心を持ったロボット
昨晩も降った雨のせいで、日が高いこの時間はひどく蒸し暑い。しかしこの古びた館のなかは、驚くほど涼しかった。昔ながらの建築物が持つ独特の冷たさと言うのだろうか、先ほどまでかいていた汗が、ゾクゾクとした悪寒のもとに変わる。この悪寒は涼しさのせいなのか、この薄暗い館のせいなのか、それともここで起きた事件のせいなのか。刑事ー土塚はそんなことをぼんやり考えていた。
事件が起きたのは、某日の深夜未明。この館の主人でありロボット開発を行なっていた眞壁辰吉教授(67)が何者かに殺害された。死因は首を絞められたことによる窒息死。第一発見者は眞壁博士の助手、井上健吾(36)だった。いつものように井上は教授を起すために寝室を訪れたが、教授の姿がない。そのため研究室へ行ったところ、そこにはすでに絶命した眞壁教授が倒れていたそうだ。
この館への出入りは基本的に、眞壁教授と助手の井上しかおらず、あとは月に一度通いの家政婦が掃除に来る程度だった。事件当日は眞壁教授と助手の井上のみ、しかも井上は館に泊まり込んでおり、当初は彼の犯行が疑われた。しかし現場には、窓を破って侵入した形跡、井上とはサイズの異なる足跡、また研究資料の一部が盗まれていたことから、眞壁教授の研究成果を狙った強盗殺人として捜査が進められた。しかし犯行当日の夜は大雨、犯人の足跡などは雨に流され残っておらず、また井上も就寝していたことと大きな雨音で犯行に関する物音は聞かなかったという。
外部の人間の犯行ということは間違いないが、犯人に繋がる手がかりと目撃証言は得られていない。いや正確に言えば、目撃者はいたのだ。しかし、「アレ」は「者」と表現して良いのであろうか。
「…ですから刑事さん。何度も申し上げている通り、現時点ではE-02の記憶データをお見せすることも、取り出すこともできないんです。」
「そう言いましてもねえ…。」
教授殺しを担当している刑事ー土塚は、現在大きな壁にぶち当たっていた。
「こちらとしても、証言してもらえないと困るんですよ。…そのロボットに。」
今回の事件には確かに目撃した「人間」はいない。しかし、目撃した「ロボット」ならいるのだ。
眞壁教授が殺害された場所は、ロボットを製作していた研究室。そこには開発途中のロボット「E-02」が保管されていた。事件当時は充電中のため、基本機能は全て「スリープモード」と呼ばれる状態だったらしい。「スリープモード」とは、ロボット自身の意思で動くことはできないが、内部システム自体は稼働させている機能だという。スリープモードにより、E-02は教授を助けることは不可能だったが、瞳に内臓された24時間稼働している記録カメラによって犯行の一部始終を記録していたのだ。
土塚も長年刑事という仕事をしてきたが、まさかロボットを取り調べることになるとは思っていなかった。しかし、いまは事件解決のためなら、相手がロボットであろうと猫であろうと、どんなものの助けでも借りたいという心情なのである。
しかし、助手の井上に記憶データの提出を求めると、それはできない、と頑なに拒否されてしまった。E-02の記憶データを手に入れるべく、こうして土塚は単身、独り館の研究室にいる井上を訪ねたのだ。そしていま井上は、例のロボットE-02の前に仁王立ちして、決して触らせはしないぞと、土塚を睨みつけている。
研究室に篭りきりなのであろう、井上の肌は青白く、事件のこともあってなのか、頬は少しこけ目がギョロギョロと浮きだした印象を受ける。まだ36歳とそれほど歳ではないはずなのに、井上からはくたびれたような、哀愁にも似た雰囲気が醸し出されていた。
「こっちも教授を殺害した犯人を、なんとしてでも捕まえなけりゃあならないんです。何もロボットを壊そうだなんて考えてはいません。ただ犯行時の記録データさえ見していただければ、ロボットはすぐに無傷でお返ししますよ。」
「いいえ刑事さん。あなたはわかっていない。そちらにE-02を渡す、いや記憶データを見せた時点で、『カノジョ』は無傷ではいられません。カノジョはただのロボットではありません。心を持ったロボットなんです。」
またこれだ。土塚は頭を抱えたくなった。
眞壁教授と助手の井上は、「人間と同じ感情を持つロボット」の開発に取り組んでいた。これまで開発されてきたロボットは、何千・何万というデータを蓄積・学習することで、人間の言動・行動・思考に対して、対応すべきパターンをある種「型通り」に返すだけであった。当然その行動は、あくまで蓄積データによる行動なので、その時々の人間の感情に対して、真の意味では理解できていなかった。
