11、執事ってもっとこう、主の命令には絶対服従なんじゃねぇの? 前編
「翔矢と美琴宛に郵便物が届いてるぞ」
「あ?」
それは週末明けの朝食時のことであった。箸で目玉焼きを挟んでいた翔矢は口を開いたところで、親父を振り返った。父の両手にはプレゼント風の小包が二つ乗せられていた。
それぞれ真ん中に青と赤のリボンでラッピングが施されている。一足先に食べ終わっていた妹の美琴は中学の制服であるスカートを揺らして小走りで駆け寄ると、父の手から赤いリボンの小箱を受け取っている。翔矢はひとまず目玉焼きを口の中に放りんで、さくさくと料理を食べていく。
「わぁ、誰からだろう?」
「誰からだろうなぁ~?」
明らかに送り主がわかっている父の口調に、翔矢は麦茶を一気飲みしてごちそうさまと手を合わせた。そして、テーブルに置かれた自分の分の贈り物を前に腕を組む。
「親父達のボス以外にいないだろ。さっそくオレ達に貢ぎ物かよ?」
「貢ぎ物? オレの子達はいつから神様になっちゃってたんだ?」
「そりゃあ、善良な人間の代表者と言われたワタクシデスカラ」
「神様なのに敬語は相変わらず苦手そうだなぁ。まぁ、いいから開けてみな?」
父に勧められて包装を開くと、中には正方形の赤色のケースが入っていた。手触りからして高そうだ。蓋を開くと、白い腕時計が姿を現す。
「へぇ、イケてる時計だな」
「私のものと一緒じゃないみたいだね。お兄ちゃんのはシンプルなデザインだけど、こっちは花柄なの。すごく可愛い!」
美琴に見せられた時計はピンクの花柄の装飾がされていた。言われてみれば、翔矢の方がシンプルだ。男女の違いを意識したのだろうか。あるいは年齢か。美琴と同じものじゃなくてよかったわ。こんなもんオレがつけてるのをクラスの野郎どもにでも見られてみろ、卒業するまでネタにされるぜ。
二人は腕に時計を通してみた。自動で伸縮して手首にぴったりと嵌ってしまう。
「はぁっ!?」
「うそっ、どうしよう外れない!」
「おい待て、なんか光ってんぞ!?」
慌てて外そうとしている美琴を翔矢は止めた。すると、二人のデジタル時計の画面が強く光りを放ち、そこから執事服を着た二足立ちした水色の猫と、猫よりいくぶん服装を崩したこれまた執事の恰好をした赤い犬が空中に投影される。全長十五センチほどの大きさの二匹は、空中でぺこんとそれぞれ頭を下げる。犬の方はおざなりにだが。
『始めまして! ボクはAIのアイズです』
『オレはAIのボイス』
「あん? なんかちっこいのが出てきたぞ?」
「可愛い~っ。猫と犬の執事さん!」
「科学の進歩は目覚ましいからな。オレ達のとこには腕利きの科学者もいるから、発明したんだろうが、本当に生きてるみたいだなぁ」
『ボクは美琴の良き相棒となるために来ました。日々学習していきますので、どうぞよろしくお願いします!』
『おいそこの女、オレは犬じゃなくて狼だ! 二度と間違えんな!』
「ご、ごめんね……?」
犬、ではなく狼だったらしい。なにやらぷりぷり怒っているが、これが人工知能なのだろうか? 無駄に感情表現が豊かだな。やたらと懐っこい様子を見せていた猫が美琴を庇うように犬を注意する。
『ボイス、美琴に怒鳴らないでよ。犬だろうと狼だろうとどっちでもいいでしょ』
『よくねぇよ! 種族が違うだろうが! それならお前は猫なのにライオンと言われてもいいのかよ?』
『え? むしろ嬉しいけど?』
『嬉しがるなよ!』
「二匹でじゃれるな。犬でも猫でもいいが、結局なんなんだ、お前ら?」
『狼だ! オレは、その、翔矢のダチになら、なってやっても、いい』
「なんだこの面倒くせぇツンデレは。いや、ダチならいるから、ケッコウデス」
「可愛いけど、私も相棒とかそういうのはいいかなぁ」
『えぇ!? そんな、ボク達を不要とおっしゃるのですか!? スリムなボディにコンパクトですし、それほどお邪魔にはなりません! 手首にフィットする優しい素材で出来てますし、お天気予報から毎日の運勢まで占えます。それに株価や、ヒーロー活動の衣装までご用意できますよ。お願いします! どうか返品だけはっ』
『オレ達はものすごく高性能なんだぞ!? 宿題だって手伝えるし、料理レシピもわかりやすく丁寧に教えられる! この世に二つとない貴重な存在で、今を逃せばもう絶対に手に入らないんだからな!?』
「なにっ!? 宿題もできるのか! それは便利な機能を持ってるな」
「宿題は自分でやらなきゃダメでしょ。でも……どうしよっか、お兄ちゃん?」
「その前に外れねぇな、これ。おい、壊されたくなきゃ一回外せよ」
『イヤです!』
『ヤだね!』
「なんだと? マジでぶっ壊すぞ」
『人間の力じゃ壊れねぇように頑丈に作られてる』
自称狼が憎たらし表情でふいっとそっぽを向く。これが人間ならとっくにしばいているな! よくもこんなに人間に近づけたものだ。無駄な研究力はどこに向けられているのだろうか。翔矢は拗ねた態度の狼を他所に思いっきり力を入れた。
「ふんっ! ぬぐぐぐぐぐっ」
「頑張って、お兄ちゃん!」
『そんなにイヤかよ……』
しかし腕にフィットしすぎた時計は、まるで手首にしがみついているようだ。隙間を探そうにもぴったりとくっついて離れない。
『絶対に離れません! ようやく理想の相棒に逢うことが出来たのに、もうお別れなんてあんまりな仕打ちじゃないですか!』
猫が泣きそうに喚くと、フリルが沢山ついたエプロンを着た母がキッチンから顔を出す。
「可哀そうだから、お試しで使ってあげたら?」
「パパ達も似たようなもの持ってるぞ。こっちにはさすがに人工知能はついてないが。持ってるとけっこう便利でいいぞ?」
父は腕時計を見ながら、無責任に進めてくる。呑気な両親に、翔矢も改めて考えてみるが特に必要性も感じないし、なにより腕を拘束されてる感じがイヤだ。そんな両親に美琴が呆れた顔で首を横に振る。
「もうっ、全然わかってないね! こんな人工知能があるなんて世間に知れたら、大変なことになるよ!」
「えっ、なんでだ?」
「考えてもみてよ、お兄ちゃん。一般的に出回ってるロボットだってまだ人間には遠いのに、これだけの技術力を持つ人間がいるんだよ? そんなのを私たちが持ってたら、研究機関にこぞって狙われちゃうってば。お父さん、秋成さんに連絡取ってみて。こんな大事なものつけたままじゃ、危なくて外に出れないよ」




