18、ジョーシキってのは捨てちゃいけないものらしいな 前編
「それで、オレ達をどこに連れて行く気だ? ……ハッ! さては人に言えないあれこれをする気ネ! この変態!」
甲高い裏声で女らしく詰ってやると、ハンドルが荒ぶったのか車が一瞬蛇行した。じめじめしていた妹も驚いたのか、シートベルト越しに腕にしがみついてくる。デカイ目は潤んじゃいるが、泣いてはいない。ちびの時はしょっちゅう泣いてたからな。いや、今でもテレビを見ては、母さんと泣いてはいるか。
「あぶなっ、思わずハンドル切っちゃったよ。そんなことするわけないだろ? 運転中にふざけるのは禁止だから! オレ達と心中なんて翔矢も嫌でしょ? わかったら、大人しくしててよ」
「ブーブーッ」
翔矢が心からの嫌がらせを込めて、ブーイングをしていると、腕時計が光を放ち、突然空中にボイスが投影された。
『どこに行くんだ?』
「おいおい、こいつ等には見られていいのかよ?」
「きゃあ! と、突然現れるのは止めてよ~」
『ごめんなさい。美琴の心拍数を上げてしまいましたね。でも、心配いりませんよ。ボク達はその二人と面識がありますから』
答えたのはこちらも妹の腕時計から勝手に投影されたアイズだ。突然飛び出したAIに二人が驚く様子はない。どうやら本当に知っていたらしい。アイズが嘘をついていたとは思っていなかったけどな。しかし、どうやら美琴は違ったようだ。左胸を手で押さえて青い顔をしている。
「お願いだから、そう言う大事なことは最初に言っておいて。……はぁ、一日も経ってないのにもう命を狙われる羽目になるかと思っちゃった」
「美琴は繊細なチキンちゃんだからな」
「お兄ちゃんのワイヤー並みの神経と比べたらそうでしょうとも。言っておくけど、私の反応が普通なんだからね!」
「普通なんて考えは捨てちまえ。こんなしゃべりまくるAIがいて、オレ達は今だけとはいえ、その所有者になってるんだぜ? もうこの状況が非常識だろ。オレ達はまさに非常識のただ中にいるんだ」
「言い回しが違うだけで、それって諦めて開き直ってるだけでしょ。私にはお見通しなんだから。普通って言葉は、お兄ちゃんが一番捨てちゃダメなものだよ!」
『美琴の考え方は一般的な思考と一致します。しかし、翔矢の思考パターンは特異なもののようですね。また一つ学習しました。音和と純は今日も健康状態は良好のようですね』
「なぁ、今さりげなくAIに非常識って言われたか、オレ?」
「当然だ。自己管理はしている」
翔矢の疑問は周囲にスルーされて、音和はなにごともなかったように返事を返している。美琴に目で尋ねると、気まずそうに目を反らされた。うぉいっ、そんな反応をされると、変にリアルさが出るだろうが! 違いマス。オレはジョーシキを持った男デス。
「やぁ、ボイスにアイズ。君達と会うのは振られて以来だね」
ほお、おい聞いたか? ここにも特異な奴がいるぞ。AIに惚れるとはすげぇ思い切りの良さだな? 思いっきり不審なものを見るように視線を向けると、表情を引き攣ったものに変えて、純が否定する。
「翔矢が思ってるようなことは一切ないからな!? そうじゃなくて、アイズが持ち主をえり好みしてた話は知らない?」
「おお、そっちか」
翔矢は意味を察した。要するに、持ち主候補には二人も入っていたということだろう。しかし、そうなると不思議なのは、どうしてアイズはオレ達を選んだのかってことだな。それほどいい男にいい女だったってことなら納得するがな!
「別に君達が選ばれたことに文句があるわけじゃないよ。ただ単純に、二人が選ばれた理由に興味があるんだ。ボイスとアイズはどうして翔矢と美琴ちゃんを選んだんだい?」
『判断基準は複数あったが、一つ目は翔矢と美琴が思春期の男女であるということが理由になった。オレ達は男型として作られているから、片寄りなく人間の男女に対しての学習が必要だと判断した』
『それから翔矢達がヒーロー同士の子供であることも大きな理由です。現時点で想定される未来では、お二人のように次世代のヒーローの力が必要になっていく可能生が高いです。力を持った人間を急務として育成する必要があり、二人の子供や孫にヒーローになりえる素質が備わるのかについて、情報が必要なのです』
「ふん。つまり、貴様達は私達の代ではディークラウン共を完全に駆除しきれないと?」
音和が不快そうに鼻を鳴らすと、アイズは冷静に算出された答えを返す。
『現時点でその可能生は二十三パーセントです』
「私もお兄ちゃんもヒーローになるつもりはないって最初に言ったよね? それでも私達の情報は必要なの?」
『美琴と翔矢がヒーローになるならないは問題になりません』
『オレ達の言っている情報とは、筋力、瞬発力、体力、など身体的な能力と、直感力、判断力、統率力などの精神的なもの、さらに現在の人格形成から趣味嗜好まで広く及ぶ。ヒーローの質を高めるためには、スカウト基準となる判断材料の精査が必要だ。しかし、今のオレ達には情報が著しく足りていない。これまで分析してきたヒーローとは違い、二人はヒーロー同士の子供であり希少価値が付加される」
頭が痛くなりそうだ! なんで頭のいい奴ってのは、こう難しい言葉ばかり使いたがるんだ? ひらがなでわかるレベルで会話してくれよ。翔矢は堂々と腕を組むと、鼻息も荒く会話をぶった切った。
「ボイス、お前の言ってることがさーっぱりわからん。難しい単語ばっか使われても、オレにはまったく伝わらんぞ。もっと素麺みたいにツルッと飲み込ませてくれよ」
『……エラー。翔矢の言葉の意味が理解出来ない。なぜ今の会話で素麺が出てくるんだ?』