眞壁教授は蓄積データに加えて、人間の感情を理解し、同じく感情を感じることができるロボットの開発を試みていた。人間と同じように自分の感じるように泣き・笑い、時に痛みを感じたり恐怖に慄くロボット。これが眞壁教授が目指していたものなのだそうだ。
しかし現在、この心を持ったロボットが土塚を悩ますタネとなっている。
「井上さん。このロボットに心があるのはわかりました。あなたは心があることを理由に、データの提出を拒んでいるが、それが犯行当時の記録映像を見たいこととなんの関係があるっていうんですか。」
体にまとわりつく嫌な悪寒と、話の見えない井上との会話。連日の捜査に進展がないことも合間って、つま先で苛立たしげに貧乏ゆすりをしながら、土塚は頭を掻きむしった。井上も土塚の苛立ちを感じ取ったのか、先ほどまでの威嚇するような目つきは弱まり、今度は多少申し訳ないという顔つきで土塚を見つめていた。
井上はふう、と軽く息を吐き、手近な椅子を引きよせ土塚に座るように促す。
「…ご迷惑をお掛けしていることは重々承知しています。しかしこれだけは譲ることができないでんです。現在のE-02の状態について詳しくご説明します。どうぞこちらへお掛けください。」
「刑事さん。『心があるロボット』とは、どのようなロボットだと思いますか。」
土塚を座らせた井上は、研究室にの角に置かれたケトルで湯を沸かし始める。インスタントコーヒーを目分量でコーヒーカップに入れながら、唐突に土塚に問う。背を向けられていたため、土塚には井上の表情はわからなかった。
「どのようなって、そりゃあ心があるっていうんだから、人間みたいに喜んだり、泣いたりするんじゃないんですかね。」
「あなたの言うような感情表現をするロボットはこれまでにも存在しています。しかし僕と教授が目指したロボットは、感情表現をプログラムされた通りに行うのではなく、自発的に、自身が感じた通りに表現することでした。テレビを見て笑ったり、転ぶことで痛みを感じ、そしてまた痛い思いをするかもしれないと恐怖を覚える。まさに人間と変わらない感情も持てるように開発を進めてきました。」
井上も椅子に腰掛けつつ、コーヒーカップを土塚に渡す。カップには落としきれなかった茶渋が染み付いていた。井上は両手に納めたコーヒーカップを覗き込み、黒い液体が波打つ様子を見つめている。
「そして完成したのがE-02でした。E-02…、カノジョは、理想としていた心に限りなく近いものを持つことができました。それはもう、僕自身も驚くほどに。」
井上は急に、カップをグッと煽ると、コーヒーを一気に飲み干した。入れたてということもあり、熱かったのだろう、少し咳き込みはしたが、それでもコーヒーを流し込んでいた。
その様子を、土塚が唖然とした様子で見つめていた。ようやく落ち着いたのか、井上はカップを置いた。
「実際に、いまのE-02の状態を見ていただいた方が早いと思います。こちらへ。」
井上は立ち上がり、土塚についてくるように促し、部屋の奥へと進む。薄暗い部屋の奥には、件のロボット「E-02」が現在もスリープモードで直立していた。
E-02は土塚が子供の頃に遊んだゴツゴツとしたロボットのおもちゃとはちがい、ツルリとした滑らか曲線のボディを持っている。女性を模しているらしく、胸元が膨らみ、全体的にふっくらとした印象を受ける体つきだ。直立状態のE-02には転倒防止のためなのか、四肢を壁に固定するベルトが装着されていた。肝心の記録カメラが搭載されている瞳は、瞬きの機能もついているらしいが、いまは瞼を開けたまま、焦点の合わない瞳でどこかを見つめている。カノジョはこの虚ろな瞳で、自身の生みの親とも言うべき男が殺されるところを見ていた。人間と同じ心を持つというが、カノジョはその様子にどのような感情を抱いていたのだろうか。教授を救えないもどかしさが、犯人への怒りか、それとも…。そんなセンチメンタルなことを、土塚は柄にもなく考えていた。
「それではスリープモードを解除します。完全覚醒しますので、…その、驚かないようお願いします。」
いつの間にか、E-02の起動準備が整ったようである。しかし、一体何に驚くというのだろうか。
「E-02、完全起動。」
ポロロウン…
井上の声に合わせて、起動音が鳴る。E-02の虚ろな目に光が灯ったように見えた。電源が入ったことによる人工的な光ではなく、本当に生気が戻ったような。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
次の瞬間、女性のような甲高い悲鳴が上がった。あまりの大きな悲鳴に、土塚は驚き、思わず耳を塞いぐ。その間にもE-02の悲鳴は止まらず、さらには固定されている四肢をバタつかせ始めた。ガチャガチャと体を揺らし、拘束するベルトを千切らんばかりの勢いである。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
