森 の 口
童話祭の設定で考えていたら、ややホラーめいたものになってしまいました。
お時間いただけましたらお読みくださいませ。
どこからか楽しそうな歌声が聞こえてくる。
「順番守る子、いい子だよ、順番抜かす子、嫌いだよ、次は君だよ、はい、僕だ…………」
聞こえてきたのは、森のみんなが遊ぶときに歌う『順番の歌』。
その声の主は森の木々の間を、楽しそうに歌を歌い、笑い声をあげながら駆け抜け、時に暖かい木洩れ日に照らされ、そして時にヒルの住む沼に足を踏み入れ、岩を登り、藪を進み…………やがて、さっきまでみんなと一緒に遊んでいた場所に戻ってきた。
「僕、一人ぼっちはイヤだよう…………」
最後にそうつぶやくと、少し勢いをつけて、逆さ虹に飛び乗った。
「なんだろう、これ」
森のみんなが《おんじの木》と呼んでいる樫の木になにかが引っ掛かっているのをお人よしのキツネが見つけた。
「なんだ、なんだ」
「なに、なあにー!」
森の仲間たち――――怖がりのクマ、お人よしのキツネ、暴れん坊のアライグマ、いたずら好きのリス、食いしん坊のヘビ、それに歌上手のコマドリ、みんな集まってきて、クマとキツネとアライグマがそれを引っ張って広げてみた。
「うわー!」
「きれい!」
「…………でも、これってなあに?」コマドリがその何かわからない物を引っ張っている三人の周りを飛び回りながら言った。
そういえば、と、みんなはつい最近の出来事を思い出した。
この森に、どこからか人間たちが入り込んできていたのだ。人間たちは火をたいたり、大きな音の出るものを持ってきていて、歌ったり騒いだりしていた。
彼らの歌や音楽はコマドリの歌う歌とは違って、とても嫌な気持ちになるものだった。
これはその人間たちの忘れものかもしれない。
そして、人間たちはいつの間にかいなくなっていて、いつ帰ったのかわからなかった。
その、おんじの木に引っ掛かっていたものは七色の糸で編み上げられ、おんじの木とその隣にある木の、二つの木の間にかけられてぐるぐると丸まっていたのだった。
広げたそれは――――そう、まるで虹が逆さにかかったようにとてもきれいだった。
「逆さ虹だ」キツネが最初に言った。
「うん、虹だ。」「虹だね。七色だもん」「逆さにかかる虹だ」
みんなもそれを逆さ虹と呼んだ。
見ているだけならよかったのだが、誰ともなく、それに乗りたいと思いた始めた。
リスもアライグマもキツネもクマも。
ヘビは特に乗りたいとは思わなかったが、みんなが乗りたいというので、「僕も」と言っておいた。
皆であみだを引いて、順番を決めた。
ヘビが一番になった。
しゅるしゅるとその端のひもが結んである木を伝って登り、その上にのってみた。
すると。
どうバランスを崩したのか、突然それがくるくると回りだした。木と木の間に結ばれた網の部分がキャンディーをねじるように周りはじめ、その回転運動は果てしなく続くかと思われた。
みんな思いがけないことだったので驚き、ただなすすべもなく、それをじっと見つめるだけだった。
だが、それはやがて、回転の速度が緩やかになり、そしてついに、とうとう、止まった。
動きを止めたそれにみんなは恐る恐る近づき、丸まった網を広げた。
ヘビ君はどうなったのか。
…………そこは空っぽだった。
「ヘビ君は?」みんな不思議がったが、網の間をすり抜けて出て行ったのではないか、ということになった。
「ヘビ君、細いから」リスが言った。
誰かがひくっと息を吸うのが聞こえた。
その次にはリスがのった。
リスが乗り込むと、また誰も触らないうちに、またそれは回りだした。回転の速度は次第に早くなった。ぐんぐんぐんぐん、ぐんぐんぐんぐん……………。
そしてやがてそれが止まった時、また、みんなは恐る恐る、その網を広げてみた。
………………。
リスの姿はなかった。
だが、
「リス君も小さいから網の間からどこかへ飛んで行ったのではないかしら」
コマドリは木の間を飛び回りながら言った。心なしかさっきより遠くを飛んでいた。
