29、立ち尽くすくらいなら、とりあえず一歩前にすすんどけ 後編
背筋を伸ばす青年に、秋成は鷹揚に頷くと視線で翔矢達を促して背を向けた。……美琴の手前、顔に出さないように気をつけちゃいるが、さすがに緊張してくるぜ。廊下を何度か曲がれば、左右に病室が現れるようになった。その先で秋成の背中が止まる。そこはガラス張りになっており、中に入らなくても廊下から室内の様子が見えるようになっていた。
「ここが鉄次と沙織の病室だ」
「お父さん……お母さん……」
美琴が茫然と呟く。ガラス越しに覗くと、両親が隣合わせでベットに横たわっていた。頭や腕に包帯が見られるがそれ以外に外傷らしい外傷はないようだ。不思議なことにその上に全身を覆う形で透明なカプセルがかぶせられている。一見閉じ込められているようにも見えるが、呼吸は安定しているようだった。
その周囲で備え付けられた機材を見ながら、白衣の女がダアブレットにペンで書き込みをしていた。蛍光灯を反射して金髪が美しく光っている。
秋成がガラスを軽く叩くと、彼女がこっちに気付いて病室から出てきた。高い鼻に独特の顔立ちは外国人特有のものだろう。彼女は写真映りが良さそうな笑顔を見せる。
「ハーイ、アキナリ。それから、あなたがショーヤとシオリね。二人の主治医になったジュリア・ウォレンスよ。病理研究局長でもあるわ。私のことはジュリアって呼んで頂戴ね」
「ジュリアな。あんたは日本語がうまいな」
「ありがとう。アニメで覚えたのよ。ショーヤは『新世界グレイ』に出てくるヒビキに似ているわね。ミコトはとてもキュートだし、コスプレ姿を見てみたいわ」
「やらねぇからな」
「アニメが好きなんですか?」
「YES! 私は日本が大好きなのよ! 特にアニメとコスプレは素晴らしい文化だわ」
「ジュリア、先に二人がどういう状態なのかを説明してくれ」
「そうだったわね。ごめんなさい、つい熱くなっちゃったわ。今度一緒に食事に行きましょう。アニメと日本について語り合いたいわ。二人の様子に変化はなしよ。血液検査、エコー、レントゲン等々、一通り検査はしたけど全て異常なし。脳波も睡眠を示す数値だし、ウイルスも一切ないわ。至って健康状態は良好。なのに、何故か目覚めない」
「やはり、原因と思しきディークラウンを捕縛、または退治する必要があるな」
「でしょうね。出来れば捕縛が望ましいけれど、ヒーローの中でも熟練のテツジとサオリがやられるくらいなんだから、そんな悠長なことは言ってられないわ」
深刻な様子で話し合うジュリアと秋成に、翔矢はずっと胸の内に引っかかっていたことを聞いてみる。
「親父達が相手をしたのは、オレが連絡した奴だったのか?」
「おそらくは。今はその行方を捜索中だ。沙織達の元に応援が駆けつけた時には、もう敵は姿をくらましていた。結成当初は別として、ここ数年はこれほど苦戦する相手は存在しなかった。我々は奴等に対抗するために科学技術を常に進化させてきたのだ」
「ディークラウンも同じように進化しているのかもしれないわ。人間が数億年かけてやってきた進化を、十数年という短い期間に行った。そう考えれば今回のことも辻褄が合うのよ」
危機的状況が差し迫っているのだ。それは殆ど組織の内情を知らない翔矢にもわかる。
「今は出来ることをしましょう。私は二人の身体を保護することと原因の究明ね。ボスはボスらしく下の者への指示と、ディークラウンの居場所の把握が課題ね。ショーヤ、ミコト、あなた達にとってはもどかしいことかもしれないけど、私達を信じて。必ずテツジとサオリを取り合えすわ」
「……はい」
「オレは気が長くねぇからな、マジで頼むぜ」
「ええ。そのためにも、貴方にはしっかり現状を伝えるわ。そうね、最初はあのカプセルのことにしましょうか。あれはね、二人の身体を守るための装置よ。外部からのウイルスを遮断し、微弱な電気を全身に流すことで、肌と筋肉を刺激して身体が衰えないようにいるの。あれに入っていれば、起きてもすぐに走り回れるわ」
「それも秘密の技術か?」
「そうよ。本来ならまだしなくてもいい措置なのだけど、アキナリが行うように指示したの」
意外な言葉に、翔矢と美琴は揃って隣を見上げる。これまで常に冷静な姿勢を崩さなかった男は、やはり静かにその視線を受け止めた。そうして、その目がカプセルの中に横たわる両親へ向けられる。
「社長として社員は守るものだろう。だが、その前に鉄次と沙織は私の友人だ。なんとしてでも助けてやりたい相手だから、私は彼等を友と呼ぶんだ」
声色に込められた強く真摯な熱意に励まされ、翔矢は美琴の手を黙って握りしめた。