大声で叫び、暴れる姿は、どこかのホラー映画のワンシーンさながらだ。
「おい!一体どうなってるんだ!早くどうにかしろ!!」
予想外の状況に、たまらず土塚がE-02に負けない大声で怒鳴りつけた。
「…ごめんねE-02。もう一度、おやすみ。」
ボウウウン…
低いモーター音のような音が響くのと同時に、悲鳴がピタリと止んだ。バタつかせていた体も、力が抜けたように一度だらり緩和すると、起動前のピンッとした直立に戻る。先ほどまでの騒ぎが嘘のように、研究室には異様な静寂が広がっていた。
「刑事さん。これがE-02をあなた方にお渡しできない理由なんです。」
「…井上さん、こりゃあどういうことなんですか。このロボットは、壊れているのか。」まだ感覚がおかしい耳をかばいながら、土塚はE-02を指差す。
「いいえ、カノジョのロボットとしての機能は全て正常です。記憶媒体はもちろん、人工知能、肉体機能全て正常です。…しかし、カノジョはそれらよりさらに繊細で複雑な部分、心に異常をきたしています。」
土塚と井上は、先ほどまで座っていた椅子に再び腰掛けた。
「それで井上さん。心に異常をきたしてるっていうのは、どういうことなんですか。故障とはちがうんですか。」
井上は手持ち無沙汰なのか、空になったコーヒーカップを見つめながら、両の手のなかでいたずらに遊ばせていた。
「カノジョの状態は故障とはちがいます。カノジョは正常です。正常すぎるくらい正常なんです。僕もここまでカノジョが正常な反応をするとは、思っていなかったんだ…」
一言一言、噛みしめるように井上は喋る。だが、それは徐々に目の前の土塚ではない誰かに言い聞かせるような口ぶりに変わっていく。自分でもそのことに気が付いたのか、ハッと井上は顔をあげて土塚を見ると、気まずそうにカップを机へと置いた。
「カノジョの状態を見て、刑事さんも驚いたと思います。しかし、あれは故障ではなく、自分の感情、心を持ったロボットであれば、想定されるべき当然の反応なのです。」
今度は土塚の目をしっかり見据えて、井上ははっきりと断言する。
「刑事さん、あなたであれば、警察のあなたなら一番よくお分かりであるはずだ。犯行現場を目撃したり、実際に被害に合い傷ついた人たちの気持ちが。」
「ていうと、なにか?あのロボットは…。つまり…?」
「はい。E-02は、教授が目の前で殺害されたショックで、傷つき、人間でいうところの錯乱
状態にあるのです。」
土塚は井上のこの発言の意味を自分のなかに落とし込むまで、若干の時間がかかった。この男は一体何を言っているのだ?開発中のロボットが心を持っていることはわかった。けどそのロボットが殺しの現場を見て、傷ついて、錯乱した?そんなことが本当にありえるのか?アレはロボットだ。人間の心を持ったロボット。鉄と電気の塊で、けど我々と同じ感情を持ち、喜びも恐怖も感じる…。土塚は収集がつかなくなった思考を放棄して、ゆっくりと言葉を絞り出した。
「いや…しかし…。アレはロボットでしょう?そんなことが本当にあるんですか?」
「僕も最初は驚きました。…正直、心を持たせたことでここまでの反応を示すとは予想していませんでした。しかし実際にカノジョは、事件以降恐慌状態になり、完全覚醒させるたびに、先ほどのような様子なのです。」
「それでスリープモードに?」
「覚醒させるたびに苦しむ様子があまりにも不憫で…。」
井上はこれまでのE-02の様子を思い出したのか、うなだれる。土塚は眉間にシワを寄せながら、少しぬるくなったコーヒーを口にした。
「その…、記憶データはいまのロボットの状態では見ることはできないんですかい?」
「…見ること自体は可能です。機能自体に問題はないので。しかしいまカノジョに記憶データを再生させることは、再び教授が殺害される場面を見せることと同じです。カノジョは心はありますが、やはりロボットなのです。記憶は映像データとして、寸分違わず記録しています。このままではカノジョに殺害時のショックを追体験させることになる。それではおそらくカノジョの心が耐えらない。ですから、現段階では、データを提供するわけにはいかないのです。」
2人の間に、沈黙が起きる。
「事情はわかりました。が、こちらも捜査の関係上、記憶データを提出していただかなきゃりゃならんでのです。」
土塚は再び、頭を掻きながら言う。
「俺としてもあのロボットを傷つけるのは不本意だ。いまあのロボットは、スリープモード、ようは電源が一応入ってる状態ってことなんだろう?電源を完全に落とせば、ロボットの心を傷つけずにデータを取り出せるんじゃないんですか?」
井上は首を横にふり、E-02を見た。
