16、クラスの色は、担任の性格に意外と影響されるもんだぜ 後編
「このトップ飾ってる人が格好いいんだよねぇ。桜乃宮高校の三年生だってさ。ほんとイケメン。こんな人が彼氏だったらなぁ」
「えっ、こいつ高校生かよ!?」
和樹が椅子を倒す勢いで立ち上がる。なんか見たことある面だぞ? 翔矢は頬杖をついたままひっそりと頬を引きつらせた。広香は興味を持たれたことが嬉しかったのか、嬉々として自分の知っている情報を話し出す。
「大人の色気があるよね。この人、高木純って名前らしいよ。ほら、チラ見せしてるお腹なんかバッキバキに割れてるし。見よ、このシックスパックを。それにさ、この甘い目つきがどきっとするよね。絶対掃いて捨てるほど女が群がってると見た」
「だよね~。ほんと恰好いいし、いっそ一回でいいから遊ばれたいわぁ」
「あははっ、わかるそれ! 学校にファンクラブとかあったりして」
「少女漫画みたいだねぇ」
「待て待て、お前等さぁ、イケメンなら遊びでもいいのか!? こいつになら女のポイ捨てもOKなのかよ!?」
「イケメンなら許される場合もあるの!」
鼻息あらく一人で頷いている広香に、周囲からきゃあきゃあと声が上がる。翔矢は堅く口を閉ざした。何度瞬いても表紙を飾っている野郎は、いけ好かないイケメン野郎の純である。本人に会ったことがあるなんて言えば、周囲の女子共の食いつきがえげつないことになるだろう。
視線を反らして興味がない振りをしていると、斜め前の席で休み時間にも関わらずノートに書き込みをしている女子生徒を見つけた。
野暮ったい黒縁眼鏡が変に似合う夕峰若葉である。仲がいいのは大人しめの女子生徒が数人で、どの生徒に話しかけられても顔を赤くして俯く姿をよく見かけた。どうやら人見知りらしい。その姿が、翔矢には妹とかぶってしまい、なんとなく目が向くのだ。
今もなにやら一生懸命にノートに書き込んでいる。前の授業の内容だろうか。真面目だな。オレなんて授業中に書き切れなかった分は諦めてるぜ。
その様子をじっと眺めていると目が合った。慌てた様子できょろきょろと周囲を見て、顔を赤くして俯いてしまう。やべっ、怖がらせたか? 前髪の間から大きな目が瞬いている。なぜ自分を見ているのかわからないという思いがありありと伝わってきた。
翔矢は妹が人見知りした時の反応と似ていることに喉の奥で笑う。気にすんなと手を軽く上げて視線を戻した。すると、和希がつまらなそうに雑誌を指差して不満そうに言う。
「どうせ、同性には嫌われてるんだろ。こいつ絶対に女癖悪いぜ」
「僻むな僻むな。あんたにはあんたの良さがあるよ」
「例えば?」
女子達は顔を見合わせて、なにやらこそこそと話し出す。そうして意見がまとまったのか、代表者の広香が首を傾げながら答える。
「えーっと………………ノリの良さ?」
「随分と悩んでようやく出てきたのがそれかよ! もっと他にないの? 翔矢ぁ、オレにもいいとこあるよな?」
気弱な声でYESの返事を求められて翔矢は腕を組む。ふむ……こいつの良いとこなぁ……。
「ば……めげないとこじゃね?」
テストの点が最悪だろうと、金欠だろうと、常に明るい。底抜けの馬鹿だ。これなら正解だろうと自信を持って和希を見つめると、生意気にも半眼を向けられた。
「お前、今馬鹿って言いかけただろ!? なんでいいとこ聞いたのに貶そうとすんの!」
「言いかけただけだ。言ってはねぇよ」
「やっぱ言いかけてたんじゃねぇかよ! ざけんなっ、アイスは百二十円以内だ!」
「笑える~。それでもおごりはするんだ?」
「和樹君、いい奴だねぇ」
「黒鳥くんが相手じゃそりゃ断れないよ」
女子が爆笑する。二人の会話を聞きながら、翔矢はちらりと腕時計に目を向けると、視線に反応する様に時間を記していた画面が雪が解けするように消えて、狼の執事が現れた。
「……帰るまで大人しくしてろよ」
二人に聞こえないように囁いてやれば、ボイスは大きく頷いて、くるりと一回転すると画面が電子時計に戻る。今のところは素直に翔矢の言葉に従っているが、それもどこまで続くことやら、だ。
「じゃあ、放課後はよろしく! ゴチで~す」
「なんで、お前にまで奢る羽目に……」
ちょっと目を離した隙に、そんな話になったようだ。そばかすが微かに散る顔に素晴らしい笑顔を浮かべている広香と、萎れて肩を落とす和希の落差は大きい。翔矢は口端で笑う。仕方ない奴だな、今日は安い奴で許してやるか。
再び授業が始まるチャイムが流れた。




