14、保育園から高校まで続いたら、もう腐りを通り超して納豆並みに発酵してる縁だよな
予定外のことで時間を食った! 翔矢と美琴は家を飛び出して全力疾走していた。学校に遅刻しそうになっているのだ。
腕を振りまくっているから視界はがくがく揺れているだろうに、バイスもボイスもその辺はやはりAIだからか、酔ったなんて訴えることもなく、息を乱す二人に呑気に話しかけてくる。
『今通った店は喫茶店っていうんだろ? 翔矢も行ったことがあるか?』
「ダチと、行ったっ。紅茶とケーキのセットが、お得なんだと」
『美琴はどうですか?』
「はぁ、はぁっ、あるよ! しょ、ショート、ケーキ、好きっ」
『ショートケーキとはスポンンジと生クリームでコーティングされており、いちごが上に乗っているものの名称ですね。美味しいのですか?』
「今、話しかけて、くんなっ」
状況が見えているのかいないのか。会話を続けようとするアイズを翔矢は止める。走り続けたおかげで息が上がってしまい、美琴はもう言葉になっていない。全力疾走のおかげもあり、ようやく登校中の生徒の姿が見えてきた。
「あ~っ、朝から疲れたぜ」
走るのをやめた翔矢は学ランの胸元をパタパタ仰いで、風を送り込む。隣ではまだ息の荒い美琴が必死に呼吸を整えている。
「今日は体育も部活もなくてよかったよ。アイズくん、さっきの話の続きだけど、私はあの店の生クリームが好きなの。まろやかな甘さだから、最後までくどくならずに美味しく食べられて、とっても美味しいんだ」
『この場合のくどいとは、濃いという意味で合っていますか?』
「そうだよ。言い方を変えれば濃厚ってことかなぁ? 同じショートケーキでも店によって口当たりが違うの。だから人によって好みが分かれるわけね」
『翔矢はなんのケーキが好きなんだ?』
「当然、チョコ一択だ!」
「お兄ちゃんはチョコケーキってよりも、チョコレートが好きだから」
『へぇ。人間の作るものって興味深いな。オレ達にとっては電力がエネルギーだけど、翔矢達人間にとっては食事がエネルギーとなるんだろ。どちらもエネルギーの補充が目的なのに、何故、人間は形や味に拘るんだ? エネルギーに変換することさえ出来れば結果に変わりはねぇだろ?』
「そんな難しいこと考えて食ってねぇよ。どうせ食うなら美味い方がいいってだけだ」
「人間も、時間やお金に余裕がないとお腹が満たさればいいって考えになると思うよ。ただね、純粋に綺麗で美味しいものを食べて食事を楽しみたいっていう気持ちも人間には存在するの。料理を芸術って表現する人もいるんだよ?」
『美琴も食事は楽しみたい人ですか?』
「そうだね。楽しく食べると美味しさが何倍にもなるもん」
「実際がどうかは知らんが、不思議とそう思うんだよな」
そうやって二人と二匹で会話をしていると、首の後ろに太い腕が回ってきた。
「はよっす、翔矢、美琴ちゃん! なに話してんの?」
歯を見せて笑う笑うのは、幼馴染の塚谷和希だ。スポーツマンのようなさっぱりした短髪と明るい性格をしていて、翔矢とはクラスも同じという納豆並みに発酵した縁でもつながっている。
「熱ちぃ、やめろ和希。ケーキの話だよ。お前とも【リリィ】なら入ったことあるだろ」
「ああ、あそこか。男だけで入っても許される雰囲気だから、いいよな。オレ甘いもん好きだけどさ、ケーキとか食べたくても店が女の子ばっかだと入りにくいんだよなぁ」
「簡単な解決策があるぞ」
「えっ、なになに?」
「聞いてくれるな、美琴ちゃんっ。翔矢、お前わかってる? それ自爆でもあるんだぞ?」
「ふははっ、彼女を作ればいい」
「お前もいないだろうが! くそっ、オレにはアヤちゃんがいるからいいんだっ。彼女なんて……彼女なんて……めっちゃ欲しい!!」
「この正直者め」
吠える貴志に美琴がきょとりと瞬く。彼女さえいれば男同士で不毛にも喫茶店でデートもどきをする必要はないわけだ。そりゃあ、欲しいだろうよ。
「あっ、なんか高そうな時計つけてるじゃん。美琴ちゃんもつけてるし、誰かにもらったのか?」
「えっと、お父さんの知り合いがくれたの」
「目ざといな。実はな、オレ達に対しての貢ぎ物だ」
「アホかっ、お前はどこのなに様だよ」
「翔矢様に決まっているだろう! さぁ、今日から様をつけて敬うがいい!」
「敬うか! で? こんな高そうなもんもらうなんて、おじさんの知り合いって高給取り? デザインもイケてるな」
右腕を取られて、和希が物珍しそうな顔で時計をまじまじと眺める。小さな画面には時計が表示されていて、ボイスが出てくる様子はない。美琴に目を向ければ、アイズも消えているようだ。AIが空気を読むとか、笑えるな。
『ゴゼンシチジ、ヨンジュウゴフンヲ、オシラセシマス』
カタコトの電子音声が響くと、和希に俄かに焦りが浮かぶ。
「やべっ、遅刻する! 翔矢、美琴ちゃん急げ、学校までダッシュだ!」
「負けねぇ、オレが一番だ!」
「結局また走るの~っ」
先に駆け出した和希を追いかけるように、翔矢と美琴も慌ただしく走り出した。
「お前なかなかやるな」
小さな声で腕時計に話しかけると、画面に映るボイスが胸を張るように腕を組んでいた。