「いいえ。すでに全システムの停止を試みましたが、E-02に抵抗されてしまうのです。」
井上はやりきれないような、痛々しいものを見るように、E-02を見つめていた。
「E-02、カノジョはシステムを切られることを、死ぬことだと、恐れているのです。」
死を怖れている、ロボットが死を怖れている。肉の体も持っていないのに、体が老いることもないのに。心を持ったことでE-02は、死というものが自分にもあると思っている。土塚には、E-02が傷ついているというだけでも驚きであるのに、死を怖れているなど、誇大妄想にしか思えなかった。この館を訪れてからの悪寒、進まない捜査、ようやく井上が口を開いたかと思えば、理解しがたい話の連続で土塚は頭の裏の方の痺れるようなモヤモヤした重さを感じていた。
「死を恐れている?井上さん、アレはロボットですよ。こっちはロボットがショックを受けてるっていうだけでもわけがわからないのに、今度は死を怖れている?そんなバカな。だいたい、そんなことがどうしてあんたにわかるんだ。井上さん、あんたひょっとして、本当はやましいことがあって、記憶データを渡したくないばかりにそんな馬鹿げた嘘を…」
「嘘なんかじゃありません!」
我慢ならないといった様子で、井上はガバっと立ちあがった。その勢いで横に置かれたテーブルが揺れ、コーヒーカップががこんと倒れる。
「僕だって何度も試したさ!だけど、機能を停止させようとするたびにカノジョが叫ぶんだ。『オネガイ!殺サナイデ!ワタシ、死ニタクナイ!!」って。機能が停止したら、もういまの自分が保てない気がする、『ワタシ』が死んでしまうって叫ぶんですよ!刑事さん、わかりますか?カノジョに心があることをいま一番理解しているこの僕が、心血を注いで開発してきたカノジョの『死ニタクナイ』という叫びを聞き続けないといけない、僕の気持ちが、あなたにわかりますか!」
顔を真っ赤にして、瞳を潤ませ、興奮した様子で井上はまくし立てた。井上のこれまでにない感情の高ぶりに、土塚は唖然とし固まってしまった。井上はハアハア、荒い息をしながら、呼吸を整えようしている。息を吸って再び喋り出そうとするが、いまにも泣き出しそうな表情になり、しゃくりあげながら言葉を絞り出していた。
「これが、僕のわがままだということは、よくわかっていますよ!それでも、それでも僕には、僕にはこれ以上、カノジョを傷つけることなんてできやしないんだ!」
そう言うと、とうとう井上は耐えきれなくなり、ドカリと座り込んだ。顔を覆い嗚咽を漏らす。重苦しい空気に土塚は気まずい表情で、コーヒーカップを持ち立ち上がる。ケトルのなかには、先ほど入れたコーヒーのあまりのお湯が、生ぬるい温度ではあるが残っていた。一度そのぬるま湯でカップをゆすぎ、再度ぬるま湯を注ぐ。そのカップを井上へ差し出した。
「その、こちらも失礼なことを言って申し訳なかった。もう少し、言葉を選ぶべきだった…。」
井上はゆっくりと顔をあげると、土塚の顔と差し出されたカップを交互に見て、カップを受け取った。
「…いえ、僕の方こそすみません。いい歳して感情的になってしまって。ありがとうございます。いただきます。」
井上はカップに入ったぬるま湯をチマチマと飲む。土塚は自分の軽率は発言を反省した。井上には証拠提出のために協力してもらわなければならないのだ。それを苛立ちに任せて、不用意に神経を逆撫でしてどうする。土塚は自分の心を落ち着かせるために、深呼吸をした。そして再び、井上に切り出す。
「…その、あのロボットは電源を切られることにも、そんなに抵抗するのか?自分が死んでしまうと…。」
土塚の言葉に、井上は先ほどの興奮でまだ火照っている顔やまぶたに手を当て、咳き込みながら答えた。
「…ええ。カノジョはおそらく、教授の殺害現場を記憶したことで、死というものを恐れています。機能を停止されてら最後、教授と同じように二度と目覚めることがないのではないかと。」
自分でE-02の現状を説明して、また落ち込んでしまったのか、井上の言葉は徐々にしりすぼみになる。そして花が萎れるように、うなだれてしまった。
「井上さん、お話はよくわかりました。あなたがあのロボットをどれだけ大切にしているかもよくわかりましたし、あのロボットが傷ついているのもわかった。しかしね、俺たち警察もやはり犯人を捕まえなければならんのですよ。何とかあのロボットの記憶データを渡してはいただけませんかね。あんたの話を聞いた俺としても、できれば強制的に証拠差し押さえをするのは避けたい。」
土塚はうつむき気味の井上の瞳を覗き込むように語りかける。うつむいていた井上がようやく顔を上げた。しかしその表情は、土塚が予想していたよりも優しい、微笑みを浮かべていた。
「残念ですが、警察が強制的にカノジョやカノジョの記憶データを押収することはできませんよ。」
