?」


「おやぁ? その動揺はビンゴデスカ? 恥ずかしい奴だなぁ。きっとこの瞬間、全人類の中で一番恥ずかしい男だぞ」


 ここぞとばかりに鼻で笑いながら嘲りをプレゼントしてやると、男は驚愕の表情で口調を乱した。


「貶し方が世界規模!? こんなのただの挨拶だよ! ここで働くなら、妹ちゃんも少しずつ慣れてもらわなきゃいけないだろ? オレはコミュニケーションを取ろうとしただけなんだって!」


「ああ。わかっているとも。目つきが悪い奴だって冗談くらいは言うんだよ」


「根に持ってるね。ごめんって。初対面で目つきが悪いなんて言って悪かったよ。ほら、仲直りの握手をしよう……あれ? なんか力が入ってない? ねぇ、ちょっ、仲直りするって……アタタタタッ!」

 

 爽やかな笑い方にさらにイラァッときた。翔也は差し出された手をぎりぎりと握りつぶして、今度は意識して犬歯が見える笑みを向けてやった。


「うふふ、家の子達可愛いでしょ?」


「いや、どこがですか!? ──って、家の子?」


解放された手を摩りながら目を丸くして瞬く純に、父は鼻息荒く胸を張る。


「そうだとも。翔矢と美琴はオレ達の子だ!」


「お二人の子ぉっ!?こ、こんな大きなお子さん達がいたんですか……」


 アイドル並みに整った顔が崩れている。写真を撮って盛大に笑ってやりたい。むくむくと湧き上がるゲスな願望が顔に出ていたのか、ひきつった顔を向けられた。


「ヨロシク、な」


「すみませんでしたっ、心から謝るから、そんな顔で見ないで! ええっと、翔矢君と美琴ちゃんって呼べばいいか? オレはお父さんとお母さんの同僚でね、高木純っていうんだ。年は十八ね。君もそのくらいだろ? 気軽に純って呼んでよ。お二人にはすごくお世話になってるんだ」


「あんたの方が二つ上か。気持ち悪いから、オレには君とかいらんぞ。だが、美琴には様をつけてもらおうか!」


「いらないから!」


「つけないから! ほ、ほら、美琴ちゃんもこう言ってるんだから呼び方はこのままにするよ」


 胸を張って主張してやると、美琴と純から同じタイミングで突っ込まれた。おおっ、これは脱人見知りに一歩を踏み出したんじゃないか? 生まれたばかりの小鹿を見守るような気持ちになりながら、翔矢はわざと昭和初期の少女漫画みたいなキラキラした目を純に向けてぶっこむ。


「目つきの悪さは折り紙付きの黒鳥翔也デス。ここに来ることはあんまりねぇと思うけど、よろしくネ」


 きゃはっと可愛い子ぶってやると、純の顔が青くなった。どうだっ、気持ち悪かろう! まぁ、オレも自分でやってだいぶダメージを受けているがな! 鳥肌が止まらん。美琴の冷たい視線も背中を突き刺さしている。そして父がドン引きしているのに、やはり母だけは嬉しそうなのが不思議でしょうがない。


「うっぷっ、吐き気が……そ、それはないね。きっと近いうちにまた会うことになるよ」


「なんだそりゃ、勘か?」


「そんなとこ。じゃあ、オレはこれからトレーニングなんで。(てつ)()さん、また今度相手してください。またね、翔矢、美琴ちゃん」


「おう、またな~」

 

 父が手を上げるとアイドルみたいな爽やかな笑顔を残して、純が去っていく。翔矢の耳にはその予言めいた言葉がしばらくの間、残っていた。





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