24、甘い現実も苦い真実も噛んで食って飲み込め
ゲームセンターから外に出ると、目を焼くほど強い夕日が山の向こうに落ちていくところだった。翔矢達は自販機で買った安いアイスを食べながら歩き出す。
「久しぶりにすごい遊んだよね~満足満足」
「白熱した戦いだったよなぁ。めちゃくちゃ楽しかった。また勝負に来ようぜ。今回は翔矢に負けちまったから、次回はリベンジだ!」
「ふふん、受けてやらんでもないぜ。だがしかし、オレの活躍は次回も光り輝いちまうかもな」
「ミラーボールかよ」
「あながち間違いでもないかもよ。実際、翔矢が高得点連発するから人が集まっちゃってたしね」
「なのに、負けたお前は悔しがるどころか爆笑してたもんな」
「中学生くらいの子達が食い入るように翔矢を見つめててさ。もうさ、目がヒーロー見るみたいにきらっきらしてんの! 見てたら面白くなっちゃって」
「キングとか呟いてた奴もいたぞ。さすがにそれはねぇよってオレは噴き出さないように必死だったんだけど」
「それほんと? あははっ、それなら翔矢の今度のプレイヤー名はキングにしようよ」
「オレが格ゲーキングなら、モグラ叩きは和希が、ホッケーは広香も当然プレイヤー名を変えてくれるんだよなぁ? どうせならこのオレがぴったりなものをつけてやろうではないか! もぐらキングとかホッケークイーンなんてのはどうだ?」
「ぶっ、もぐらキングって、ダサ過ぎだろ」
「私はホッケークイーンでもいいかも」
「マジか、お前?」
まんざらでもなさそうな顔をする広香に、和希がわざとらしい驚き顔を披露する。今にも、恐ろしいとでも言い出しそうな表情だ。なんだその顔芸は? 翔矢は声を出して笑う。悪ふざけを軽いノリで楽しめるから、なんだかんだとこの三人で遊びに行くことが多いのだろう。
「和希、いや、もぐらキング、くっ、お似合いだぜ……っ」
「ちょっと翔矢、地獄のようにダサいあだ名を勝手につけないでくれるかな!?」
「そんな嫌がらなくてもいいのに、いいと思うよ、モグラキング。ぷふっ」
「笑ってんのはバレてるからな! こんにゃろめ!」
「ぎゃあっ、お、お許しを。ほんの出来心だったんですぅ」
和希が宏香を追いかけて翔矢の周りをクルクル回る。突如始まった追いかけっこに、ふと、誰からともなく笑い声が漏れた。
「さぁ、そろそろ帰るか」
「そうだね。あっ、そう言えば翔矢、あんた明日数学当たるよ? 和木先生は間違っても起こらないけどやってないと怖いからね~」
「……危ねっ。忘れてたぜ。帰ってすぐやるわ」
「広香の友情に感謝しろよ。じゃ、また明日な~」
三人はそれぞれの帰り道を歩き出した。腕時計がすぐに光り出す。もうすっかり見慣れたボイスが姿を現し、尻尾を振りながら口を開く。
『格闘が得意なんて翔矢は有能だな! 今度会社に行く時に、正確な数値を測ろう』
「そんくらいならいいけどよ。……そう言えば、ヒーローって武器とか使うのか?」
『もちろん。好きなものを用意出来る。個々によって武器は違う。たとえば、射撃が得意なヒーローは、実弾の代わりに特殊な電気の弾が飛び出す仕組みの武器を使う。弾の大きさは普通の銃と同じだが、人間に被弾しても気絶程度の威力しかない。しかしこれは、ディークラウンに対しての殺傷能力は十分あるんだ。また、周囲の建物に被弾しても傷が付きにくく、弾も残らないのが特色』
「ほぉ、便利なもんだな。オレもゲームの射撃ならけっこう好きだぜ」
『それなら、そっちも図ってくれ。……検索完了。あのゲームセンターの射撃ゲーム機はM―305HP【試練7】が正式名称で、シリーズの中でも玄人向けに作られたものだ。あのゲーム機に慣れているのなら、武器として射撃を選択可能だろう』
「そうなんか? そういやぁ、結構難しいゲームだったな。ゲームセンターに玄人向けのものを置くってのに店長の挑戦を感じるぜ」
『店長に興味があるのか? オレならあの店のPCにハッキングすればデータの入手は容易だぞ!』
「いや、いらねぇよ。そもそも正義の味方が犯罪行為は駄目だろ」
『事件は起きたと実証できなければ、起きていないことと同じだろう』
「そりゃ悪役のセリフだぜ? いいから止めとけ。おっさんの個人情報を知ったところでなんも楽しくねぇわ」
『想定外な反応だな。翔矢の言動を統計した結果、オレの提案を面白がる確率の方が高かったのに。もっと翔矢の言動を記憶して統計率を上げないとな』
そんなもん計算してどうすんだ? という突っ込みが頭に浮かんだが言わなくおく。ま、情報を集められたところでオレは困らんしな。翔矢は首を鳴らして気合いを入れてしがみついていた最後のアイスにかじりつく。
ついでに、お宅の人工知能は日々必要ねぇことまで学習しているようだぜ。と秋成に念を送っておく。まったく届くとは思っていないがな!
人気がないので、話し声にも遠慮がない。こそこそしなくていいのは楽だ。ボイスはゲームセンターが気に入ったのか、モグラ叩きに話を繋げる。
「モグラ叩きは反射神経を鍛える訓練に使えるな。上に意見として提出しよう。ゲームなら飽きずに訓練を行えるだろう」
「好きにしたらいんじゃね?」
今度会社に行く時には、鍛錬場所がゲームルームになっていたら面白い。翔矢は反対しなかった。その部屋に入った時の音和と純の反応を是非とも見てみたい、などという、くだらない企みは心の綺麗な翔矢にはまったくない。そう、ないとも!
橋の手前に来た時、全身にぱりっと静電気のような感覚が走った。外灯が一瞬消えてつく。
「あ? なんだ?」
『五十メートル先の家で特殊電磁波を感知。オンラインに敵が出現した』
「敵、なぁ……」
『現在、ヒーロー達が組織のオンラインを通じて現場に向かっている』
翔矢は欄干にもたれかかると周辺の家々を眺める。特に悲鳴が聞こえるなんてこともなく、変わって様子は見られない。だが、インターネットの世界では今まさに戦っている人間がいるらしい。嘘みたいな話だがな。
『翔矢に危険はないから安心してくれ。それよりも夕暮れ時は事件事故が一番多い時間帯だから、早めの帰宅をすすめるぞ』
「そう言う時は「危ねぇから早く帰ろうぜ」って言えばいいんだよ」
『危ないから?』
「そうだよ。お前の口調はかた苦しくてうっかり聞き流しそうになるぞ。もうちょっと崩そうぜ」
『理解した。翔矢とダチの会話を聞いてオレは学習するぞ。……じゃあ、帰ろうぜ!』
「おう」
どこか嬉しそうに見えるボイスに翔矢は口端を上げた。そうして、一度だけ目の端で家々を眺めて、今度こそ家へと歩き出した。