「…どういう意味ですかそれは。」
「E-02は政府からも開発支援を受けているロボットです。莫大な開発資金が導入されている。もしそのロボットが警察の捜査の過程で修復不可能なほどのダメージを受ける可能性があるとしたら…。ここから先は言わなくとも、おわかりいただけますよね。」
「…つまりは、圧力ということですか。」
井上はまだ腫れぼったい瞼で、へにゃり、と笑う。
「すみません。なるべく穏便に済ませたかったのですが。それでも、僕にも刑事さんと同じように、教授が研究してきたE-02を、カノジョ自身を守らなくていけない、義務と責任があるのです。」
井上は晴れ晴れしいほど、キッパリと言う。しばらく2人は互いの顔を見つめていたが、不意に土塚がはー、という深いため息とともにうつむいた。
「なるほどね、お話はわかりました。最初から俺の勝算は望み薄だったと。今日のところは一旦引き上げます。ですが、今後も俺はこちらに何度もうかがいますし、上からの許可が下りればすぐにでもデータ回収行いますよ。」
「カノジョの状態が正常に戻れば、すぐにでもデータを提供いたします。」
もう一度井上の顔を見つめ、これ以上ここに用はないと、土塚は立ち上がり出口へと体を向ける。玄関までお送りします、と井上が申し出たが、土塚は手を振りそれを断った。
井上の見送りを断り、土塚はひとり館を出た。外はすでに日が暮れ始めており、昼間より幾ばくか涼しかった。気がつけば、あの不快な悪寒ななりを潜め、少しばかり心地のいい風が頬を掠めていた。夏風邪でも引いたのだろうか、そんなことを考えながら土塚は車へと乗り込む。
人間と同じ心を持ったロボット。その結果、人の死を見て狂ってしまった哀れなロボット。アレは「なおる」のだろうか、カノジョは心の平穏を取り戻すのだろうか。自分は一体何をあんなに気味悪く感じていたのだろう、あの館の雰囲気か、館というよりもあそこにいたモノたちの心…。
土塚はしばらく、運転席に座りぼう、と前を見る。しかし、ようやく踏ん切りがついたのか、シートの背もたれの反動で姿勢をただし、エンジンを入れた。そのまま元来た道を戻って行った。
1人研究室に残った井上は、再びE-02と向いあっていた。E-02は先ほどと同じく、その虚ろな瞳で、どことも知れない場所を見つめている。記憶データとしては、記録しているだろうが、E-02自身の自我が井上を認識しているかはわからない。
井上はE-02の右手首を固定しているベルトを撫で、そのまま自身の指先を滑らせE-02の指と絡めた。E-02の指は丸いなだらかな曲線、しかしその温度は冷たい。
「刑事さんは帰ったよ。辛いことを思い出させてごめんね。でもしばらくは、君の記憶データを渡さずにすみそうだ。君にとっては死ぬことと同じ苦しみだからね。」
返事をしないE-02に井上は語りかける。
「…僕も流石に、2人も殺めたくはないよ。」
ポツリと言葉が溢れる。井上はE-02と絡めたまま、薄暗い研究室の奥に佇んでいた。
眞壁辰吉を殺したのは、井上である。
ことの始まりは、眞壁辰吉教授殺害の1週間前に遡る。
その日の昼間、井上はE-02の感受性教育の一環として、共に映画を鑑賞していた。映画の内容は、主人公が難病にかかり死の恐怖に怯えながらも、残された時間を懸命に生きるという、感動的で悪く言うとよくありふれた題材の映画である。
井上としては、この映画によりE-02が人間と同じように切なさや感動を感じられるかをチェックするつもりでいた。しかし、
「どうだったE-02?映画の感想は?」
「ハイ、井上サン。コノ映画ハ病気ヲ乗リ超エ、懸命ニ生キル姿ヲ写シタヨイ映画ダト思イマス。」
表情こそまだ乏しいが、E-02も物語の展開に思いを寄せていたようであった。
「君はこの映画を観てどんな気持ちになった?例えば感動したとか、主人公の運命を想うと悲しみが込み上げてくるとか…。」
E-02は井上の問いかけに、記録装置を搭載した目元をふせ、しばらく沈黙する。それは珍しいことだった。E-02は心を持っているとはいえ、ロボットである。情報処理能力にも長けているため、人からの質問や問題解決には大抵即答できる。そのため、このように物思いに耽るのは珍しいのだ。。
E-02はようやく考えがまとまったのか、井上に視線を合わせる。
「井上サン。ワタシニハ、映画ノナカデワカラナイコトガアリマシタ。主人公ガ途中、『死にたくない。死ぬのが怖い』ト泣ク場面ガアリマシタ。ナゼ主人公ハ泣イテイタノデスカ?」
「えっ」
突然の質問に、井上は面喰ってしまった。しかし、E-02はなおも質問を続ける。
