19、ジョーシキってのは捨てちゃいけないものらしいな 後編
ボイスが首を傾げて、尻尾を下げる。芸の細かいAIだ。しかし、情報が足りないという言葉は嘘じゃないらしい。無言で視線を合わせる翔矢とボイスに、不届きものが運転席で噴き出した。
「ぷっ、お互いにエラー出してるね。翔矢はもっと簡単に説明してほしいんだってさ」
『つまり、二人が朝起きた時から寝るまでの情報が三百六十五日欲しい』
「今度はわかったぞ!」
「お兄ちゃん、これでわかんなきゃおかしいよ? ……ううっ、違うことはわかっているんだけど、言葉にされるとぞわっとしちゃう。犯罪臭がするよ」
「密着取材をうけていると思えばいいんじゃね? オレ達は芸能人じゃないけどな!」
「そのポディティブさはどこから出てくるの。お兄ちゃんのそういう性格ちょっと羨ましくなるよ」
「はっはっはっ。じめってても仕方ねぇだろ? 受け入れちまったんだからよ」
げっそりした顔をする美琴を、翔矢は励ましてやる。そんな兄妹のやりとりを聞き流すように、今度は純がボイスとアイズに話を向ける。
「意外と考えて選んでたんだね。てっきり君達の好みが基準だと思ってたよ」
『趣味嗜好のことですか? ボク達にはまだ判断基準となるデータが揃っていませんので、それについてはお答え出来ません。ですが、ボクもボイスも翔矢と美琴のデータをダウンロードした時に、システムが五秒停止しました』
『原因は現在検索中』
「あ、少なからずそういう部分もありそうだね」
「余分なことまで学習しているようだな」
嘘がつけないAIに、純が苦笑し、音和は呆れたように半眼になった。嘘を覚えたらこいつ等は最強かもな。そう思ったが口にはしなかった。本当にそうなったら困るのは人間側だろう。そのくらいの判断はいくら勉強が嫌いな翔矢でも出来た。
「じゃあ、その必要がなくなるように、オレ達の代で駆除を完了させなきゃいけないってことだね。さぁ、お腹もすいたし、イタリアンが美味しいお店に行こう。この間の約束通りね」
「約束だったのか、あれ?」
「オレも音和もそのつもりだったけど?」
純はアイドル顔負けの微笑みで、翔矢の疑問を受け流す。そしてやんわりと拒否まで封じ込めていく。ナンパ野郎が強引に女に迫る姿を見ているようだ。
「でも、お二人共忙しいんじゃないですか? 私達と違ってれっきとしたヒーローなんでしょう?」
断れない状況に抵抗したいのか、美琴が別口から話を繋げる。翔矢は頑張る妹を心の中で応援しつつ、黙って耳を傾ける。
「確かに暇ではないな。だが、食事に行けないほど忙殺されているわけでもない。私達は任務を受けて初めて仕事にかかる。任務を受けない限りは身体を鍛えることが仕事だ」
「そういうこと。オレと美琴は中学時代から先輩後輩の関係なんだよ。桜乃宮付属高って名前」
「前に和樹の奴が喚いてた気がするな。エリート高がどうたらと。お前、ナンパ野郎のくせに意外と頭がいいんだな?」
「その言葉、オレにすごく失礼だから! 都内で一番偏差値が高い学校だよ。とは言っても内実は個人差が結構激しくてね。オレもテストの出来は平均だし、それほど自慢は出来ないかな」
「それでも、うちの中学から見てもトップクラスの学力ですよ」
「へぇ~、そんなにすごいのか?」
「そりゃあそうだよ! まず入学が難関だって話だから、私が努力してもかろうじて引っかかるくらいじゃないかな?」
「美琴でそうなら、オレの頭では逆立ちしても無理だな」
「翔矢は変なとこで素直だな。もっと対抗意識を持つと思ったら、すんなり認めちゃうんだから。うちはエスカレーター式の進学高で中学も隣り合ってるから、一度縁が繋がると切れにくいんだよ。だから、音和とも親しいんだ。それにほら、オレ達の場合は仕事場も一緒だからさ」
「たまたまだ」
「相変わらず冷たいなぁ」
クールな受け答えをする猛獣女に、純は眉を下げてみせる。あくまでもポーズだろう。口端が上がっているのが後ろからでもちらりと見えた。
「お前の方が年上だったのか」
「彼女の方が上だと思った?」
「そうだな。橘の方が落ち着きがある。ただし中身は猛獣だ」
「あははっ、わかってるね! 音和はこの通りに美人だけど心にライオンを飼ってるような子だから、そう思うのも仕方がないかな?」
「お前がガキっぽいだけだろう。おい翔矢、名字では呼ぶなと言ったはずだ」
名字で呼ばれることがよほど嫌なのだろう。ミラー越しに音和から寄越される視線が咎めるように強くなった。
「知らん! オレはいいって言ってないぞ。それに学校の奴に勘違いされるのも面倒だ」
「なら他人がいる場所に限り許可してやる。だが、関係者の前では別だ。二度と名字で呼ぶな」
「ごめんな、我儘な子で。ついでだし、美琴ちゃんもオレのことは名前で呼んでよ。名字だと距離があって寂しいからね。それに美琴だけ呼ぶよりは特別感がなくなって、呼びやすくなるんじゃないかな?」
「隙あらばオレの妹をナンパするんじゃない」
「……名前のことはわかりました。周囲に他人がいない時に限ってそうします」
そう言いながらも、オレの制服の袖を握る力が強くなる。嫌なら断れと言いたいが、人見知りの美琴なりに歩み寄りを見せているのかもしれないので、翔矢は自分より小さな手を振り払いはしなかった。不機嫌になったのは年下扱いされた音和だ。
「誰が、子だ。私はお前のように馴れ馴れしくないだけだ」
「まぁー、失礼しちゃうなぁ。緩いオレがいるから、音和の威圧感を軽減させることが出来ているんだよ。この二人だって、お前だけで会いに行ってたら全力で逃げられてたでしょ? おっと、そろそろつくね」
純がそういいながら、洋風の趣がある店の前でウィンカーを出す。どうやらようやく目的地に到着したようだ。