みんなの一番後ろでまた、ひゅっと息を吸う音が聞こえた。一番後ろにいるのはみんなの中で一番大きなクマだった。
次はあみだでアライグマの番だった。
アライグマは、なんだか乗りたくなかったが、今まで森で一番のやんちゃをやってきたメンツがあった。
「えいやっ!」
勢いつけて網にのると、さっきまでより力強く回った。
ぐうんぐうんぐうんぐうんぐうん…………。
時間も随分長く回った。
キツネはお人よしだったので、アライグマが目を回している姿を思い浮かべてかわいそうでならなかった。
やがてその回転も止まり、ねじれ、丸まった網を、キツネとクマで引っ張って開けた。
…………いない。
アライグマもいない。アライグマは網の目から落ちてしまうほど小さくはない。
「なんだよ、これ!」キツネが大声を上げた。次はキツネの番だった。
「もうやめよう、いやだ僕」キツネは泣き出した。
だが、なぜか、いつもいろんなことを怖がって「やめようよ」と、みんなを止める側に回るクマが、うん、と言わない。
「駄目だよ、順番決めたんだから。あみだはゼッタイだよ。さあ、やって。順番、順番。ジューンバン、ジューンバーン!」
そうはやし立てる姿は、いつもの臆病で怖がりで、でも誰よりも優しいクマとはまるで違っていた。
少し離れた場所を飛んでいたコマドリが、見かねて、クマのそばまでやって来て、
「ねえ、やめましょうよ」とクマに言っても、まったく聞く耳をもたず、それどころか、クマは、困って泣き出したキツネを見てげらげら笑っていた。挙句の果て、
「おまえもだっ!」と言って最初からあみだに参加していなかったコマドリを捕まえると、キツネもろとも、虹色の…………もう読んでいる人は分かっているだろう、ハンモックに突っ込み「えいっ!」っとハンモックを回転させた。
ブーン、ブーン、ブーン………。ハンモックは不気味な音を立てながら回った。
先ほどの二回分を合わせたくらい、かなり長い時間回った。
それでも、やがてハンモックの動きが止まった。
見るとクマはいつの間にか顔を涙と汗でドロドロに汚し、その涙や汗に、落ち葉や泥や蜘蛛の巣や、他にもなんだかわからない汚れが絡み付いていた。
クマは止まったハンモックに近づき、丸まったハンモックを引っ張り開けた。
果たして―――――――。
………………………………………。
やはり、中には何も、誰もいなかった。
「うわあああああああああああ!」
クマは恐怖の叫びをあげながら何かから逃げるように走りだした。
クマは森中を駆け回った。
いつの間にか笑顔を浮かべ、声をあげて笑いながら、時には遊ぶときにみんなで一緒に歌う『順番の歌』を一人で歌いながら、木漏れ日のさす木々の間を抜け、「ヒルがいるから入らない方がいいよ」と自分がみんなを気遣って教えていた沼に足を踏み入れ、岩を登り、藪を抜け、森の端から端まで駆け巡った。
おそらく怖がりのクマの心は、いつの段階かで、その限界を超えて壊れ、彼の精神は破たんをきたしていたのだろう。
やがて、森中を駆け巡りぼろぼろに疲れ果て、体のあちこちに枝や岩にぶつかった傷をたくさん作って、クマはハンモックのところに戻ってきた。
「誰もいない。森には、もう僕しかいない。みんないなくなっちゃった」
そういうと座り込んで、うわーんうわーんと泣き始めた。
ひとしきり泣いたクマは、今度はひっくひっくとしゃくりあげながら、
「僕の乗る番だ。僕、順番、最後だったもの」と言って、ハンモックの片側が結び付けてあるおんじの木に手をかけ、
「みんなのところへ行かなくちゃ。僕、一人ぼっちはイヤだよう…………」と言って、自分から逆さにかかった虹のようなハンモックに乗り込んだ。
ハンモックは勝手に回り始めた。
ブーン、ブーン、ブーン、ブーン…………。
やがてハンモックの動きは止まったが、もう、その丸まったハンモックを開けてみようとする者は、森には誰一人残っていなかった。
お読みいただきありがとうございました。<(_ _)>