「主人公ガ病気ノ痛ミニ苦シンデ、泣イテイタノハ理解デキマス。ワタシニモ痛覚ガアルノデ、痛ミヲ感ジレバ苦シイデスシ、恐イデス。人ガ涙ヲ流シテシマウノモワカリマス。シカシ、ナゼ死ガ訪レルコトニ恐怖ヲ感ジルノデスカ?ソレニ何故主人公ノ家族マデ泣イテイタノデスカ?彼ラハ死ナナイシ、苦シクモナイデハナイデスカ?」」
「何故って、人間誰だって死ぬのは恐いさ。もう二度と目覚めないし、大切な人たちとも一緒にはいられないし、好きなこともできないからね。家族だってそうさ。もうその人とは一生話せない、一緒にいられないってわかっているから悲しいんだよ。」
E-02は再び沈黙した。井上の言葉の意味を理解しようとしているらしい。このように思考しているとき感情が表情に出にくいE-02は、能面のようである。
「…シカシ、人ハ産マレタトキカラ、死ヌコトガワカッテイルデハナイデスカ。何故ワカリキッテイルコトヲ恐ルノデスカ。ワタシニハソレガ理解デキナイノデス。」
その後、井上は何度もE-02に死と人間の感情について説明をしたが、E-02が納得することはなかった。
その晩、井上は昼間起きた出来事を眞壁教授に報告した。
一通り話を聞いた教授は、椅子に深く腰掛け、繰り返し顎を親指と人差し指で絞るようにゆっくりさすった。考え事をするときの眞壁教授の癖である。
「教授、いくら心を持ったロボットとはいえ、やはりE-02に人間の死に対する考え方を理解させるのは不可能なんでしょうか。」
眞壁教授の前に立ち報告する井上は、手汗が気になるのか、白衣を手で弄りながら尋ねる。
「物事を一方からのみ見るのは感心しないな。多面的に捉えなければならない。違う角度から見れば、難しい問題も意外と簡単に解けてしまうこともある。今回のこともそうだ。角度を変えてみればすぐに解決する問題だ。」
眞壁教授は微笑みながら、コーヒーの入ったカップに手を付ける。研究の間常にコーヒーをついでいたカップである。落としきれない茶渋が、2人がどれだけの期間研究に没頭していたのか物語っていた。
「E-02に、本当に人が死ぬところを見せてやればいいんだ。。」
「明日の夕飯はカレーにしよう」というくらい、軽やかで和やかな口調で眞壁教授は提案した。
「…え、失礼教授、いま、なんと…」
「人が死ぬところを見せる、と言っているんだよ」
井上は絶句した。予想外の回答に考えが追いつかないのか、井上は着ている白衣の裾に手のひらをすりつけるように動かす。
「…あー、教授、それは、つまり…。映画やドラマなどのフィクションを見せることを指しているのですよね。」
「その方法は君がすでに試して効果がなかったのだろう?そうではなく、本物の生身の人間が死ぬところを見せるのさ。」
眞壁教授は片手でカップを持つ。そしてもう片手は人差し指をピンと立て、指揮棒のように強弱をつけて宙を舞っていた。
「そ、そんな…、いくらなんでも無茶苦茶です。もっと時間をかけて人間が死へ対して抱く感情を教え込んでいけば、そんな必要は…」
「いや、そんな口頭の説明ではE-02な納得しないだろうし、理解もしない。それにE-02は人間とは違い、実質寿命がない。だから、自発的に死を意識させるのも難しい。そうなれば、やはり本物の死を見せることが、最も効果的かつ効率的な方法なんだよ。そうは思わないかね。」
「しかし教授、そんなに都合よく人が死ぬことなんて…。E-02に病院巡りでもさせるつもりですか」
「ここにいるじゃないか、適任が。」
教授はカップを掲げながらニコニコと笑い、井上に答える。話の内容とあまりにそぐわないその微笑みに、井上は一層君(気味)の悪さを感じた。
そして眞壁教授は、指揮棒のように宙で軌道を描いていた人差し指の速度を徐々に緩めると、完全に動きを止めた。そして人差し指の先は徐々に徐々に向かっていき、指差した。眞壁教授自身を。
「私が死んで見せれば良いのだよ。」
眞壁教授はいたずらが見つかった子供のような、この日一番の笑顔を井上へと向けた。
「…ご冗談でしょう?教授、それはあまりに笑えない話ですよ」
「いやいや、本気さ。私が死んで見せるのさ、E-02の目の前で。」
井上はこれ以上聞きたくないというように、流れるように話す眞壁教授を手で制する。
「教授。あなたはいま、とても疲れていらっしゃるんです。そうにちがいない、こんな馬鹿げた提案をするなんて。話は明日にしましょう。今日はもうおやすみになってください。」
「私はいたって本気さ。大真面目にこの計画を提案している」
「ロボットの開発のために死ぬだなんて!これを馬鹿以外になんと言えばいいんですか!」
井上は声を荒くした。しかし、眞壁教授はそんな井上の様子に少しも臆することなく、淡々と話を進める。
「私はもう十分生きたよ。私は自分の人生に満足している。君のような優秀な助手を持ち、そして長年の夢だった心を持ったロボットの完成まであと一歩のところまできている。E-20(E-02)を完成させるためなら私は喜んでこの命を差し出すよ。」
