30、どんな奴だってなぁ、大事なもんのためなら戦うんだよ 前編
玄関のドアを開けると振子時計がボーンボーンと六回鳴った。結局、両親は二人が付きそっている間に目覚めることはなく、翔矢と美琴は秋成に帰宅を促されたのである。
翔矢は靴を脱ぎながら、秋成が手配してくれた車の中でも、一言も発しなかった妹に声をかける。
「着替えて来いよ。そんで飯にしようぜ」
「食欲がないから……」
「ダメだ、お前も食え。腹が減ってるとろくな考えは浮かばねぇぞ。何度だって言うがな、オレは頭が悪い! 足りない分は美琴の頭脳を当てにしてる。だからな、ちゃんと飯を食って必要な瞬間に備えとこうぜ」
「お兄ちゃんが正しいことはわかってるの。だけどお母さん達のあんな姿を見て、心の整理がまだ出来ないよ。……ねぇお兄ちゃん、お母さんとお父さんはちゃんと目を覚ましてくれると思う?」
声を震わせて不安を吐き出す妹に、翔矢はいつも通りの不敵な笑みを向ける。
「友達だって言ってただろ? なら、あの男は親父達を生かそうとするはずだ。仮に二人が三か月寝こけてたとしてもあの設備なら心配ねぇだろ。それにな、そこまで長引く前にオレが二人を叩き起こしてやるよ」
「ヒーローにだって救えないのに、どうやってお母さんとお父さんを助けるっていうの?」
「そこはお兄様を信じとけ。腹が減ったらなんたらって言うだろ? なによりも先に飯な。美琴はなに食べたい? ピザでも頼むか?」
「それ、お兄ちゃんが食べたいだけでしょ?」
階段を上りながら後ろに話を振ると呆れた声が返ってきた。少しは元気になったみたいだな。翔矢は自分の部屋に入ると制服に手をかけながら目つきを鋭くした。
方法ならあるさ。眠り続ける原因があの化け物なら、そいつを叩けばいい。こっちにはヒーローのトップである秋成がいる。
『翔矢は心身ともに強いんだな。ストレス耐性がある』
すっかり存在を忘れていたボイスの出現に、翔矢は頭からシャツをかぶりながら腕時計を見る。
ボイスは自分の姿を空中に投影させて、翔矢の顔を覗き込んでくる。その顔には僅かに心配そうな色がある。AIの精一杯の感情表現といったところか。
「美琴はそうじゃねぇって?」
『ストレス値が急上昇している』
「そらそーだ。美琴はオレよりも……なんかあれだ、細い感じのやつだからな!」
『細い? 検索中──……繊細ということか?』
「センサイ? あ~たぶんそれだ」
『翔矢は漢字が苦手か。記憶しておこう。夕飯を食べるべきだ。人間は食事をしないと思考力が鈍り、冷静な判断が下せなくなる。それに加え、エネルギー不足は身体に悪影響を引き起こす可能性もある』
「言われなくても食うさ」
『……翔矢と美琴は自宅で過ごすべきではないぞ。子供だけでは防犯面で危険がある。翔矢は秋成の提案を受け入れる気はないのか?』
「頭のいいAI様はオレ達のことを何歳だと思ってんの? お留守番が出来ないほどガキじゃねぇわ。それにその言い方は美琴には止めろ。まだ一日も終わってないのに、なんで長期にわたるかもしれねぇって感じで話すんだ?」
『しかし、自然に目覚める確率は──……』
「確率ぅ? そんな難しいことは知らねぇよ! 美琴がこの家で待ちたいって言うんだ。少しくらい待たせてやれ。今はそれでいいんだ」
翔矢達は秋成からは会社の寮で過ごさないかと提案を受けていた。自宅に二人では心配だし、寮は会社の傍にあるため、二人が目覚めればすぐにでも会いに行けるからと。そう言われて迷ったが、美琴が嫌がったのである。あの家で待ちたいと言う妹の気持ちを汲んで、翔矢は結局、家を選ぶことにしたのだ。
『翔矢ちゃん、ママがいない間は健康にも気をつけるのよ』
「げほっ、は、はぁ!?」
突然聞こえた母親の声に翔矢は驚いてむせる。どこから聞こえたのかと思えば、はん人はボイスだ。その口が動くと今度は父親の声がした。
『翔矢! パパ達が目覚めるまで美琴のことは頼んだからな」
「おい、なんのつもりだボイス?」
『沙織と鉄次の言葉を統計した結果、この内容の言葉を使うと判断した。おれは翔矢と一緒にいる。だから翔矢が待つと決めたのなら、一緒に待つ。なにかをしたいのなら手助けすることも可能だ。おれは役に立てるぞ!』
「アピールしなくてもわかってるよ。オレが行動するときは、お前にも協力してもらうぜ」
ボイズの不器用な慰めに、翔矢は笑って腕時計の画面を指でトンっと叩く。親父達が帰ってくるまで、美琴はオレが守ってやんねぇとな。
踵を返そうとしたらくぐもった音が鳴った。バックからスマホを取り出すと、画面に広香の名前が画面に表示されていた。翔矢は不思議に思いながら電話に出る。
「もしもし?」
「翔矢、オレだ! なぁ、今大丈夫か? お前途中で帰るから気になってさ」
「和希君ってば優し~アタシ、好きになっちゃうゾ」
「いやキモッ。なにキャラだよ! 誤魔化してないで実際のとこを教えろよな。これでも心配してたんだぜ?」
「そりゃ悪かったな。まぁ、あれだ! 親父と母さんがちっと事故って入院することになったってだけ」
「え!? マジかよ!?」
「驚くよな。でも心配いらん。命に関わるもんじゃないらしいからな。ただ。詳しく検査するからしばらく入院することになるんだと。つまり、その間は琴美と実質二人暮らしってことだな」
秋成が誰かに聞かれたらそう説明するようにと言われていたので、そのまま嘘を並べ立てていく。親父達はヒーローで実は敵と戦って……なんて言えば、今度はオレが正気を疑われるからな。
「あんな可愛い妹と二人暮らしとか羨ましい……なんて言ったら、バチ当たりか。おばさんとおじさんが早く良くなるといいよな。オレ達に協力出来ることがあったら言えよ。ところで翔矢、明日は学校来れんの?」
「行くとも。サボったら美琴に叱られっからな」
「だははっ、しっかりしろよ兄貴」
「なに言ってんだ、こんな素敵なお兄様はいないぞ」
「ふざけんな。…あっと、広香からライン来たわ」
「なんだよ、二人でラインとか怪しい関係か?」
「ないない。そもそもお互いに好みじゃねぇもん。なんか変な奴が出てるらしい。ほら朝掲示板に張ってあった怪物みたいだってよ。HPの表示がされてねぇって言ってる」
「広香にすぐ逃げるように言え! 場所はどこだ!?」
「えっ? ただのバグじゃないのか? 場所はたぶん【荒野なる死神の寝床】だろ。あいつ最近あそこのバトルにはまってるし」




