2、知ってるか? イゲンってのは食えないらしいぞ
目の前のソファには両親が俊然とした面持ちで座り、子供達の顔色を伺うように、ちらりちらりと視線を向けてくる。
向かい合う二つソファを分断するガラス張りのローテーブル。その上に、問題のモノは奇麗に畳まれていた。ショッキンググピンクと、艶光りするブラックの戦隊コスプレを前に四人の間に重い沈黙が落とされる。そんな中、いち早く限界を向かえた者が天井に向かって吠えた。
「……だぁっ!! もう耐えられんっ! なぁ、おいっ、こんなに空気重くする必要ねぇよな!? 別に親父達がコスプレ趣味だろうと、地球は滅びないし、オレ達も死なねぇぞ!?」
「いや、そうだけど、お兄ちゃんがソレを言う!? あれだけ燃やすって騒いでたのに」
「燃やすつもりだったのか!?」
「ウン。だってぇ、親のコスプレ趣味なんて知ったところで誰も得しねぇだろ? だから証拠を隠滅しちゃおうかなって☆」
ウザいほど星を飛ばしてやると、親父の顔が引きつった。ふはははっ、嫌がらせじゃ、ボケがっ! 美琴にまで半眼で見られたことには、物申したくなったが翔矢は我慢した。親の趣味に振り回された被害者同士だ、そこは大目にみてやろう。なんて優しい兄だろうか。ところが、美貌の母親だけは天然を炸裂させて、にこにこと微笑むばかりであった。
「や~んっ、翔也ちゃんったら可愛いわぁ」
「可愛いの、コレ?」
「兄ちゃんに向かって、コレ言うな」
「うふふ、美琴ちゃんも可愛いわよ。家の子は二人とも可愛いく育ってよかったわぁ。でもねぇ、翔也ちゃん、美琴ちゃん、ママもパパもそれが趣味ってわけじゃなくてね?」
「いやいやいや、目の前に証拠がゴザイマスガ?」
いやんいやんと美人な母が色っぽく首を振るが、翔矢はテーブルを叩いて、何とか戦隊とつくヒーローものの衣装にしかみえないモノを視線で指した。美琴が隣で大きく頷いている。
一切信じない息子達の態度に、母が焦った様子で父の腕を揺する。
「パパ、どうしよう。この子達ったらすごく大きな誤解をしてるわ。このままじゃ、私達親としての威厳が木端微塵よぅ」
「イゲンってなんだ? インゲンのガキか?」
「成長したらンが増えるとかないから! お母さんは、親として尊敬されなくなっちゃうって言ってるんだよ」
「なるほど? 美琴は頭がいいな!」
「お兄ちゃんがおバカ過ぎるんだよ。もうっ! お父さん、ちゃんと説明してくれるんだよね?」
無駄にガタイのいい父が重々しく頷いた。
「翔矢の学力が心配ではあるが、ひとまずそれは置いておこう。こうなったら話すしかないな。翔矢は高校生になったし美琴も中学二年生だ。物事の分別は十分つくだろう。翔矢、美琴、これはな、コスプレなんかじゃない。パパ達は本物のヒーローなんだよ」
「ほぉ? それは妄想の世界でということか?」
翔矢は腕を組みながら首を傾げた。我が親ながらイタイな。厨二病を拗らせたまま大人になるとこうなるのか。半ば感心するように眺める息子に、ブンブンと首を横に振りながら父が必死に否定する。
「そんなわけないだろ! パパ達のことをどういう目で見てるのかな!?」
「おばあちゃんに相談した方が……」
「美琴ちゃん、止めて! パパがお義父さんに殴られちゃう!!」
困惑を顔いっぱいに広げて、美琴が腰を上げようとする。それをさらに必死に止めて、父は縋りつくように説明を続ける。
「とにかく聞いてくれ、なっ!? 信じられないのも当然のことだ。オレは会社員ということにしていたし、ママは専業主婦だったからな。でもな、翔矢、美琴、これは嘘偽りのない本当のことなんだ! パパとママは本物のヒーローで、国に認められた公務員なんだよ」
「ヒーローが公務員をしてるとは、新しい設定だな」
「やっぱり電話した方が……」
「設定じゃないっての! わかった。言葉で説明するのは限界がある。よしっ、二人を納得させるだけの証拠を見せてやる」
「あなた、素敵よ!」
「そ、そうか?」
母に褒められた途端、でれっとニヤ下がる父の情けない姿に、翔矢は美琴と顔を合わせる。親父だけなら、悪ふざけが過ぎるなで流せるが、天然な母が混じるとなるとどこまでが悪ふざけなのかわからなくなるので困ったものだ。ノッてやって逆襲するのが一番いい手か?
「子供の前でイチャつかないでよね」
「まったくだ。それで、証拠を見せるってのは、どうするつもりなんだよ?」
「うふふ、ごめんなさい。支度をしましょう。あなた達も身だしなみを整えてらっしゃい」
「ああ? どこに行くんだよ?」
「ヒーローの勤め先だ」
父は大きな口元を笑みに変えてそう答えた。