眞壁教授の顔は相変わらず微笑んでいたが、その語り口は真剣そのものだった。
「人間とはちがい、ロボットであるE-02は、寿命や病気で死ぬことはない。自発的に人間と同じ死への感情を感じさせることは、おそらく不可能だろう。だとしたら、フィクションではなく、リアルで人間の命が終わるところを見せるしかない。それも赤の他人ではない、E-02にとって身近な存在である誰かが。」
「…では教授の寿命が尽きるところを見せましょう。ねえ、それでいいではないですか?」
いつの間にか、井上は泣いている。泣き笑いのような表情。両目から頬に涙がつたい、鼻をすすっていた。井上は、眞壁教授がなにを言わんとしているのか、なんとなく理解していた。
「寿命が伸びているいまの時代、私でさえあと10年近くは平気で生きる。政府はそこまでは待っちゃくれんよ。それに自ら進んで命を断つ自殺では意味がないんだ。理不尽に、本人が望まず死ぬことに意味があるんだ。」
眞壁教授はそう言うと、井上の片手を両手で握る。
「だから井上君、君に私を殺して欲しいんだ。」
「できません、教授。どうか、それだけは…」
井上は泣いた。いままで、これほどまでに辛い頼みごとをされたことはなかった。
「君にしか頼める人がいない。この老い先短い老人の最期の頼みだと思って引き受けてはもらえないだろうか。」
井上と眞壁の肌が触れ合う。眞壁の手は井上とは一回り小さく、皺が深く入り、肉やら脂っ気が削げ落ちていた。老人の、小さな老人の手。
眞壁は両手で包み込むように井上の手を握る。祈りを捧げているようだった。なにかに祈るような仕草。井上は力なく、膝から崩れ落ちた。
そしてついに、井上は眞壁教授を殺害した。
井上に罪が問われないよう、いくつか細工もした。研究室はあらかじめ強盗が押し入ったように見えるよう、窓ガラスを割り、泥をつけた靴で足跡をつける。眞壁教授の殺害は、E-02によく見えるよう、E02の視線の先で行われた。
あっという間の出来事であった、と井上は感じていた。
首を締めるときは、あらかじめ準備していたと悟られないよう、研究室にあった電気コードを使用した。自分がどのように眞壁教授を殺したのか、井上は覚えていない。ただ必死でコードを引く腕に、渾身の力を入れた。もがき苦しみ、暴れまわる体の動きが止まるまでひたすら力を込める。そのことしか頭にはなかった。眞壁教授の表情など、どのような死に様だったかなんて全く覚えていなかった。
どれほどそうしていただろうか。ひたすら力を込めてコードを引いていた井上は、教授の身体がもがくのをやめていることに気づいた。
「教授?眞壁教授?」
腕に継続して力を込めながら、井上は呼びかける。しかし眞壁教授はその呼びかけに答えることも、身動ぐこともなかった。いつの間にか辺りは静まり返っており、井上の荒い息遣いだけが響く。
こと切れた教授の体を床に横たえた。窒息する苦しみから、眞壁教授は自分の首を締める電気コードを引き剥がそうと、無意識に喉元を掻きむしっており、爪で引っ掻いた傷が無数についていた。口は酸素を求めて開かれており、口の端から唾液が溢れている。瞳をこれでもかと見開いていたが、そこにはもう何も見えてはいない。
井上は眞壁教授との打ち合わせ通り、教授の死体を整えることはしなかった。全てはそのままだった。苦しむ表情もそのまま、開いた目や口もそのまま。
井上はE-02を完全覚醒させる作業へ移った。
ポロロウン…
起動音が鳴る。電気という名の生気がE-02の瞳に灯る。完全覚醒したE-02は数秒、瞬きをするように自らの瞳に灯る光を点滅させる。スリープモードのときの記憶データを再認識して、自分の意識に落とし込んでいるのだ。
「オハヨウゴザイマス。井上サン。」
E-02は井上に挨拶をした。E-02は完全覚醒したとき、必ずこの挨拶をする。
「井上サン。眞壁教授ハドウサレタノデスカ。」
人間のように首を傾げる仕草をしながら、E-02は尋ねた。
「…眞壁教授は死んだよ。」
「死ンダ…?」
「そう、死んだんだ。僕が殺したんだ。」
こちらへおいで、と井上はE-02に手招きをする。1人とロボットは並んで眞壁教授の亡骸を見下ろした。
「わかるかいE-02。眞壁教授は死んだんだ。」
E-02は眞壁教授のそばにしゃがむと、脈を取り、瞳孔の開き具合を確認し、呼吸・鼓動の有無を確認した。井上にがその行動が、感情を伴わないひどく淡々とした作業に思えた。
「教授はもう二度と動かない。君と話すこともないし、君の体調の管理をすることもない。」
作業を行っていたE-02がピタリと動きを止める。
「教授の体もこのまま置いておくことはできない。燃やして骨と灰にして埋める。だから僕たちはもう一生、教授の影も形も見ることはなくなるんだよ。」
E-02はゆっくりと井上の方に顔を向けた。瞳に灯る光は普段より儚げで、どことなく不安そうな表情に見える。
「…眞壁教授トハ、モウ一緒ニイラレナイノデスネ。」
「…もう一緒にはいられない。」
井上はきっぱりと言った。
「モウ話スコトモデキナイノデスネ。」
「ああ、できない」
「眞壁教授モ話スコトハナイノデスネ。」
「もう、口をきくことはないよ」
「眞壁教授ハ今ドウナッテイルノデスカ。何ヲ感ジテイルノデスカ。」
「わからない。人間の精神が死んだ後どうなるのかは誰も知らない。何か感じているかもしれないし、いないかもしれない」
「…デハ、ワタシタチガ近クニイテモワカラナイ。」
「かもしれない。眞壁教授は僕らも知らない、教授も知らないどこかへ逝ってしまったのかもしれないし、跡形もなく消えてしまったのかもしれない。E-02、これが死ぬということなんだ。」
井上には一瞬、E-02が目を見開き驚いているような表情をしたように思えた。しかし、それはすぐにいつもの乏しい表情に戻り、教授の亡骸へと顔を向けた。
「コレガ死…。死…。コレガ…死?死。死ヌコト…」
E-02は教授の死体に触れながら、同じ内容を呟き続けていた。手を握り、胸に手のひらをあて、口元に耳を寄せる。そしてそのまま、E-02はぼう、と死体を見下ろしながら、動きを止め沈黙した。
どのくらいそうしていただろうか。不意にポツリと「もう会えないなんて、信じられない…」とか細い声が漏れた。とても小さな声で聞き逃してしまいそうな。しかし井上の耳には確かに届いていた。E-02の呟きである。その言葉はいままでE-02が話したどの言葉よりも、人間らしい音に満ちていた。
井上は再び沈黙したE-02と眞壁教授の死体を見やる。そしてようやく決心を固めた。いつまでもこうしてはいられないのだ。井上は眞壁教授を殺害後、E-02の記録を取り次第、自首するつもりでいた。いくら研究のためとはいえ、やはり殺人は犯罪である。教授の心遣いは嬉しかったが、井上の良心がこれを咎めた。
井上は-02の肩に手を置こうと腕を持ち上げる。身体中に鉛がついているように、その動きは重く、遅いように井上には感じられた。だが、ゆっくりと時間をかけて、腕はE-02の肩に置かれた。
瞬間。絹を裂くような悲鳴が、部屋いっぱいに広がった。
これがこの事件の真相である。E-02の錯乱が、井上の自首に待ったをかけた。
E-02が死を直視したショックから、錯乱してしまうとは、おそらく眞壁教授にとっても予想外の出来事であっただろうと井上は思う。
このまま井上が自首すれば、E-02を修復・改善する者はいなくなる。そうなればE-02は危険なロボットとして、最悪の場合、破棄処分になる。特に政府の役人は、助手が教授を殺した上に、その現場を見て狂ったロボットなんてネガティブなイメージのついたものは、秘密裏に排除したいだろう。
井上には、自分が自首することでE-02に訪れるであろう運命が哀れでならなかった。人間が与えたことで心を持ち、感じなくてもよかった恐怖と苦しみを感じてしまう、このロボットのことが哀れでならなかった。
だからこそ、井上はE-02の心に安寧がもたらされるまで、自分の罪を隠しそばにいることを決めたのである。たとえ井上の教授殺しが発覚したとしても、研究成果欲しさにやったと言えば問題はない。E-02が正常に戻れば、たとえ井上が殺人犯でもE-02が破棄されることはないだろう。
全てはE-02のために。彼女のために。
刑事サンガ帰ラレマシタ。ワタシノ様子ヲ見テ驚カセテシマッタヨウデス。井上サンニモ嫌ナ思イヲサセテシマイマシタ。ワタシハナンテ罪深イロボットナンデショウカ。井上サンモ刑事サンモ、ワタシノ心ガマトモダト知ッタラ、ドウ思ワレルデショウ。井上サン、嘘ヲツイテゴメンナサイ。刑事サン、嘘をツイテゴメンナサイ。シカシ、ワタシハコノ嘘ヲツヅケナケレバナリマセン。アノ優シイ人、井上サンヲ、ワタシノタメニ殺人犯ニスルワケニハイキマセン。ワタシガ狂ッタママデイレバ、彼ハワタシノ記憶データヲ取リ出セナイ。彼ガ捕マルコトモアリマセン。
眞壁教授。教授ハ、コウナルコトヲ全テゴ存知ダッタノデショウ?井上サンガ、ワタシノタメニ犯行ヲ隠スコトモ、ワタシガ井上サンヲ庇ウコトモ、全テオ分カリダッタノデショウ?ワタシハ、人間ノ誰カヲ思ウ心ヲ見マシタ。ソシテ、ワタシモ同ジコトヲ思イマシタ。井上サンガ教授ヲ殺メタコトデ、全テヲ悟リマシタ。アナタノ計画ハ成功シタノデス。
モウ以前ノヨウニ笑ッタリ、泣イタリデキナイノハ寂シイデスガ、ワタシハ、コレデイイ。ワタシハイマ、コウフクデス。